第2話

「マナちゃん」

「なあに、ばあちゃん」

 私が呼びかけると、彼女は漬物を取ろうとした箸を止めて、しっかりとこちらを見た。

「マナちゃんの作るお味噌汁、本当においしいわあ」

 私が褒めると、彼女は少し照れたように笑う。

 そのお味噌汁は、豆腐と茄子のシンプルなものだったが、自分で作るものよりもずっとおいしく感じられた。何十年も、自分で作ったものしか飲んでこなかったから、人に作ってもらうと、こんなにおいしいのだと、この歳になるまで知らなかった。

「おばあちゃんの漬けた漬物もおいしいよ」

 婆の漬けたぬか漬けなんておいしくないだろうに、そうやってお世辞まで言ってくれる。

「ほんと、マナちゃんはいい子ねえ」

 こんなにいい子が、一緒に暮らしてくれて、私は幸せだった。まさか、この歳になって、こんな風に一緒に暮らせるだなんて。

「そんな事ないよ」

 そう、少しだけ眉を寄せて言われる。罪悪感があるのだろうか。

 彼女は私の家族ではなかった。それどころか、本当の名前さえも知らない。

 彼女は元々うちに物取り目的で入ったみたいだった。引き出しを漁るその手に持っていた刃物に怯えて、ボケた振りで『久しぶりねぇ、マナちゃん』と言ってみたのが始まりだ。子供もおらず、夫に先立たれた私に、家族はもう居ない。マナちゃんはずっと昔に飼っていた犬の名前だ。

 何故、彼女がずっと孫の振りをしてくれるのかわからなかった。お金が欲しいだけなのだから、途中でお金を持って逃げられると思っていたのに。

「あとで、お小遣いあげる」

 そう言ってみても、「もう、要らないって言ってるでしょう」 なんて、いつも断るのだ。お財布だって通帳だって、目の届くところにあるのに、取るそぶりはない。

 最近では、彼女も望んで私と一緒に生活をしてくれていたらいいのに、と図々しいことを思っている。

「ありがとうね」

 私が言うと、彼女はちょっとだけ泣きそうな顔をしてから、口を開く。

「私こそ、ありがとう」

 そんなことを言われて、嬉しくて笑顔が溢れた。

 名前も知らない他人との共同生活。それは、おかしなことだとわかっているけれど、それでも私はいつまでもこの平穏な生活が続くことを祈った。

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マナちゃんのお味噌汁 p @p2p2p

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