三年目の冬の大改造:その一

 冬がやって来た。

 季節が巡る限り、ごく当たり前のことだが、ロザリアンにとっては重労働の季節である。

 二年程、夏場の園芸にもチャレンジしてみたが、夏は夏でバラちゃん達にも手が掛かり、加えて近年の猛暑・酷暑で草花の管理が難しい為、三年目には諦めてしまった。

 その代わりといってはなんだが、夏には、冬の植え替えの時に大量に出る廃土の再生作業に励むことにした。廃土の再生作業がどれほど手間暇の掛かるものかは前項で述べたので端折はしょるが、熱を利用した消毒作業を行うには、やはり夏の方が都合いいのだ。更に、消毒を終えた廃土に諸々足りない物を継ぎ足してブレンドしたあと、団粒構造が再生されるまで熟成した方が良いと知ってからは、更に夏の方が都合良かった

 それに、再生土を使った連作障害がどうなるかの結果の検証は済んでいないので、もう少しチャレンジする必要があったのだ。

 そんなこんなでやってきた冬───この冬は、鉢の植え替え作業だけではない、もう一つの大仕事が予定されていた。


 この冬を迎える前の春、八十代でありながら、生活習慣病予備軍はあれども大病をしなかった父が、職場からの完全引退と共に予備軍が持病になり、大幅に悪化させた。その結果、約一年の間に三回に分けてトータル八十日ほどの入院生活を送ったのだ。幸い介護認定には至らなく、要支援程度で帰宅したわけだが、食事制限とかなりの筋力の低下がお土産になった。

 そんなこんなで、我が家はすべての生活が父中心のフォローシフトに突入した。当然、現役介護福祉士である私は、表でも裏でも何だかんだと動き回ることになったのである。

 何をそんなに動き回ったのかは、本作とは関係ないので語らないが、その御礼なのか・何なのか、『一つでもいいから、バラちゃんの大株を地植えしたい』という私の希望を、信じられないことに母が飲んでくれたのだ。───心の底から、本当に驚いた。

 何故そんなにまで驚くのかを、一概に説明するのは難しい。我が両親は、『自分達が子供に対してこうしたい』と思ったことは、小事から大事まで強行する。それらの需要と供給が一致していれば、大きな問題にはならない(兄はこの例だ)。ただし、私の場合───「|NYの五番街のどこかの大企業で、英語を自在に操りながら秘書などでバリバリ働いている娘が居ると幸せだなぁ」とのたまう両親と、「そんな所で働くより、鶴嘴つるはし持ってアフリカに行って、井戸掘りと緑化の一助になった方が有益だ」と考える私との間で、需要と供給が成立するわけがなく、相互理解の溝はグランドキャニオン並みなのだ。

 そんなこんなで、私が「こうしたい」と希望したことを、両親が飲むことはほとんど無かった。衣服でも、学業で必要な物でも、彼らの希望に沿わない物を与えられることはない。

 これまでがそうだったので、単なる趣味に伴う希望が、本当に受け入れられるとは全く思っていなかったのだ。


 ともあれ、何の気紛れかは判らないが、OKが出たのだから、言動を翻らせられないうちに行動するのが吉だろう。時間が経てば、白いものでも黒と言い出す人達なのだ。そういう訳で、私は許可が出た一角で穴掘りに励んだのである。

 そう、ローズ・ポットと呼ばれるバラ用の鉢を見れば判ることなのだが、バラの株or苗は、横にではなく、縦に深く根を張れるようにしなければならない。鉢植えの場合、鉢のサイズは大き過ぎても小さ過ぎてもいけないが、地植えの場合はもっと余裕を持たせる必要がある。何故なら、一旦植えたものを株上げ(数年に一度、株ごと掘り起こして、土を入れ替えること)するのは、更に容易ではないからだ。

 私が、一年目・二年目の初心者を卒業したあとの教本は、常にインターネットだった。しかし、ネットの海は広く、各種バラ農家さんのアドバイスやロザリアンの皆さまの主張は、読み込むほどに違う所があるものだ。だから私は、情報を仕入れた上で、我が家の育成状況に合う個所をブレンドして使わせていただくことにしている。

