協力関係と一抹の不安

海珠みたまさんは我々の抱えている問題をどこまでご存知ですか?」


「……脳への負荷で時折ナユタ様がフリーズされるとしか」


 海珠は甘すぎるコーヒーを捨て、変わりに渡したペットボトルのお茶に口を付けながら答える。


「分かりました。では大まかに現在の状況をお伝えいたしましょう」


 私はナユタが配信中に脳の負荷が原因で気絶した際の状況を簡単に説明しつつ、海珠が「フリーズ」という単語を使った事に眉をひそめる。


 その言葉はまるで、ナユタを人間として捉えていないから出た言葉のように思えたからだ。


「……分かりました。それで、湊先生は私に何をお求めですか?」


 これは私が甲斐先生に対して言った言葉とよく似ている。甲斐先生の研究室を訪れた際には、海珠の姿は無かったはずだが、どこかで会話を聞いていたのだろうか。


 そもそも、この海珠という少女と甲斐先生はどのような関係性なのだろう。一体何の義理で、甲斐先生の指示に従い、私に協力する事になったのだろう。


 疑問は尽きない。しかし、その問いはナユタを助けるうえで必要な情報ではない。


「海珠さんの自動化技術で、ナユタがBCIを操作する際の補助プログラムを開発してほしい」


 海珠は不服そうに口を歪める。


「……根本的な原因がBCIにあると断定している物言いですね。切り分けが完全に完了しているようには思えませんが」


「手探りな対策である事は間違いない。ただ、原因の究明の為に取れる手段が限られている事は理解してほしい。何しろ、脳だけで生きている人間が相手なんだ。前例も無いし、迂闊な実験もできない」


 私は出来るだけ語尾を強めて反論する。海珠に対して、ナユタが生きた人間である事を強調する為だ。


「……原因がBCIにあるかの実験なら、そこまで難しくないのでは? BCIの一部機能をカットした状態でナユタ様に配信を行って頂き、再び事象が再現されるかを観察するだけで……」


「ダメだ。それではナユタの配信に影響が出る。ただでさえナユタに残された時間は限られているんだ。彼女がやりたがっている事の邪魔になる実験は極力控えたい」


「……実験体に対して、気を使いすぎでは?」


 海珠の前髪の隙間から、睨みつけるような視線が垣間見える。何か気に障る所があったのだろうか。


 私はどうしたものかと思案する。


 下手な反論は協力関係にひびを入れるだけ。しかし、ナユタを第一に考えた方針を理解してもらわなければ、海珠を仲間として受け入れる事は難しい。


 助け舟は思わぬ方向からやって来た。


「蓮も大変なのよ。阿僧祇ナユタの命に責任を背負わされているんだから。海珠ちゃんには苦労を掛けるけれど、ここは蓮の方針に従ってくれないかしら?」


 話を聞いているのかも怪しかった芽衣が、我々の座る応接用のソファーへと近寄りながら言った。


「……別に苦労はありません。BCIのアルゴリズムさえお譲り頂ければ、数日である程度は動くものが作れると思います。もちろん、脳の出力に関するところは素人なので、随時協力してもらいますが」


 海珠は私から視線をそらして言った。


「そう、じゃあ決まりね。ほら、ぼさっとしてないで、海珠ちゃんに必要なデータを渡して頂戴」


 芽衣にせっつかれて、私は慌てて立ち上がる。


「……このアドレスに資料を送ってください。あと、私の端末からナユタ様に接続できるよう、ネットワークの設定もお願いします。私は自分の部屋に戻るので、また何か必要なものがあれば連絡します」


 海珠はそう言って、そそくさと部屋を後にした。


「変わった子だな。一体何者なんだ?」


 私は自身の端末を操作して、指定されたIPをアクセスできるようリストに追加しながら芽衣に聞く。


「さぁ? 知らないわよ。興味も無いし」


「知らないって……同じ施設に所属する研究者なんだろ?」


「あのねぇ。ここは蓮の居た表の世界とは違うのよ。私も人の事を言えた身分じゃないけど、ここに来るまでの過去とか、今やっている研究の詳細とか、そう言ったプライベートな情報を隠したい人達の方が多いの。だから念のために言っておくけど、甲斐先生の所に移動したら、迂闊な事を知ろうとしない事。いいわね?」


 私は「ああ」と曖昧に返事をする。


「それはそうと、なんか悪かったな。勝手に海珠さんの協力を取り付けるような形になって。お前も自分の研究室を他人に踏み入れるのは面白くないだろ」


 芽衣は腕を組んでため息をつく。それは怒っているというよりは、もはや呆れているといった様子だ。


「いいわよ、別に。それよりも、蓮こそよかったの? 海珠ちゃんにナユタちゃんの事を任せちゃって」


「……この組織におけるナユタの立場を考えれば、まあ大丈夫だろう」


 私の楽観的な言葉に芽衣は心底呆れたという様子で、先ほどよりも更に深いため息をついて、自分の仕事へと戻って行った。

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