三年目の嵐

 禁断のバラ栽培に手を付けて三度目の春───春の歓びを満喫まんきつし、レディ・イングリットを手に入れた直後ぐらいの頃、我が家は嵐に見舞われた。家庭内大型タイフーンである。

 我が家の家族構成は、実の両親と未婚の長女(私)と未婚の次男(弟)、母と弟の中型犬と私の愛猫娘の、四人と二匹家族である。私と弟は、それぞれに別の場所で仕事に就いていたが、諸々の事情で再度(再々度)両親と同居するに至ったのだが、その経緯けいいは余談なのでいずれかの機会に。

 問題は、バブル崩壊世代である私と弟は止む無く幾度も転職を重ねているので、定職に就いてはいるものの、どちらかといえば中途採用枠の低所得者層であるということだ。つまり、両親は高齢ではあるものの、家土地は両親の所有で、生活費を払って住んでいる状態。家長である父親は、これまで何度も定年を迎えては、諸事情により度々職場に呼び戻されて働き続け、未だ経済的にも大黒柱なのである。

 その父が、「今度こそ本当に引退だ」となったのは、誕生月である前年十月のことだったと記憶している。そして、幾度目かの後任との引継ぎ業務もあり、その後もそれなりに勤め先のフォローを務め───ようやくゆっくり出来るとなった春先に、生活習慣病予備軍であった各種症状をまとめて悪化させたのだ。簡単にいえば、糖尿病をメイン疾患とした慢性腎炎とそれらに伴う諸症状の勃発ぼっぱつだった。

 検査から即入院になり、退院してきても短期間で再度入院を繰り返し、一年間で三度・トータル八十日という長い入院生活を送ることになったのである。


 このことで、大パニックを起こしたのは母。

 そして、事実関係を受け入れられなかったのは、千葉で家庭を持って暮らしている長男である兄である。

 私はといえば、母と共に長く祖母の介護に係わり、現在は介護タクシーとはいえ介護福祉士でもあり、「いつかは来ること」と考えていたのでさしたる混乱はなかった。「来たか」と思っただけだ。

 勿論、病状の説明時にも、今後の食事制限に伴う栄養指導にも同席し、この先どういう状況になっていくか判らない兄弟に、今後のリスクについても説明した。───が、大変だったのはその後である。

 よわい八十を越えた両親には理解が難しかった食事制限の方法を、一週間の有休を取ってレクチャーしたり。

 初めての長い入院で筋力が落ち、立ち座りや段差が困難になり、本人も思わぬところで転んでしまう父親のフォローと補助具の導入、家の各所に緊急呼出ボタン設置にと奔走した。とにかく、介護認定が下りるのには時間が掛かるので、公共のサービスが受けられるまでの緊急措置である。

 更に、度々フリーズ&パニックを起こす母親に突っ込みを入れながら、家事と通院の手伝いと───諸々端折はしょったが、元々そんなには遊びに出たりしない私でも、近くに住む友人と会う暇もないほどとなるとさすがにストレスも疲れも溜まる。


 ストレス&疲れが自浄処理出来ないほど溜まり、職場と家をひたすらピストンするだけの毎日が続いて───そこに待っていたのは、インターネット通販という危険な扉だった。

 ホームセンターや園芸店を徘徊しまくり、そこに無いものはな無いのだと誘惑を断ち切って来たが、ネットではほぼあらゆるが手に入る。「通販で苗木は怖いかも」と言っていたのは、いったい誰の口だったか……。新たな癒しを求め、憧れの品種をポチるまで、長い時間は必要ではなかったのだ。

 憧れの品種───それは、セラフィムさまを入手してから一年以上、ずっと焦がれていた河本バラ園のヘブン・シリーズである。勿論、全部は無理だ。母親には「もう増やすな」と何度も言われ、レディ・イングリットを入手する時に、「あと一つ」と約束をし、その舌の根は乾いていない。

 けれども、我が母が急な生活環境の変化にパニクッており、父親に関心が向いている現在の状況は、或る種のチャンスなのではないだろうか?

 当然、自宅に届けばチャンスもへったくれもない。ならば、配送センター留めにして、仕事帰りに取りに行けばいいのではないか?

 セラフィムさまが淋しくないように(単なる言い訳)、あと一種───いや、せっかく通販するのであれば、あと二種……。

 欲望に負けて約束破りをしたのは、間違いなく私だ。


 そうやって、どさくさに紛れて我が家に連れ込み、セラフィムさま以外に七種あるヘブン・シリーズから選んだのは、『ガブリエル』と『ルシファー』。

 ガブリエルさまは、全体に柔和な白でありながら、花芯近くがほんのり紫という繊細で典雅な木立性。ルシファーさまは、色が紫なのであまり好みじゃないかもと思いつつも、中学生時代にセラフィムさま共々マイブームを引き起こした方なので購入に至った。そして、開花してみるとなんとも淡い紫で、品性と気品を持ち合わせた優雅な木立性だった。

 どちらも、生産者が日本人でしかも女性なので、色味が控えめ、尚且つ花の造りが細やか。どうしても欧米の品種は大輪が多く、栽培場所を取りがちなのだが、日本の庭事情を把握はあくしているのだろう、中輪で可愛らしく、場所も取らない。

 ただし、反面デリケート過ぎて、なかなか樹勢に勢いがないのが悩みの種だ。だが、目指すは天使の花園。今年の冬には、全体にかなりの大改造をする予定なので、来年の春に対する野望に燃えている。


 ちなみに、今年、思わぬところでウリエルさまに遭遇し、その美しさについうっかり(購入)しそうになったのだが、父親のエスコート中だったので、踏み止まることが出来た。次に遭遇したら、どうなるか判らないのだが……



【カブリエル】

ハイブリット・ティー(HT) 四季咲き 芳香種

ティー香(私はムスクと感じているが) アイボリーに薄紫の差し色

波状弁咲き 中輪 木立性 上級者向き

河本純子作 二〇〇八年 日本

名前の由来は、言わずと知れた四大天使より


【ルシファー】

フロリバンダ(F) 四季咲き ブルー香

芳香種 中輪 パールバイオレット シュラブ(S)

半剣弁咲き 中級~上級者向き 鉢植え向き

河本純子作 二〇〇八年 日本

名前の由来は、かの有名な堕天使より

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