 最初の問題は、我が家の本来の地盤が固い赤土だということだ。植物の根の土を貫通する力が侮れないとはいえ、それは充分に根を張ることが出来た上での話だ。それ故に、工事用に使うような巨大なスコップを使い、掘って・掘って・掘り捲った。どうしてそんなスコップが、我が家に存在するのかは知らないが、何故か記憶にある限り昔から常備してあるのだ。掘った穴は、直径で七十五センチ~八十センチ、深さは一メートルほどだろうか───掘っている途中で近接している梅のものだと思われる根っ子と遭遇したが、母に問い合わせると「梅は育ち過ぎているから、切り離していいよ」と大雑把な許可を得たので、遠慮なく排除した。まあ、二メートルほど離れた所から来ている根っ子なので、他方面にも根を伸ばしているだろうと、私も考えたからだ(梅さん、ごめんなさい)。

 穴が完成した次には、周囲の雑草の根や芝の匍匐茎ほふくけいが入り込んで、バラの根の成長を阻害しないよう、穴を囲うようにプラスチックの板を埋め込む。それから必要な土を準備する。赤土部分は栄養価もへったくれもない土なので、栄養素としては、多少の油粕と馬糞堆肥(この二つは母の畑用の物を分けてもらった)、腐葉土を投入。土の成分としては再生土を二分の一・バラの専用土を四分の一、元の土壌成分も入れた方が良いとどこかで読んだので、掘った土を砕いて四分の一───これらで穴の全体の三分の二ほどを埋めて水をかけ、巨大スコップで混ぜ捲り、馴染むまで数日待つ。本来であれば、一週間~十日ほど待つらしいが、スケジュール的にそんな余裕はない。栄養素と土の割合は───そんなのは適当だ。正直にいって、穴掘りから始まったここまでの労働で、脳味噌は大して働いていないのだ。強いていうのであれば、栄養価成分が下、土成分が上に位置するように、可能な限り気を付けるぐらいである。

 ただ、ぼんやりと考えていたのは、いつかどこかで踏み入った森や林の土の感触である。勿論、山や斜面の根本的な土は、固く、しっかりしたものなのだが、表面を覆う枯葉や天然の腐葉土はフカフカだった。そんなフカフカが豊かな植物が育つ環境であるというイメージがあって、なんとなくそれを目指していたような気がする。


 移植する場所の準備が整い、待ちの態勢に入ると、次は移植する株の準備だ。どのを地植えにするかは、最初から決めていた。育てるのに最もスペースを必要とする大株で、シュラブ・ローズのジャクリーヌ・デュ・プレである。ジャクリーヌ嬢は、縦に伸ばすより横に這わせた方がよい種類だ。横に低く這わせれば、隣接する母の畑の日照を邪魔する心配はない。木香薔薇三姉妹もまた、本来であれば地植えの方がよい───というか、その方が当たり前なのだが、こちらは日照権を侵害する可能性が高いので、今回は見送ることにしたのだ(勿論、いずれは狙っている)。

 穴&土の準備をするより、株の準備をする方が簡単だった。毎冬している作業なのだから。

 例によって株が冬眠に入るのを見計らい、残っていた葉を全部落とし、有望な枝を残して出来るだけ剪定を行う。簡単にいえば、有望な枝というのは前年によく花を付けた元気な枝、また一年間の間に新しく育った太い枝ということだ。また、剪定する時には、外向きの芽、もしくは伸ばしたい方に付いている芽の上で切るのが望ましい。上手く行けば、イメージしている樹形により近くなるからだ。

 今回、鉢植えから地植えに変更する植え替えに当たっては、有望な枝をやや多め&やや長めに残した。それは、シュラブ・ローズには誘引という作業があり、自分の望む方向に枝を誘導する必要があるからだ。

 鉢植えの時にも使用していたトレリスを使い、樹木がある方向とは逆に誘導するつもりだった。バラの先端優位性を利用して、沢山花を付けて貰うのが狙いだ。


 そうして、土と株の準備が整えば、いよいよ地植え作業の本番が待っている。



【団粒構造】

 各種の土粒が一団を作り、それが多く集まって土壌を構成している状態。土壌が軟らかくて通気・排水がよく、有用微生物も繁殖しやすく、植物の生育に適している。対して、微塵状になった土や赤土は、空気や水を通しにくい。


【連作障害】

 同じ場所・同じ土で同種の植物を植え続けると、その植物が必要とする栄養成分が極端に消費されて、栄養バランスが崩れ、生育障害を起こすこと。また、同時に微生物のバランスも崩し、病害虫も発生し易くなること。


【トレリス】

 バラの支柱の一種。縦長と横長の物があり、連結させるとフェンスのようにも使える。他にも、オベリスクやアーチ、広い庭さえあればというパーゴラアーチや憧れのバラで覆われた東屋あずまやが作れるガゼボなどがある(パーゴラやガゼボは、一般家庭ではまず無理)。

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嵌った沼に花束を 睦月 葵 @Agh2014-eiY071504

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