第二十話 関川瑞雲

 その一瞬前にニココはエトアルを突き飛ばし、難を逃れていた。


「さすが荻川の鬼姫ですね。完全に不意を打ったと思いましたが」


 両断された扉の向こうから制服姿の男子生徒が歩み出てきた。背は九重より高く優男ふうだ。手には青く輝くレーザーブレードをもっている。許可なく振るえば当然違法。最大出力なら衛星の外郭パーツすら切り裂くSクラスの近接武装だ。取り扱いを誤れば味方にも甚大な被害が出るため、使い手を選ぶ。


「あはは。完全に不意を打たれてたよ。中条さんにも当たるとこだったけど。そういうやり方なの? あんたたちは」


 ニココは笑って九重とソラを背中に隠し、その男子生徒を睨みつけた。


「むろん殺すつもりはありませんでした。殺さなくとも両手を切り落とせば無力化はできる。残念ながらそのチャンスは逃しましたが」


 その男子生徒はレーザーブレードの出力を切った。青い刀身は色を失い最初からそこには何もなかったかのように柄の部分だけを残し消えた。


「わたしは関川瑞雲。キャプテン科三年です。そして、銀機高ライトヒューマンソサイエティ会長です。昨日夕刻よりとある作戦行動に入っておりまして、そこの黒川さんからお聞き及びの通り、キャプテン科の人間のみなさんにはみなこちら側についていただきました。本日、トルーパー科のみなさんに呼びかけ、十分な戦力の確保に成功しました。中条さんからお聞き及びのように、ルーマンのみなさんの身の安全は保障され可及的速やかにルーマンに送還されます。ですが残念ながらバーナードのみなさんは今後のケンタウリとの契約次第で敵対する可能性がありますので、収容施設に入ってもらいます」


 ニココが後ろ手でソラの肩を軽く掴んだ。それから自分の背中を触る。ライフルにソラの注意を向けているのだ。ニココの部屋での様子から、ニココは九重よりもソラの方がうまく撃てると考えている。そんなふうに九重には思えた。


「ちょ、バーナードがケンタウリにつくのが当たり前みたいな言い方だけど」


 それからニココは腕を組み、話し合いに応じる姿勢を見せた。


「少なくともわたしたちはバーナードは雇えませんので、残念ながら。武装されないうちに捕まえた方が、誰もケガをしないで済むというものでしょう」

「黒川さんは撃たれたって言ってたよ。テキトーなこと言ってとにかくわたしたちを捕まえようって魂胆でしょ?」

「黒川さんに発砲した不心得者は適切に処分したのでご安心ください」


 放り出されたままうずくまっていたエトアルが身を起こした。


「荻川ニココ。信頼できないのはわかるが選択の余地はない。我が方は少数で武装もしていないのだ」

「寄居さんはどうなってもいいの? 一日だけだったけど、クラスメイトじゃない」


 ニココはエトアルに訴えかけた。


「寄居は王族だ。下手なことはされないだろう」


 エトアルはそう言いつつ目を伏せた。


「……まあ、いいわ。そもそも、どんな理由でこんなことに? ケンタウリと地球は仲よかったよね」


 ニココはエトアルから関川に目を移した。関川はレーザーブレードの柄を握りしめたままだ。


「……ケンタウリは人間の精神に干渉し、経済的には従属させ、軍事的には尖兵として汚れ仕事をさせてきました。もう、そんな一方的な関係はやめよう、だがテレパシーで操られている地球政府にその決断は無理、だから我々が立ち上がったのです」

「ケンタウリ人に精神干渉できるほどのテレパシー能力はないよー」


 ソラの能天気な声が響いた。


「こら、ソラ。話に割って入るんじゃない」


 九重が慌ててソラの口を塞ぐ。むぐぐ、となりながらもソラは抵抗する。


「だって、間違ってるんだもん」


 九重の懸念が的中し、関川の関心がソラと九重の二人に向いた。あちゃー、とニココが内心つぶやいたのが九重には聞こえるようだった。


「ソラさん、でしたか。あなたはテレパシーの専門家なのですか? それこそ適当なことを言わないでいただきたい。そして布川九重くん。中条さんから聞きました。男子でプリンセスとは前代未聞だ、と。実際、わたしも不思議に思ってるんです。そもそもこの決起は銀機高の阿賀校長の協力なくしては不可能だったのですが、お二人がプリンセス科に入学されていることに、その阿賀校長はまったくお心当たりがないとおっしゃるのですよ」


 関川はニココの後ろから顔を覗かせているソラを見つめている。九重は隠れているがなぜか刺すような視線を感じてしまう。


 突然、くすくすと笑い声が聞こえた。

 

「ふふ。その阿賀校長とやらもたいしたことないな」


 エトアルが嘲笑していた。


「阿賀校長は自身の銀河機構での地位を捨て、この決起を決心された烈士。いかに中立のお立場でも無礼」


 関川の注意がエトアルに向いたそのいっしゅん。


「今よ!」


 ニココの掛け声でソラが背中のライフルを引き抜いた。


「撃って!」


 ニココに言われる前にすでに躊躇なくソラは打ち始めていた。


 エトアルとリュンヌはすぐに射線から身を引いた。


 だが、関川はレーザーブレードを閃かせるとライフルから伸びるビームを消し去っていく。


「お互いに低出力ならこういう遊びもできるんです」


 関川は余裕の表情だ。


「ソラ、おまえなら扉を開けられるだろ。逃げるぞ!」


 九重が叫ぶ。


「え。でも、撃ってないと、あの人こっち来るよー」


 そのとき、ニココが九重になにごとかつぶやいた。九重は小さくうなずく。


 ニココは袖口からペンライト型の破壊光線銃を取り出すと、関川の方に向けて、ただし、絶対に当たらないようにあさってのところを撃った。


 剣呑な音を立てて壁に穴が空く。


「もうお遊びは止めるということですね」


 関川はそうつぶやくと、懐に手を突っ込んだ。そのしゅんかん、ニココは屈んだ。そして、九重はニココの胸元に手を突っ込んだ。関川が銃を取り出すのと同時に、九重は閃光手榴弾スタングレネードを取り出し、安全ピンを引き抜いた。銃と違って狙うという動作はそこに必要ない。関川が銃のトリガーを引く前に部屋は閃光で満たされた。

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