エターナルから始まった関係

冬蛍

第1話

「頼む! 更新してくれ! 作者様。僕は続きが読みたいんだ!」


 僕は今日も安定のがっかりモードへ突入して行く。


 高校時代に友人からおすすめされて読んだweb小説。


 僕の大好きな作品だ。エターナル状態なんだけどね。


 その作品は少女漫画の人気作の中の登場人物の1人に、主人公が成り代わって記憶を取り戻す感じの場面からスタートする。主人公は”漫画の展開がどうなるのか”の記憶を持ったまま中身だけ成り代わる形だ。

 主人公はヒロインではなく、いわゆる悪役令嬢的な立ち位置で、最終的にはお家は没落。本人はざまぁされるという役回り。

 彼女は先の展開を知っている。だから、”わたしはそんな目に遭いたくないよ!”ってことで、彼女は記憶にある未来を変える努力を始める。そんな物語だ。


 おそらくはこの超人気作が原因となって、web小説には転生や逆行転生の悪役令嬢物が流行したりしたのだろう。実際、似たような設定の亜種の様な作品は大量に生み出されたと思う。

 もちろん、これは僕の思い込みであって、数多のweb小説を書く作者様たちに、多大な影響を及ぼした別の作品があったのかもしれないけれど。

 そして、原因がなんであれ、大量に生み出されたweb小説の作品。それらが面白くないってわけじゃない。”これなかなか良いじゃん!”とか、”これは好きだ”と、思う作品に僕はいくつも出会った。

 それはそれで僕は楽しく読む。拝読させていただいた。

 でも、しかしだ。それはそれ。これはこれ。僕が最も読みたいのは、更新がされなくなって数年が過ぎてしまった、僕の中では原点とでも言うべきあの作品なのだ。続きを求めて止まない。更新されていないことが薄々わかってはいても、毎日のように最新話が更新されていないかをチェックしてしまうという行動が止められない。


 そして僕、書造しょづくり読真とうまはルーティンのチェックを終えると、冒頭のセリフを独り言で口に出してしまうのである。


「とーうま! なーに暗い顔してんのよ? 講義も終わって明日から週末でお休みよ?」


 同中、同高ときて大学と学部まで何故か被った、咲愛さくあい詩歌うたかが僕の前方から近づいてきて声を掛けてきた。

 表情がコロコロ変わるこの女の子は凄い美人ってわけじゃないけど可愛い系。明るく話しやすい雰囲気を持っていて、自らも会話に積極的に参加するタイプ。身長は平均付近の160cmくらいでやせ型体型。ただし、胸部装甲は立派な物をお持ちである。

 彼女に頻繁に話しかけられて、”この子、俺に気があるんじゃね?”って勘違いした男子が告って玉砕するまでがお約束の、ちょっと罪作りなモテる子だ。

 彼女が告白された時にごめんなさいする決まり文句は、「わたし、他に好きな人がいるので」らしい。でも、僕は彼女に彼氏ができたとか、誰かとお付き合いしてるって話は聞いたことがないけれど。


 そして、僕は彼女とはそれなりに親しい間柄だ。もっとも、僕は玉砕した男子のような勘違いはしないけどね。

 僕は彼女のことが好きだけど、勝てない戦はするべきじゃない。玉砕して今のそれなりに親しい関係を壊したくないってのもあるしね。


「なんだ詩歌か。今日も安定の更新なし。エターナルを確認してガックリきてただけだよ」


「あー。読真が好きなあの小説? もういい加減諦めたら? 作者さんだって更新できない事情があって書かなくなったんだと思うよ?」


「それくらいは僕だってわかってるさ。でも続きが読みたいし、待つことは止められないんだ。別に僕がそうしてることで、誰かに迷惑をかけるってわけじゃないからいいだろ?」


「読真がわたしにオススメしたアニメの主人公のセリフ『欲しいなら作ればいいんじゃない?』を君に進呈しよう」


 いやそれ”欲しいなら”じゃないから。詩歌に間違いを指摘するなんて怖いことは僕はしないけどね。


「うん? それって僕に”続きを自分で書け!”みたいな話?」


「そうそう。読真は大好きな作品だけあって、内容をほぼ全部覚えてるくらい読み込んでるんでしょ? それならさ、先の展開を考えて”このキャラならこういう言動をする”とか、”この場面でする行動はこうだよな”とか書けるんじゃない?」


