第二十八話 決戦兵器

「なんだかわたしたち、生きて帰れそうにないわね」


 ロナは諦観の面持ちで巨大戦艦を見上げた。


「なんで?」


 ソラはきょとんとした。


「だって、ここがコリーナムだとしたら」

「コリーナムだよ」


 ソラが憤然とした。信じてもらえないのがまるでありえないかのようだ。だが、ふつう、宇宙船の速度を肌感覚で測って乗っていた時間から距離を導き出すことなどできはしない。


「なんでそんなにはっきりわかるのよ」

「わかるったらわかるの!」


 ソラは鼻息荒く言った。耳まで器用に動かして見せる。ロナはため息をついた。


「あなたってどこでもマイペースね。底知れないものを感じるわ……とにかく、コリーナムに軍港があるなんて聞いたことない。なのにわたしたちはそこにいる。ってことは、どこだか知らないけど、軍港をこっそり作って秘密にできる勢力があって、わたしたちはその秘密を知った。ってことは、生きてここを出られない。オーケー?」

「なるほどー」


 ソラはうなずいたが、すぐに首を傾げた。


「でも、どうしてわたしたち、ここに連れてこられたんだろうね? ここが知られたくないところならさ」


「そこよね。もしかして、この戦艦が未知の異星兵器? そんなわけないか。あの松浦とかいうクソはまだ発見できてないって確か言ってたよね」


 ロナは松浦に叩かれ赤く腫れた頬を押さえた。


「未知の異星兵器ってなんだろうね。配備されたってどういう意味なのかわかんないけど」


 ソラがまた首を傾げた。


「地球が攻撃されそうってことなんじゃないの? それもどこまで本当だか」


 ロナは肩をすくめた。


「おまえら! うるさいぞ! これから阿賀校長が来られる。おとなしく待ってろ」


 とつぜんそう怒鳴ると、松浦は携帯端末に目を落とした。その隙にロナは思い切り舌を出した。


「人質に校長があいさつ? 意味わかんない」


 一台のシャトルが空から舞い降りてくるのが遠間に見えた。そして、それは軍港に降り立った。


 シャトルのなかからはヨコに耳の長い生徒が十一人降りてきた。人質とエトアルだ。さらにその後ろから何人かの武装生徒と壮年の紳士。


「本当に阿賀校長だわ。最悪」


 入学式のときに顔を知ったロナは呻いた。壮年の紳士、阿賀校長がこの事態に関与していれば生徒に逃げ場はない。


 一方、ソラはエトアルを興味深そうに眺めていた。


 エトアルは、ソラの人間の姿を知っているのだから、ケンタウリ人のその姿が気にならないはずがない。しかし、いっしゅん表情が変わっただけで今やもういつもの仏頂面だ。


 阿賀校長が目の前の人質たちに呼びかけた。


「諸君。手荒な真似をしてすまなかった。だが、未知の異星兵器の脅威は計り知れない。われわれは脅威を排除すべく、まずケンタウリに向かう。というのもその脅威はケンタウリを媒介に銀河系、つまり銀河機構を侵食しているからだ。そう、未知の異星兵器はケンタウリ星系にあり、ケンタウリ人の精神を改変しているのだ」


「はあ?」


 ロナが小声でつぶやいた。ケンタウリ人もみな同じ気持ちなのだろう、ざわついている。


「とくにケンタウリの諸君が不審に思うのも無理はない。ケンタウリはテレパシーの専門家で熟達している。精神改変などはオーバーテクノロジーだと主張してきたのもケンタウリだ。だが、その異星兵器は、それを行なっている。それも一万年前から」


 一万年前。銀河人類帝国の崩壊した頃だ。


 ケンタウリ人たちのざわつきが止んだ。


「銀河機構ももちろん未知の敵に侵食されている。だが、その侵食の程度が一番大きいのは、残念ながら、テレパシー感受性に秀でているケンタウリの諸君だ。だから、われわれとケンタウリは交戦状態に入るだろう。すまないが、それでもきみたちには銀河系のため協力してほしい」


 あまりに壮大すぎる秘密の暴露。それがもし真実ならこの一万年の歴史は誰かの意図したものだった可能性すらある。


「せんせいー」


 スッと大きく手を上げた空気を読まない人質がいた。


 ソラだ。


「そこ! 勝手な真似はするな!」


 阿賀の隣に控えていた松浦が怒声とともにライフルをソラに向けた。


 だが、阿賀はそのライフルを上から押さえて言った。


「よろしい。言ってみなさい」


 阿賀は懐の大きなところを見せようとしているのか、あるいは質問に答えることがケンタウリ人たちの自主的な協力をとりつけることになると考えているのか、とにかく質問を許した。


「はい。なぜ、ケンタウリ人さえ気づかない異星兵器の存在にテレパシーをもたずそんな技術もない人間が気づけたのでしょうか」


 ソラは平然と言い放った。サイコキネシスをもつルーマン、テレパシーをもつケンタウリ、人間を遥かに超える身体能力を持つバーナード。人間が優位に立てるのは、その数だけだ。そう昔からいわれてきた。一万年前から。


「当然の疑問だな。極秘だが、この名誉ある解放に参加してもらう諸君にだけは話そう。ワイズから情報提供があった。実のところ、このサイコシップもワイズからの技術供与で建造されている」

「わかりましたー」


 拍子抜けするような返事をしてソラは手を下げた。


「あなたって命知らずね……」


 ロナか呆れ返った。


「みな、サイコシップとは初耳だろう。それもそのはず、ワイズの先端技術でのみ建造可能な決戦兵器だ。ルーマンの諸君。この船は君たちを求めている。プリンセスの中条くんも協力を約束してくれた。ぜひ、クルーになってほしい。以上だ」


 そう言うと、阿賀は松浦に人質を乗船させるよう指示した。


「なってほしい、といわれても本国からのオーダーではな」


 エトアルは周りに聞こえない声でつぶやいた。

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