第16話 護衛任務 導入編

安城家から支給されたシンプルなドレスに身を包んだ朝日は豪奢なホテルに到着した。

竹継から護衛の仕事の見学に誘われてから一週間後の現在、その護衛任務が始まろうとしていた。

朝日の前方には黒いスーツに身を包んだ大男が四人、先行して歩いている。

彼らは安城家の殺し屋達で四人とも道場で顔を合わせたこともある。

「朝日ちゃん。万が一狙われたら絶対に逃げるんだよ」

「銃はないだろうけどその可能性があったら合図するからその時もすぐ逃げること」

「わ、分かりました。わかりましたから......!」

男たちの必死な様子に委縮してしまう朝日。

それもそのはず男たちは仕事をこなすこと以上に朝日に傷を負わせないことを重視する様に当主から厳命されている。

それでも現場に迎え入れるのは彼女の人柄と能力を知っているからである。

五人がホテルに入るとロビーには同じ黒スーツの集団がいくつか目に入る。

「同業ですね。殺し屋もいれば表の身辺警護会社の人間もいます」

一人が朝日に囁く。

こっそり指差す方向を朝日が見るとこちらを睨みつける男が目に入る。

他の集団と同じ様に固まってソファに座っていると、奥の通路から男が一人ロビーに入ってくる。

びっちりとした七三分けに黒いスーツ、大人しい色のネクタイと役所の鋳型から出てきた様な見た目をしているがそれだけにネクタイの上から首に掛けているロザリオが似合っていない。

七三分けでロザリオの男はロビーに入ると観葉植物の隣に立ち、腕時計を見つめて微動だにしない。

黒スーツの男達の数人が、彼のことを奇抜なインテリアだと認識しそうになった時、男が顔をあげて声を発する。

「時間になりました。護衛の皆さんはこちらへどうぞ」

通路の奥に早足で歩き去る男にあっけにとられたせいか一拍遅れて彼らは後を追う。


「皆さんお集まりいただきありがとうございます」

そこはパーティー会場としても使われる広い部屋だった。

進行役を務めているのは先ほどの七三ロザリオの男だ。

「事前ブリーフィングの通り、あなた方には彼の護衛にあたっていただきます。」

部屋の奥の壁にプロジェクターで映し出されたのは痩せた黒髪の男性。

青い瞳には生気がなく線の細さから繊細な印象を見る者に与える。

「一時間後にヘリコプターで到着する彼をこのホテルの最上階スイートルームに迎え入れ、十二時間の警護を行います。

 予定通り安城家の方々は最上階、民間警備会社の方々はロビーを含む地階、裏路地から派遣された方々は二手に分かれて非常階段の警戒と巡回をお願いします」

安城家の彼らを含め、朝日以外の全員は話を聞きながら携帯端末で情報を確認している。

「契約内容とのずれがないか、仕事の内容に変更がないかの確認です。」

安城家の殺し屋の内、一番若い男が朝日に状況を説明する。

「何か質問はございますか」

七三ロザリオの男が朝日達を見渡す。

すると無言で手を挙げる男が一人。

ロビーで朝日達を睨んでいた男だった。

おそらく日本人だろう彼は民間警備会社の人間の様で周囲の人と同じエンブレムを胸につけている。

その会社で一番若い様に見え、手を挙げている今も安城家の方を睨んでいる。

「はい。本間警備保障の山口さん」

男は名前を呼ばれて立ち上がる。

「本間警備保障の山口です。

 安城家の人員は四名となっていましたが」

「内一名は見学です。当然書類検査は済んでおります」

棘のある言葉に淡々と答える七三ロザリオ。

「見学ぅ!?

 何で素人がこの重要な仕事に邪魔しにくるんだ!?」

「おい。やめとけ」

「だいたい安城家とかいう殺し屋集団がいなくても俺たちだけで大丈夫でしょう?」

「いえ、ですから......」

七三ロザリオの説明に納得がいかない様で、先輩だろう男の静止を振り切り話し続ける。

「こういう勝手なところが気に入らねえんだよ!おいお前ら聞いてんのか!足手まといを連れて来るんじゃねえよ!」

ついに直接非難を浴びせる山口という男に、安城家の四人のうち一番年嵩の三木が冷たく言い放つ。

「フン。朝日ちゃんはお前なんかより強えから問題ねぇよ」

その言葉に山口はいきり立ち朝日達の方にゆっくり歩いて来る。

「三木さんやばいっすよ」

「何がだよ。お前らもそう思うだろ」

「そりゃそうっすけど朝日ちゃんに矛先が向いちゃいますよ!」

三木はしばらく腕組みをしたまま座って動かないが、はっとして目と口を思いきり開く。

「あ!そうか!まずい!」

「どうします?むしろ今の時点であいつやっちまいますか」

山口はもう声の聞こえるところまで近づいている。

「いや、外聞が悪い。

 俺らがやってもそうだが朝日ちゃんを戦わせても弱い者いじめになっちまうからな」

驚いたことに彼らは朝日の身の心配ではなく朝日が山口を痛めつけることを心配しているようだ。

「いやいや、助けて下さい!

