第三十四話 運次第の試験

「バーナードの捕虜たちはいったいどこですか!」


 ニココがアオイ先生に詰め寄った。こんなときでも先生相手だとつい敬語になってしまうのは優等生だからか。ブリッジにバーナード人がいないことはいくら部屋が広くても一目でわかる。他のヒューマノイドの二倍近くの大きさがあるからだ。


「バーナードの方たちの出番は今のところないのでー、別室で休んでもらっていますー」


 アオイ先生は微笑みを浮かべた表情を変えない。ニココはそう言われればいったん引き下がるほかはない。


「どうしてって顔をしてますね。今から説明しますー」


 三つ目神族は額の一つ目で辺りを睥睨した。二つの目は閉じられたままだ。メイフェアは押し黙ったままアオイ先生のすぐ横に控えている。ミキはその隣に立った。


「これは演習ではありません。実習ですー」


 アオイ先生はそう言うと、宇宙を映し出している広大なスクリーンを振り返った。


「今からケンタウリ星系に行って未知の機械をなんとかしますよー」


 そして、アオイ先生は九重とニココに微笑みかけた。


「……それだけ?」


 しばらくしてニココが聞いた。


「とりあえず、それだけです。質問をどうぞ」


 九重はおずおずと手を挙げた。


「はい。布川さん」

「あの、阿賀校長とか武装生徒たちは?」

「もちろん、この実習に協力してもらいましたよ。ほとんどの人間の方は役に立たないので置いていきますがー」

「あ、いや、そういうことではなく。どうしてテロっぽいことになったのかなって……」

「それはですねー。わたしのこの授業計画が秘密だからですー」

「秘密?」


 授業計画、という呼び方にも九重は引っ掛かりを感じたが、突っ込めなどしない。


「ええ。サイコシップのエネルギーはサイコパワー。つまり、ルーマンの方たちが原始的なテレキネシスにしか使ってない資源を効率よく使うのですが、使い切ると死んでしまうリスクがあるので、サイコシップを利用する認可がワイズ主星評議会から下りなかったからなのですー」


 九重とニココは戦慄した。


「建造も認められなかったのですが、阿賀校長先生が協力してくれました。人間は生産力だけはありますから、なんとかは使いようですね。ちょっと勘違いしてたみたいですけど。未知の技術でケンタウリの精神干渉力を媒介に大規模なマインドコントロールが行われているからといって、別に人間の方たちだけがその影響を受けているわけでもないし、ましてそんな凄いことをする機械を破壊するだなんてもったいないですよね。サイコパワーが基本的に皆無な人間の方たちにはその価値がわからないのかもしれないのですが。いずれにせよ、その力を除去しようとするのは確かですけど。本当、人間ってたいした役には立ちませんね。いつかバーナードの方々と入れ替えたいですね。あら、ごめんなさい。津川さんや布川さんみたいな方は別ですよ」


 いったい何を言っているんだ、と九重は思った。その口ぶりはまるでヒトをモノ扱いだ。九重がニココの方を見ると、ニコは凍り付いたように動かなくなっていた。


「荻川さん、そんな力まなくていいですよ。先生に手を上げたりなんかしたら退学になっちゃいますしね。だからちょっと休んでもらいます。ニココさんも今は役に立ちませんしー」


 三つ目神族はテレキネシスもテレパシーもルーマンやケンタウリより上だ。ニココは怒りのあまり一発殴るところまで考えたのかもしれないが、カンタンに無力化されてしまった。アオイ先生は、その気にさえなれば、ニココや九重などいくらでもどうにかできるのだろう。


 いったい、どうすればこの状況を打開できるのか。九重は目の前が暗くなりそうだった。だが。どんなときも策はあるものだ。


 九重は、とにかく質問をすることにした。質問が嫌いな教師はいないはずだ。


「人間は要らないんですか? では津川ミキ……先輩は? さっき別だとおっしゃいましたが」


 ミキは無表情でアオイ先生の横に立っている。


「いい質問ですね。津川さんはあなたと同じ、レアケースです」


 九重にはまったく意味がわからない。


「津川ミキさんは去年からプリンセス科なんですけど、唯一、残ってるんですよねー。ほらー。プリンセス科って厳しいから。わたし、何度も『試験』したんですけど」


 アオイ先生の言葉はあくまで穏やかだ。だが、何を言っているのか、やはり九重には想像もつかない。したくもなかった。


「プリンセス科の『試験』っていったいどんなものなんですか?」


 だが、九重はともかく話を続けさせるしかないと直感した。


「『試験』に興味があるなんて、布川さんはいい生徒ですね。もちろん、プリンセス科にも『試験』があるのですよ。プリンセスに最も求められるもの。それはどんな敵意や悪意も退ける絶対的な『運』。わたしがプリンセス科の教師になってこの運の『試験』をするようになってから、卒業できた人は残念ながらいないのですねー。でも、津川さんやあなたなら、もしかしたら卒業できるかもしれません」

「『運』の試験ってどんなものなんですか?」


 九重は怖気を感じた。


 アオイ先生はうんうんと頷きながら答えた。


「作題意図を理解するのは大切ですよね。布川さんは実にすばらしい生徒です。きっと、どんなに厳しい『試験』でも潜り抜けられるでしょう。実際、人間のプリンセスには、とくに厳しい『試験』を課しているのですよ。ほら、人間って、サイコパワーや精神干渉力が基本的にないじゃないですか。ですからー。プリンセスになろうって人間の方はサイコパワーがあってもなくても何があっても生き残るような方じゃないとね? 津川さんのときは、急に部屋の天井が落ちてきたりとか、解毒できない即効性の毒物が食べ物に入っていたりとかでしたかね」


 そんな「試験」、対策のしようがない。


「もしかして、ライトヒューマンソサイエティのパンフレットに接触毒を仕込んだのって」


 九重はつい疑問を口に出した。


「ああ、この春はそんなこともしましたね」


 アオイ先生はこともなげに言った。


「わたしってほら、無益な殺生を好みませんからー。元々、人間をプリンセス科に合格させるのには反対なんですけどー。わたしだけで選抜してるわけじゃないんで、やっぱ一人は入って来ちゃうんですよねー。津川さんもそうですが、人間のプリンセスの生存率はこのところ高くてとても優秀です。パンフレットに毒を仕込む。とてもシンプルでしょ? 読まずに捨ててしまっても別に構わないんですけど、あなたはよく『接触性の毒』だとわかりましたね? いつも暗殺対策をしているのですか?」


 アオイ先生の表情が少し厳しくなった気がした。だが、九重には答えることができなかった。


「……まあいいでしょう。布川さんには、先生の知らない不思議な力があるようですね。たぶん津川さんにも、ソラさんにも。そう言えば、ソラさんが見当たりませんが? 阿賀校長にはプリンセス科は全員連れてくるように言っていたはずなのですが」


 アオイ先生はまた宇宙を映し出している広大なスクリーンに向き直った。


「現在乗船しているのはルーマンの方十名、ケンタウリの方四十二名、バーナードの方八名。サイコパワーはルーマンの方が十名もいらっしゃれば当面の補給は必要ないでしょう。ケンタウリの方も四十名を超えてますから計算値ではこれも十分。そろそろ出発したいのですけどね」

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