第二十九話 本部棟

 九重とメイフェア、その近衛二人、そしてシーシャたち元捕虜十八名、総勢二十二名。先行するのは迷彩装置を起動した近衛二人だ。


 九重たちは、本部棟のすぐ前まで近づいていた。さっきまでいた大講堂から長い渡り廊下を歩いてきたが誰にも会っていない。職員たちは帰宅したか、あるいは何か指示を受けて他のところにいるに違いなかった。


 次第に、九重たちの耳に戦闘の音が聞こえてくる。あとは角を曲がるだけだ。


 メイフェアが立ち止まった。そして、隣を歩いていた九重を手で静止した。


 メイフェアのそばに迷彩装置をオフにした近衛の姿が浮き出した。


「メイフェアさま。本部棟玄関近くでは武装生徒十名程度とバーナード人が交戦中です。玄関前広場では、関川瑞雲と荻川ニココが近接戦闘中です」


 近衛の舟橋がメイフェアに報告した。


「あらあら、ニココさまったら。本部棟にはバーナード人が捕らえられているのでしたね。それにしても単騎で突撃とは」


 そうつぶやくと、メイフェアは九重のほうを振り向いた。


「心配ですわね」


 九重はメイフェアから目を逸らした。


「クラスメイトだからな。早く助けに行こう」

「あらあら。王子様みたい」


 メイフェアが茶化す。九重は顔が赤くなるのを感じた。


「焦りはミスを生みます。少しは冷静になられましたか?」


 メイフェアは微笑むと、そばに控えていた舟橋に向き直った。

 

「舟橋、なんとかできますか」

「近衛二人で背面をつけば本部棟玄関前は押さえられますが、その前に広場の二人に巻き込まれると厄介です」


 メイフェアは少し思案げな表情になった。


「なるほど、広場の二人の戦闘に巻き込まれれば捕虜たちに犠牲が出かねませんし、本部棟玄関前の部隊に気づかれるかもしれませんね。わたしたちはあくまで武装解除された捕虜。無謀な乱闘で犠牲者を出せばケンタウリのみなに申し開きできません。決着を待つ時間もありませんし、この隙にここを立ち去るべきでしょうか」


 メイフェアは残念そうな顔をして、九重を見た。九重に何かを期待しているのか。


「……おれが広場を押さえに行くよ」


 九重は意を決した。あまり考えている時間はない。


「まあ、九重さま。でも、勝算はあるのですか?」

「実はちょっと超能力をもっててね」


 口に出すといかにもウソくさい。だが、メイフェアはうなずいた。


「わかりました。九重さま、ニココさまをお願いしますわ。今宿さん、迷彩装置はありますね。戦闘に加われますか」


 シーシャは銀機高に来る前に近衛兵団で訓練を受けている。


「はい。ですが、九重さまについていってはダメですか」

 

 メイフェアは少し目を閉じると、そばに控えていた舟橋に声をかけた。


「さっきの試算には今宿さんは入っていましたか」

「いえ」


 舟橋は無表情だ。訓練生など戦力のうちではないということなのだろう。


「わかりました。ならば今宿さんは九重さまをカバーしてください。それでは舟橋、行きましょう」


 舟橋は迷彩装置を作動させ、辺りの風景に溶け込んだ。


「九重さま、手早くお願いしますわ」


 これからメイフェアを中心に華麗な快進撃が演出されるのだろう。九重の役割はその演出を邪魔させないことだ。


「じゃあ、ヘンタイプリンセスさん。行きましょうか」


 シーシャが暴力を振るわれていた捕虜とは思えない元気な声で言った。九重はヘンタイ呼ばわりされたことよりも、シーシャのはだけた胸からこぼれそうな膨らみが気がかりだった。


「早く迷彩装置を作動させてください」


 九重は丁寧語でそう言うのがやっとだ。


「はいはーい」


 シーシャは迷彩装置をオンにすると手を振りながら消えていった。


 メイフェアは九重に頷いて見せた。もはや一刻の猶予もない。






 九重が思い切って角を曲がると、眼前には倒れている数名の武装生徒と、レーザーブレードを振るう関川、そしてブレードをかいくぐりながら関川を取り押さえる隙を狙っているニココが目に入った。ニココの迷彩装置はもう機能していなかった。


 九重は関川のレーザーブレードに意識を集中した。関川がニココを攻撃するのを目にするのはこれで二度目だ。関川に対する憤りは九重が今初めて感じるものではない。


 関川は不意に熱くなった持ち手を持っていられなくなり取り落としてしまう。


 勝負はついた。ニココは関川が戦闘不能になったと見るや、本部棟玄関前の戦闘に加わろうと駆け出した。


 いっしゅん自失のていだった関川は、ニココの後ろ姿に向けてペンライト様のものを向けた。


 携帯型ディスラプターだ。マヒ設定などという親切設計はない。小さなナリに最大限の破壊力を詰めた純然たる破壊兵器だ。戦場では捕虜を武装解除する時に見落とすと大変なことになる。


 ニココには関川がそこまでするという発想はなかった。どこまでもここは学校で、関川も同期生にすぎない。


 ライフルやシールド、振り回されているレーザーブレードを武器として認識することはたやすい。だが、ペンライト型のそれを武器だと認識することは、九重には少なくともすぐには無理だった。意識を集中できず、パイロキネシスの発動が間に合わない。


 ペンライトの先が青白い閃光を放った。


 それはニココのすぐそばの床を穿った。床は衛星外郭に準じる強度の資材で構成されていたが、ディスラプターに反応して直径三メートルの半円が形成されていた。


 関川の手からペンライトが落ちる。見えないフィールドからシーシャが手を伸ばし、関川を締め上げていた。


「くそっ異星人め!」


 関川は悪態をついた。


「ここは地球じゃないよ、先輩」


 シーシャが小声でつぶやいた。九重はようやくペンライトに意識を集中できた。そうなればパイロキネシスの発動は早い。ペンライトも、一足先に金属塊へと変貌したレーザーブレードと同じ運命を辿った。


 シーシャがどこからともなく取り出した細い拘束具で関川を縛り上げるのと、本部棟玄関前の武装生徒が近衛たちに武装解除されるのとはほぼ同時だった。

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