第二十四話 突入

「おれは何をすれば?」


 九重の声に不安の色が滲む。


「人智外星系でも同じこと言うの?」


 そう言うと、ニココは自分の胸元に手を突っ込んだ。そして小さな箱を二つ取り出し、一つを九重に手渡した。


「行動あるのみ。これは迷彩フィールド展開装置。使い方はシンプル。スイッチはここね。相手も無効化フィールドを展開してるけど、いつでもどこでもじゃない」


 ニココはその箱を九重に操作して見せた。ニココの巨体が風景に溶け込む。それから間を置かずニココが浮き出てくる。初めて見る高性能な隠密兵器に九重は息を呑んだ。


「使えば消耗するから気を付けて。使いどころはわたしが指示する」


 有無を言わさない口調は指揮を執る下士官のようだ。ニココは小箱を制服の上からつけているベルトのポーチに入れた。


「みんなが閉じ込められてるのはたぶん大講堂。さっき何が起きたか分かんないんだけど、もう一回くらいできるよね?」

「さっきって?」


 思わず九重はごまかそうとした。ニココは九重を見つめた。


「たまたまあいつらの武装だけオーバーヒートするなんてありえない。わたしの武装は全然反応してなかった。で、近くにいたのは九重だけ。だからあなたが何がしたはず。エスパーかどうかは知らないけど」


 九重は内心蒼くなった。ニココは九重が何か隠していると気づいている。だが、使いこなせていればともかく、使いこなせていないものに期待されても困る。九重はそう言おうと思った。


「あのさ、実はおれ……」


 ニココは優しく首を振った。


「いいって。何も言わなくても。秘密なんだよね? わたしもこれ以上は突っ込まないよ」


 訳知り顔で頷くニココ。九重はタイミングを失った。


「どっちにせよ、時間が経てば捕まってる人たちに危害が及ぶ可能性は高まる。収容施設に移送なんてされたら何されるか。それに、解放して騒ぎ出せば連中も悪だくみをあきらめるでしょ」


 九重は首を傾げた。


「関川はすでに必要な人数を揃えたみたいなことを言ってたけど。なぜ今、寮にいる残りの生徒を捕まえないんだ? シャトル乗り場でも人間の生徒は寮に帰されたんだけど」


 ニココは腕を組んで考え込む仕草をした。


「そりゃ寮の生徒たち全員を抑え込むだけの人数を割けないからでしょ。でも、そこよねー、わかんないとこは。隣町かどっかにいる百人は何をしてるんだか。ま、誰もいない収容施設に待機させてるとは思えない。あ、今はソラたちが移送されてるかもしれないけど」


 そう言うとニココの顔は陰を帯びた。さっき、収容施設に行けば何をされるかわからないと言ったばかりだ。


「シャトル乗り場の連中は、地球が未知の異星兵器で攻撃されそうになってるって言ってた。だから百人規模の部隊がそちらに向かってるとか?」


 九重はソラたちに理不尽なことが起きていないことを願った。


「連中の言ってることが本当ならねー。でも、そんな兵器が本当にあったとして、いくら銀機高のエリートでも攻略できないでしょ。兵器だけ置いてあるわけないんだから。配備されてるはずのプロの兵隊に敵うわけない」


 確かにそのことをさっきニココ自身が証明してみせたわけだ。


「たぶん、未知の異星兵器とやらはフェイクで、人質にとってるみんなを、とくにケンタウリ人を……酷い目に合わせて、ケンタウリとの戦争に向けて地球政府に引っ込みをつかせないようにするのが目的じゃないかなー。だからわたし、みんなを解放するのを急いでるわけなんだけど。でも、なんか様子がヘンなんだよね。急ごしらえのチームにしても、リーダーが浮きすぎっていうか。リーダー以外の頭が悪すぎるっていうか」


 そう言うとニココは難しい顔をした。


 関川はケンタウリと戦争すべく地球政府を追い込もうとしている。一方、シャトル乗り場の松浦は未知の異星兵器を攻略しなければならないと言った。仮に二つとも真実だとして、二つは同時進行なのだろうか。キャプテン科やトルーパー科の人間の生徒がやすやすとライトヒューマンソサイエティに動員されたのは、この未知の異星兵器の脅威とやらを信じたからか。確かに、言われるがままに信じるのは頭が悪い。だが、そこまで頭が悪い者がそんなに大勢いたというのは不自然だ。


 ふと、九重は、シャトル乗り場での出来事を思い出した。強圧的なことを言われているのに抵抗しようとした者の耳はタテ長だったり、ヨコ長だったりした気がする。バーナード人は何やらバーナード人同士でささやき合っていた。だが、人間はどこか虚な表情をしていた。


「催眠術ってあるのかな」


 九重はつぶやいた。


「シャトル乗り場で連中と出くわしたとき、人間だけ催眠術にかかったみたいに様子がおかしかった気がする」


 九重は違和感を感じたきっかけを思い出した。武装生徒がシャトル乗り場にあらわれたとき、うるさかった周囲の声が急にトーンダウンしたのだ。まるで特定の集団だけ黙り込んだように。それは、今考えれば人間にだけ何かが作用したのかもしれなかった。


「人間にだけ作用する鎮静剤でも噴霧されたかなー。自分たちだけ中和剤をもってればいいだけだし」

「でもそれじゃ、おれは」


 九重は急にあの夢を思い出した。毒と銀河人類帝国皇女とパイロキネシスと。あの夢に真実が含まれているとしたなら、九重に薬物耐性が備わっていたとしてもおかしくはない。


「効かない体質なのかもねー。テレパシーで人を操るとか催眠術とかよりは、薬物のがありそうな話とは思うけど」


 もしかしてあの夢から毒や薬物の効かない体になったのかもしれない。九重は少し安心した。あの夢の不可解さを除けば納得のいく説明だ。


 だが、ニココはさらに考え込んでしまったようだ。


「薬物かー。でもやっぱそれじゃ素人を作戦行動に訓練なしで動員できるとは思えないなー。だけどなんだろ。みんな素人のわりに自分の行動に疑問をもってないっつーか。不自然なんよねー。だからまだつけいるスキがあるんだけど」


 ちょうどそのとき、玄関の扉のあったところから別の武装生徒の部隊が出てきた。


 気を失った別働隊の十人をそれぞれが肩に担ぎ撤収していく。


「じゃ、行きましょうか」


 ニココは九重に微笑みかけた。

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