群衆

ヤグーツク・ゴセ

群衆

 彼らの声を、目を、ココロを気にしながら東京の灰色の喧騒を歩く。空から降る雨は僕の頬を冷たく刺す。正しさなんて誰にもわからないから、もういいんだ。今日の東京も色味のないレゴで出来ているような空気感がある。


 嫌。暑い空が広がる夏真っ只中な東京。

今日の聡大はやけに穏やかに見える。知らない人達が僕らの方に冷たい目線を向ける。聡大の

父はかの有名な大量殺人事件を起こした犯人として今もなお、刑務所にいる。そしてその息子の聡大もネットや週刊誌で特定され、ずいぶん生きづらくなっている。幼い頃からの馴染みで、僕は聡大とこうやって遊びに行くだけでも楽しい。だけど、どこか他人の声を、目を、ココロを気にしてしまう自分がいて怖い。


 嫌。黒い土砂降りの東京に変わってゆく。僕ができることはなんだ?聡大はやっぱり穏やかな表情を浮かべている。わからないことなんて、数多にありすぎて、頭がおかしくなる。

聡大は昔よりもずいぶん笑うようになった。

でも、どこか翳りを見せる笑顔は現在も変わらない。土砂降りな雨がどんどん強みを増して飛沫あげる。梅雨が明けるまであとどれくらいの苦しみを感じなければいけないのだろうか。

涙が枯れて出てこない自分が情けない。聡大が1番苦しんでるはずなのにまた、"偽"の笑顔をこちらへ向ける。聡大の背景は黒い雨で染まり、より一層不気味さを増す。息苦しいな。


 嫌。聡大は黒い雨の中、歩道橋に足をかけ始めたところで、口を開いた。

「親父はいつも俺に優しかった。いつも腐った俺に"偽りのない"笑顔をこちらへ向けるんだ。

そんな親父が人を殺してさ、刑務所入っちまって、俺ら家族も犯罪者呼ばわりさせられる。

悪夢だと信じてたのに、何千回起きてもずっと変わらない現実が続くんだ。」 

聡大は歩道橋の上まで行ったところで大きくため息を吐いて僕を見た。僕は返す言葉が見つからなかった。そして僕らは無言のまま歩道橋を降りた。雨は歩道橋を越える前より強くなっていた"気がした"。


 嫌。次の日だっただろうか、はたまたその次の次の日だっただろうか、よく覚えていない。


  『聡大が自殺した』


 嫌。悪夢であって欲しい。嫌。もう全部わからないよ。嫌。嫌。嫌。

こんな結末があっていいわけないだろ。涙が枯れてやっぱり出てこない。感情さえわからない。聡大の声も色も感覚も覚えている、だからこそ怖い。死というものが近くにあったという事実が怖い。だめだ。潰される、潰される。

これまでの思い出全てが吠えている、何かを訴えるために。




 嫌。悪夢であってほしいと何度も願った。

何千回起きても変わらない現実が続いて全て嫌になって寝返りだけが得意になった。変わらない夜に何かを抱えて寝るのが嫌になった。自分があのとき、聡大に何か言ってあげれたら、と何度も思った。


    僕も聡大を殺した殺人犯だ。


今日の東京も冷たい雨が僕の頬を刺す。黒い雨が僕の背景を埋め尽くす。歩道橋に足をかける。

聡大はあのとき僕に助けを求めていたのだろうかわからない。だけど、ただ、ただ今、僕は誰かに助けられたい。あのときの聡大と"同じ"だ。

歩道橋を越えた時、僕の中で何か変わってほしいと願う。変わらない、変わらない嫌な悪夢が変わらない。潰される、潰される僕の体躯が潰される。



嫌。そして、結末は彼と"同じ"になった。

もうすぐ、梅雨が明ける。

また、会えるね、聡大。嫌。



  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

群衆 ヤグーツク・ゴセ @yagu3114

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