 そもそも大人の男性に勝てるわけがありません!」

その言葉を聞き、三木たち四人は顔を見合わせて同時に頷く。

ちょうどそばまで来ていた山口の方を向き、三木が立ち上がる。

「そこの小娘が何だって?」

山口が三木の胸ぐらを掴む。

横目で三木に見られていることに気付いた朝日が手と首を横に振ると、三木は引き締まった顔で小さく頷き山口に顔を近づける。

「お前みたいな雑魚よりうちのお嬢の方が強いって言ったんだよ!」

朝日は思わず手で顔を覆い俯く。

「そうじゃないです......!」

「てめぇ......!」

「仲介人!」

胸ぐらを掴まれたまま、三木が鋭く手を挙げる。

「はい。何でしょう」

場の混乱が見えていないかの様に、七三ロザリオはおそろしく冷静な様子で答える。

「どうもうちの見学者の存在に異論がある人がいる様なので、それを証明する時間を頂けますか」

彼は腕時計を十秒ほど見つめてから答える。

「時間はまだありますが無制限ではありません。十分差し上げますのでそれでお願いします。重い負傷をされても困りますので武器の使用と目や耳などの感覚器への攻撃は無しでお願いします。

 朝日さんの実力が十分以内に認められない場合、朝日さんにはおかえりいただきます。それでよろしいですね」

三木が頷く。

「結構。では皆さま、お手数でしょうが椅子とテーブルを壁際に......」

七三ロザリオが何か言っているが朝日には聞こえない。

「何でこんなことに......!」

「あ、お嬢。ナイフは一応預かっておきます。癖で使っちゃまずいですからね」

「あ、じゃあこれを......そうじゃなくて!無理ですって。無理無理!」

朝日の視界の先には山口が仁王立ちしている。

「おそらくあいつは空手と柔道やってますね。多分元々警察官か何かだったんじゃないかと。まあ余裕ですよ。」

「いえ。だから、」

「朝日ちゃん。いやお嬢。」

三木は朝日の両肩に手を置き朝日に語りかける。

「大丈夫です!」

「もっと助言とかないですか」

「すいませんセリフが飛びました。」

「で、お嬢って何ですか」

「凄味が出るかと思ったんで。

 響きがいいんで今日からそう呼びますよ。な。」

「「「はい。お嬢!」」」


朝日が三木達と話しているのをよそに、山口は黒い手袋をはめて指を曲げ伸ばししている。

「おい」

後ろから頭を小突かれ振り返ると山口の上司が青筋を立てている。

「大森さん。すいません俺......」

大森と呼ばれた男は傷だらけの右こぶしを握る。

「お前の事情も分かっているが安城家はただの殺し屋の集団じゃない。ボディーガードとしての歴史は言うまでもなく素手で人間を殺傷できる奴らばかりだ。」

「それなら俺だってできますよ」

「安城家とは安城一族とその部下のことを指すが、その安城一族の戦闘能力は素手で人間を殺傷する部下が十人がかりでも歯が立たないそうだ。」

「......」

「そして彼らはあの少女のことを『お嬢』と呼んでいた。

 おそらく彼女は安城家の一族だろう。おそらく見学はただの方便、経験を積むために現場に出したと考えられる。」

「しかしなぜブリーフィングの時点で説明がなかったんでしょう」

「さあな。しかしあの少女、見た目は10歳から13歳か?あの年頃の女児が生まれたという話は聞かなかった。何か訳ありだろう。しかし、」

「油断はするな、でしょう。もうただのガキを相手にする気はありませんから安心してください。それよりも......」

山口は大森の顔をまじまじと見つめる。

「大森さん、あの業界に詳しいんですか」

大森は驚いたように目を少し見開くと苦笑する。

「下っ端のうちは知らなくていい」


テーブルと椅子を壁際に片づけたおかげで広くなった部屋の中央に朝日と山口が立つ。

二人の周りをボディガードたちが石垣のように円になって囲んでいる。

七三ロザリオが円の中に一歩踏み出る。

「それでは今から十分間を自由時間とし終了次第、二十分以内に持ち場につくように。そして安城朝日嬢の実力が認められない場合はこのホテルから強制退去とします。

 では開始してください。」

一方的に話し終わると七三ロザリオは背を向けてエレベータに向かう。

エレベータが到着する電子音をきっかけに一人のボディーガードと一人の殺し屋見習いが動き出す。

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