四年と三ヶ月ぶりに

───?!





 突然、俺の眠っていた意識は呼び覚まされた。


───ここは……学校の教室か。


「どうやら作者がまた物語を書く気になってくれたみたいね」


 冷めた口調でそう言ったのは、「座敷童子」「魔女」「近寄っちゃいけないヤツ」というあだ名を持つ陰キャの女子、七星キラリだ。


 そして俺の名前は神宮寺ヒカル。性別は男。この物語セカイのモブキャラだ。


「そうか、ようやく連載再開してくれたのか…。随分と長かったな……。二年…いや、三年か」


「四年と三か月よ。久しぶりに自分の過去作を読み返して、懐かしくなってまた書きたくなったみたい」


 その瞬間、地震が起こった。


 震度5くらいの大きな地震だ。


「な……なんなんだ、いきなりこの展開は!」


「作者の筆が乗ってるから、展開が早いのよ」


「じゃあ…これからようやくデスゲームが始まるってわけか…」


 地震が収まった次の瞬間、さっそく女子の悲鳴が響き渡った。


 悲鳴の聞こえた方に視線を向けると、人だかりができていた。


 まさか、もう誰かが犠牲に───



 固唾を飲み、人だかりに混じって覗いてみると、その注目の的になっていたのは、二人の男女だった。


 男は、イケメンハーレム主人公の鈴木茂雄すずきしげお。女の方は…俺の幼馴染み、日野日奈子だ。


 おそらく先ほどの地震でこうした不可抗力のアクシデントが起こってしまったのであろう。


 日奈子は顔面騎乗位で鈴木の上に乗っていた。むっちりとした日奈子の尻に顔面を圧迫され、苦しさからか興奮からか、鈴木はふがふがと喘いでいる。


「ごっ…ごめんね、シゲくん!」


 赤面しながら日奈子が慌てて腰を上げる。


 その髪型を見て、俺は思わず「え?」と声を上げてしまった。


 日奈子の髪型は確か毛先のカールしたボブカットだったはずなのに、なぜか急にセミロングのストレートヘアになっている。


「なぁ、七星。なんで日奈子の髪型が変わってるんだ?」


「そりゃ、あれから四年も経ってるのよ。作者の好みの髪型も変わるわ。特に作者は日野さんがお気に入りのキャラみたいだから、彼女の髪型にはこだわってるんでしょう。鈴木くんの目は、未だに充血してるけど…」


「本当だ…。四年空けて読み直しても、作者は誤字に気付かなかったんだな」


「たぶん作者は…バカなのよ」


「でもやる気は出してくれたみたいだ。一応物語は進行してる。この後さっそくデスゲームが始まるんだよな?」


「その事なんだけど……」


 なぜか七星は渋い表情を浮かべた。 


「実はね…プロットが大幅に書き換えられたの」


「え?どう変わったんだよ」


「エログロホラーアクションから、青春ラブコメに路線変更したみたい」


「なるほど、ジャンル自体変わったのか。つまりさっきの地震は、ただラッキースケベな展開に持っていくためだけに用意されたものだったんだな」


「そうね」


「まぁ平和でいいけどさ…モブキャラの俺達としちゃ、あんまし面白くない話だよな」


「仕方ないわ。所詮私達モブキャラなんて、主人公たちを引き立たせるための背景でしかないんだから」


「はぁ…やってらんないな。こんな馬鹿馬鹿しい話、付き合ってられるかよ」


 チャイムが鳴り、担任が教室に入ってきた。


 朝のホームルームが終わり、一時間目の授業の準備をしようとした俺は、肝心の勉強道具を何一つ持ってきていないことを思い出し、絶望した。


 そうだ…。重度のナルシストキャラにされてしまった俺が今所持しているのは鏡だけなのだった。


 くっそぉ!作者のやつ!マジ腹立つわ~!


 仕方ないので俺は授業中ずっと鏡を見ていた。




 放課後、掃除当番を終えた俺は、七星と一緒に下校した。


 空は青く、雲は白かった。周りには、木が何本か生えていた。他の景色は、ぼやけていてよくわからない。


「この作者、相変わらず情景描写下手だよな。世界観どうなってんだ。空と雲と木しかないぞ。幼稚園児の絵かっての」


「仕方ないわよ。この作者、キャラ重視(※ただしモブキャラを除く)だもの。普段漫画しか読まないから、情景描写がやたらと稚拙なのよね」


「小説って作者の知性や人間性や性癖が滲み出るよな。この作者、バカ丸出しだってこと気付いてないんだろうか。よくもこんな低レベルで薄っぺらい小説をネットにアップできるよな」


「恥を晒すのが快感なのよ。まぁ精々、惨めで醜悪な部分を気の済むまでさらけ出せばいいわ。そのうち人間失格みたいな作品が書けるかもしれないし…」


「いや…それ以前に、この物語の作者は筆力と集中力がない。どれだけ恥を晒しても駄作にしかならないと思うぞ」


「そうね。でも、そんな作家を陰ながら支えるのが私達キャラクターの役割でしょ。とにかくエタらないように──」


「あ…目の前が暗くなってきた。まさかこれって───」


「どうやらまた書くのに飽きてしまったみたいね」


「はぁ……俺達はとことん運がないな。もっと几帳面で真面目な人が作者だったらよかったのに」


「同感だわ」


 それでも俺は……いや、俺達は信じてる。必ずまた戻ってきてくれると。


 その日が来るまで、俺達はいつまでも待ってるからな。 


 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺たちはぼやけている オブリガート @maplekasutera

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