作戦会議はまた後で


「お前がおれの原稿を作ってくれるっていうことで良いんだな? 二言はないぞ」

「常友! もう,やめたっていいんだからね」

「悪い悪い。常友ね。まあ,よろしく頼むよ。その,ブラックライター的なやつ」

「もしかしてゴーストライターのことを言ってるの? 本当に言葉を知らないんだね。お先真っ暗って感じ」


 言葉とは裏腹に,常友は倒しそうに笑った。

 色白の肌をした身体のラインは細いが,スポーツをしている人間の筋肉質な体つきをしている。眼鏡の奥の瞼は綺麗な二重でぱっちりとしてるし,何かつけていてもおかしくないほどにまつげが長く伸びている。こいつは,いい女だ。


「ちょっと,変な目で見ないでくれる? あなた本当に種掛くんなの? 戻ってきてからずっと思っていたんだけど,本当に別人みたいね」

「ちげえよ。こんな貧相な体は俺だってうんざりだっての」


 しまった。つい口を滑らせてしまった。さっき初めて認識して話をしたばかりだというのに,協力者ということで完全に気持ちが緩んでいた。

 常友は口をあんぐり開けて不思議そうにこっちを見ている。変奴だと気味悪がっているに違いない。協力を拒まれたら,どう説得しようか。

 そんな心配とは裏腹に,常友はふふっと笑った。


「大介くん,冗談まで言うようになったんだね。病院でそんなリハビリでもあったの?」


 常友の笑顔に思わず引き込まりそうになる。返す言葉が思い浮かばない。もしかして,おれはこいつにドキドキしているのか。いや,そんなことはありえない。

 授業を知らせる予鈴が鳴った。


「じゃ,作戦会議はまた後で。大介も考えといてよね」


 くるりと振り返って,弾むように去っていった。

 途中から,常友は名字ではなく名前を呼ぶようになった。そのことに気付いたとき,なぜか少し誇らしい気持ちにもなり,大介を妬ましくも思った。



「おいおい,あの女とはいったいどういう関係なんだよ」


 最近,夢の中でこいつに会うのを楽しみしている自分がいる。大介は不敵な笑みを浮かべてこっちを見ている。


「なんとか言えよ。まさかお前に話しかけてくる女がいるとはな。おれが話しかけられているとは思わなかったぞ」

「それで帰ってからも何も手が付かずにぼーっとしていたんだ。あれ,もしかして恋しちゃってる?」


 全身がかーっと熱くなった。


「何言ってやがる! おれがあのイモ臭い女に恋なんかするか!」

「そう。それならよかった。恋にうつつを抜かしているとこれからに影響したらいけないからね」


 笑いをこらえながら言う大介にムッとしたが,これ以上ムキになると相手の思うつぼだと思うと,問い詰める気にはならなかった。


「気になるんだね。ぼくと常友さんの関係が」


 なんだよ,話すのか,と拍子抜けしていると,大介は間の抜けたことを言いだした。


「でもね,ぼくにも分からないんだ。常友さんが何を考えているのか。ぼくと深い関係があるわけではないよ。もちろん,付き合っているなんてことはありえない」

「なんだそりゃ。ずいぶん親しそうだったぞ」

「それは仁の醸し出す雰囲気は大きかっただろうね。身体はぼくのものでも,立ち振る舞いは仁そのものなんだから。常友さんは仁に惚れていると言っても過言ではないかもね」

「それはあるな」


 冗談めかして返したつもりだったが,心の底から浮足立っているのが分かる。表に出ていなければいいのだが。

 ただ,と大介は続けた。


「常友さんは入学したころから優しかった。本当にいい人だよ。警戒する必要はないと思う。いじめられていたぼくにそっと声を掛けてくれたり,先生に相談したりすることを進めてもくれた。結局何もうまくいかなかったけどね」


 そうなのか,とつぶやいた。悪い奴じゃなさそうなことは何となく分かっていたけど,正義感が相当強いらしい。おれみたいな不真面目でろくでもないやつの正体を知ったら蛆虫でも見るような目で見られるのだろうな,と思うと少し寂しかった。せめて,大介が常友と・・・・・・,となぜか余計な考えが頭によぎった。その考えを打ち消すように,慌てて首を左右に振った。


「なんか変なことを考えてない?」

「なんだよ,変なことって」

「まあ,別にいいんだけどさ。明日もよろしくね」


 「おい,勝手に話を終わらせるな」と言いかけたが,視界がぼやけてくる。くそ。言いたいことばっかり言いやがって。

 どんな時でも,自分の思い通りにならないと気が済まなかった。腹の立つことがあれば激しく自己主張をしてきたし,言うことを聞かないやつには力でねじ伏せてきた。この世界ではちっともおれの思い通りにはならない。でも,悪い気はしないな。そんなことを思いながら意識を失った。



 休憩時間に,図書室に寄った。図書館に足を運ぶのも人生で初めてだし,自分から本を手に取ろうと思ったことすらない。そんなおれが学校で熱心にノートを取り,挙句の果てに図書室の場所を聞いてまで本を探しに来るなんて,少し前なら考えられなかった。

 演説について考えてみたものの,何をどう書けばいいのかさっぱり分からない。そもそも,演説がどういうものかも分からない。

 自分の能力に嫌気がさし,イライラしていても仕方がないからこうして本を探しに来た。図書室にいるおばさんに,「文章を書ける本はないか」と尋ねると,嬉しそうな顔をして本棚を案内してくれた。おすすめの本をいくらか手渡しきたが,何となく恥ずかしくなって「自分で気に入ったのを見つけるからどっか行ってろ」とぶっきらぼうに言った。それでもおばさんは嬉しそうだった。

 どの本がいいか決めあぐねていると,後ろで人の気配がしたので振り向いた。

 顎に手を当てて不思議そうな顔をした常友がこちらをじっと見つめていた。


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