第十九話 エトアル

 構造は他の部屋と変わらなかった。扉の向こうはすぐにリビングになっていた。


 出入り口に向かい合う形でエトアルは座っていた。神妙な面持ちでテーブルに肘をつき手を組み合わせている。


「待たせたな。クラスメイトの諸君、黒川くん」

「えー。やっぱり居留守だったんだ」


 ソラがむくれた。九重は、なぜエトアルがリュンヌのことを知っているのか違和感を感じた。だが、エトアルほど有名でないとしてもキャプテン科の合格者のリュンヌもそれと知られた英才の可能性は高く、エトアルが名前と顔を知っていてもそうおかしくはない。


「こちらにも事情があってな」


 エトアルの表情からは毒気が消え、それと同時に生気もなくなったかのようだった。


 エトアルは四人の来客に座るよう手で促した。


「今日は無断欠席してごめんね? 黒川さんが昨日の夜から転がり込んで来ちゃってさ。理由は黒川さんから聞いてね」


 ニココが巨体を椅子に沈み込ませた。


 リュンヌは椅子に座ると、九重たちに話したのと同じことをエトアルに話した。






「……ですので、少佐殿にはどこかに閉じ込められている生徒たちの救出と保護、事態の解明をお願いしたいのですが」


 リュンヌは身を乗り出した。エトアルは目を閉じ、しばし天井をながめた。


「中尉。報告ご苦労。何も心配することはない。事態は明らかで、きみは安全だ。三日後に来るエージェントとともに予定通り帰国したまえ。それが最速だ。きみの認識通り、ここはもはや学業に専念できる場ではない」


 リュンヌは安全と聞いて少し気を緩めた。だが、エトアルはにこりともしない。


「人間至上主義者たちがキャプテン科の人間を掌握したのは間違いない。明日以降、他科も人間中心に組織化されるだろう。人間以外は人質として隔離される。人間至上主義者たちは銀機高の生徒を動員し、適当なタイミングで地球政府に対し、ケンタウリに宣戦布告するよう要求するようだ」


 リュンヌが一転、青ざめた。


「開戦、ですか。我が国の立場は?」

「中立だ。人質のうちルーマン人は他の人質とは別のルートで本国に送還される。身の安全は保障される」


 エトアルの声には何の感情も込もっていない。いや、感情は完全に押し殺されているのだ。


「問答無用で送還なんてほぼ捕虜扱いじゃないですか。それにケンタウリだけじゃとても戦いになりません。中立なんて言っても名ばかり。仮に地球側が勝ったとして、ルーマンに利はあるんですか?」


 リュンヌは上官に面と向かって疑義を唱えた。ルーマン軍では本来許されない行為だが、ここは学校だ。


「黒川くん、わたしたち軍の人間に政治的な判断は求められない。わたしは本国の判断を伝えているにすぎない」


 そう言ってから、苦虫を噛み潰したような表情になった。


「ケンタウリに前からバーナードを雇うだけの金を出す覚悟があればこんなことには。まあ、今からでも遅すぎることはないだろうが」


 エトアルは目を伏せた。そして、意を決したように話し出した。


「いいか、よく聞け。銀機高は人間至上主義者に武力制圧されそうになっていて、現時点でそれを抑止しうる方法はない。なぜなら校長が加担しているからだ。だから、自分たちに都合のいい情報、例えば地球政府や人間の大多数が支持しているといったことはすぐに周知されるだろう。真偽を確かめる時間などないがな。一方、ケンタウリやバーナードがこれからどうなるかは知らされることはない。人質、捕虜、呼び方はどうでもいいが、そうした人々の処遇もな」

「人間至上主義者が他星種族捕虜を紳士的に扱う、とでも?」


 ニココはあくまで穏やかに疑義を発した。


「ルーマンはこの件では非参戦、中立を維持する。ルーマンの捕虜の安全は保証される。わたしから言えるのはそれだけだ」

「エトアルちゃん、そんなルーマン政府の公式見解みたいなこと、ほんとは全然言いたくないんじゃない?」


 ソラが口を挟んだ。九重は事態の成り行きを見守ることしかできなかった。


「……一介の軍人にはその程度しかできないんだ。すまない」


 エトアルは目を伏せた。


「諸君にも背負うものがあると思う。だが、ここは降伏してくれ。わたしが力の限り丁重に扱う」


 ニココは席を蹴って立ち上がり、エトアルに詰め寄った。エトアルのサイコキネシスのため、本来の半分程度の勢いまで減殺されたが、ニココはエトアルのところまでたどり着いた。


「捕まってるバーナードは!?」

「さっき言ったように、バーナードはこの案件については潜在的な脅威とみなされている。タテ耳長人と同様に隔離されている」


 ニココに胸元を掴まれてもエトアルは表情をなお変えない。


「九重、ソラ、この部屋から出て! 早く!」


 ニココはエトアルをそのまま掴み上げた。


「さすがに鬼巨人のなかでも武門中の武門との誉れ高い荻川の姫だな。殺さずに無力化することはできそうにない」


 エトアルは観念したのか目を閉じた。


 次の瞬間、閃光が走った。


 奥の扉がタテに真っ二つに両断されていた。さっきまでニココがエトアルを掴んでいた空間が熱く燃えていた。 

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