三年目の春

 禁断のバラ栽培に手を付けて三度目の春───例によって、私は早い時期から、JRの駅前広場で行われると予想出来るバラ農家さんによるバラ苗の展示即売会イベントの予定をチェックしていた。去年・一昨年と、四月~五月頃の開催だった為、三月頃からホームページ頻繁ひんぱんに確認していた。

 けれども、いつまで経っても告知が行われない。これは、もしかすると……。

 熊本の震災から丸二年。劇的にとはいかないが、徐々に復興は進んでいると聞いている。それならば、わざわざ他県まで新鮮な物資を移動しての、支援の為の即売会は必要なくなったのかもしれない。本来の栽培地での販売が出来るようになったのなら、そちらの方が喜ばしいことだろう。

 だが、喜ばしい反面、楽しみにしていただけに少し残念でもあった。


 その一方で、私は春の歓びを満喫する為の準備と、ある野望の為の準備を着々と進めていた。

 それぞれの鉢で過ごしているバラちゃん達が、それぞれに蕾をふくらませ、一番花がついに開こうとしていた。常に一歩早く満開を迎える木香薔薇三姉妹だけはタイミングがぎりぎりだが、代わりに瑞々しい新緑のアーチが目に優しく育っている。私は、その木香薔薇三姉妹の緑のアーチを背に、一年で一番大きく・かぐわしい花を開こうとしている鉢達をずらりと並べたのだ。My プチバラ園である。

 ラインナップは、一番大きな株であるモリニューさんとジャクリーヌ嬢をメインに、セラフィムさま・バニーちゃん・同期のわりに小さなモーンちゃん───安曇あずみの君は会社の方に奉公に出ていた。

 そして、待ちわびた一番花が咲き揃った時、幸いにも木香薔薇三姉妹の花も多少は残っていて、なかなかどうして、見栄えがするステキな状態になった。そこに、満を持して我が母を招待したのである。

 以前にも述べたが、我が母は寄せ植えの花々を見て「胸糞むなくそ悪い」と言うようなヒトだ。兎にも角にも嫌いな物や嫌な事が多いヒトなので、地雷を踏まないようにするのが非常に難しい。そのヒトが、「鉢植えをこれ以上増やすな」と前々から言っていたのだ。

 その我が母に、爛漫らんまんになったバラちゃん達を見せた。切り花のバラは好きではあるし、嫌々魔人イヤイヤまじんのわりに乙女チック脳が発達しているので、一応喜ぶだろうと思ってのことである。加えて、一つの目論見もあった。

「ああ、これだけ揃うと綺麗ね」

 との感想───第一段階は成功だ。

 我が母が一頻ひとしきり見て歩くのを待って、機嫌がいいところにやんわりと話を始める。

「ただねぇ、好みで集めたから、色味に締まりがなくてねぇ」

 そうなのだ。計画性があって収集したわけではないので、気が付けば何だか似たり寄ったりの色合いになってしまったのだ。

 モリニューさん・木香薔薇八重と一重・バニーちゃんがイエロー系。

 ジャクリーヌ嬢・木香薔薇八重が白。

 セラフィムさまは淡いピンクから始まり、花が全開する頃にはほとんど白になる。モーンちゃんはそれなりにピンクだが、まだまだ咲いても一輪か二輪。安曇の君に至っては、濃いピンクに黄色の差し色だが、花そのものの直径が三cmで年に一度しか咲かない一季咲きだ。

 私の好みといってしまえばそれで終わりだが、全体に淡い色合いになってしまったのである。

「どういうこと?」

「一つ───一鉢だけ、バラらしい赤があれば、パリっと締まるのよ。あと一つだけ買ったらだめかな?」

 怒ると面倒なヒトを相手にする時は、常に下手に、下手に───しくじりたくない時は、特に。

「確かにねぇ。赤いバラは綺麗だしねぇ」

「でしょ? だから一つだけ」

「あと一つだけなら……」

 よしっ! 珍しく成功だ!!

 実は前々から、『全体像を考えると、赤がないと締まらない』とは思っていたのだが、頭の中だけで何かを想定するのが苦手な母に説明しても解らないだろうと思っていたのだ。それ故に、『説明するより見せた方が早い』と、一番花が咲き揃うタイミングを計っていたのである。

 モリニューさんこそ我が家に来て三回目の春だが、ジャクリーヌ嬢でさえ二回目。これだけの品種が集まって迎える春は、この時が初めてだった。だからこそ、それなりの数が咲き揃ったのを初めて見るインパクトに付け込んでの、周到なおねだり作戦なのだ(買うのは自分だが)。


 こうして、どうにか嫌々魔人を攻略した私は、さっさと目当ての赤いバラを確保して来た。『赤が必要だ』と考えたのは、春の一番花を思いながら植え替えをしていた寒い時期。そこから、どうやってあと一鉢を承諾させるかを考えていたのだ。当然、攻略した相手が前言を撤回する前に行動出来るよう、品種も熟考済みだったのである。

 クライミングやシュラブもいいが、赤い花の面積が広いと、色合い的に暗い印象になるだろう。それならば、木立性がいい。差し色として赤を望むのならば、一輪が凛と見栄えがするクラシカルな品種が好ましい。

 最終的に選んだのは、イングリット・バーグマンである。対立候補として最後まで残っていたのはクリムゾン・グローリーだったが、こちらは黒バラに近い赤なので、より気品とゴージャス感のある赤を選んだ。現在でも、この選択はグッジョブだと自画自賛している。


 副産物としては、レディ・イングリットが加わってからというもの、毎日の鉢植え巡回がやや怪しいものに成り果てたことだろう。

 「やあ、ジャクリーヌ嬢、今日も色っぽいね」とか、「レディ・イングリット、ご機嫌はいかがですか?」と話し掛けながらの巡回は、怪しいながらも楽しい。ちょっとだけ、美女を育てるオジサンの気分である。

 これは余談だが、「あと一つ」という人が、本当に「あと一つ」で済むことはない───ということが、後日立証された。



【イングリット・バーグマン】

ハイブリット・ティー(HT) 四季咲き ティー香

微香 緋赤色 木立性 半剣弁高芯咲き 大輪

ポールセン社作 一九八四年 デンマーク

名前の由来は、言わずと知れたハリウッド黄金期の大女優から

『バラの栄誉の殿堂』入り品種


【クリムゾン・グローリー】

ハイブリット・ティー(HT) 四季咲き ダマスク系(香)

芳香種 黒赤色 木立性

コルデス作 一九三五年 ドイツ

名前の由来は敢えて書かれていないが、直訳で「偉大なる深紅」なので、おそらくそのまま。

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