 僕にはそんな文才はない。苗字が書を造るであってもそんなのは関係ない。そんなことができる才能なんて持ってはいないのだ。

 だがしかしだ。それができそうな才能がある人間には心当たりはあるんだけどね。今、僕の目の前にいる才女なんだけどさ。


「僕には文才はないよ。知ってるだろう? むしろ詩歌に書いて欲しいくらいだよ。詩歌は、作文ってか文章での表現力スゲーもん。難しい言い回しとかも詳しいしな」


「わたし? わたしはダメだよ。なんて言うか、こう、物語が降りてこないんだよね。お話が作れないって言えばわかる?」


「そっか。世の中上手くいかねーなぁ。とりあえず帰るべ。詩歌も一緒に帰るか?」


「うん。仕方がない。このわたしと一緒に帰れる幸せを噛み締めたまえよ」


 僕らは同じ中学校に通っていただけに、お互いの自宅は距離がそう離れてはいない。大学も幸いな事に徒歩圏(徒歩40分を徒歩圏だと言うのならだが)なのでのんびりと一緒に歩いて帰ることもある。どうやら今日はそういう日のようだ。


「『世の中上手くいかねーなぁ』か、ほんとそうだねぇ。あ、じゃあ読真が原案を作ってくれればいいじゃん。それを見てわたしが書くならできるかも? なかなかいい思い付きじゃない?」


「あのな。根本的な部分で1つ問題がある。”エタってる作品の作者様の許可なく、そんなことしていいのかよ?”って話な」


「ふむふむ。あんまり詳しくないけど著作権とかそういうやつ? でもそれってさ、公に発表するとか、商業化してお金が絡むとかそういうんじゃなく、個人で書いて楽しむだけなら問題ないんじゃない? 仮にわたしが書いても、それをネット上に作品として出すなんて大それたことはどうせできないよ?」


 詩歌の言葉は、ガツンと頭を殴られたような気がするほど、僕の何かに影響を与えた。それがなんなのかは語彙力のない僕には上手く表現できないけれど。


「そうか。僕が先の展開を予想して物語の原案を作る。それと登場人物の発言や行動パターンの監修みたいのをして、文章自体は詩歌が書く。できあがっても読んで楽しむのは僕らだけ。これならいいのか」


「そうそう。そんな感じ。でも無条件にわたしがそうするとは言ってない!」


「なんだとー。ここまで僕をその気にさせておいて、そうくるのかー」


 僕らは小学校卒業までは別々の学校に通っていて接点はなかったから、幼馴染と言える関係ではない。だけど、現役合格して大学2年の終わりが近い今、付き合いの長さは8年近くにもなる。

 だから僕にはわかる。こういう時の詩歌は僕にどうしても押し通したい要求を突き付けて来るんだって。


「やろうとしていることの性質上、2人っきりで長時間一緒に居ることになるよね?」


「ああ。そうなるな。いや待て。お互いに自宅でPCやスマホを使うって手も。空いてる時間でできたのを送っておいて、受け取ったのも空いてる時間でチェックすれば」


「そんなのだめだよ! そんなんじゃモチベーションが保てないじゃない。それに監修作業は書いたその場でやらないと。時間を置いてしまったら良い作品は作れないよ! 少なくともわたしはそうなの!」


 何故か詩歌からの圧が凄い。何がいけなかったのかはわからないけど、僕のセリフの選択は失敗だったことだけはわかった。


「話を戻すね。活動する場所はどちらかの自宅。長時間2人で過ごす。これって、読真に彼女ができたり、わたしに彼氏ができたらまずいことだと思うのよ。それと同居の家族からはわたし達の関係を誤解されるよね?」


「そうかな? 少なくとも僕の家の家族は詩歌が僕の部屋に来ていても、絶対に誤解はしないと思うぞ」


「なんでよ!」


 非常に言い辛い。僕はインドア派の陰キャ寄りのキャラだから、詩歌のような明るくて可愛い彼女ができるはずがないって家族が確信してるなんてことは。


 僕の妹なんかは「お兄は一生独身だろうから、わたしはお婿さんに来てくれる相手しか選べない。書造家はわたしが守る!」なんて面と向かって宣言してくるし。


 まぁ反論できる材料が僕にはないから仕方がないね。


「詩歌、頼む。お願いだ。現実に向き合うと僕が衝動で飛び降りたくなるくらい辛くなるから。理由を説明させないで?」


「そ、そうなの? じゃ、それはいつか説明できるようになったらでいい」


 ちょっと引き気味になった詩歌は、追及するのは諦めてくれたみたいだ。ホッとするよ。


「ありがとう。でも、いつかって言われても永遠にその時はこないかもしれないから。もし、そうなったらごめんね。先に謝っておくよ」


「あー。もうなんでこうなるかな! 読真は勉強もスポーツもそこそこできて、性格も悪くない。身だしなみにあんまり気を使わないとこだけはよろしくないけど、髪型とか服装とかちゃんとすればけっこういい感じだよ? それはわたしが保証する」


 僕の身だしなみってそんなにダメなのかな? 〇ニクロ、〇まむら、〇ークマンで服を揃えるのが最強だと思うんだけど。 

 あっ! もしかしたら組み合わせのセンス的な話かな? それだったら自信は全くない。きっとそういうことなんだね。

 詩歌の機嫌がよさそうな時に、僕が持っている服を全部見せて、着る組み合わせのアドバイスとかを貰って見よう。そう決めた。


「鈍いって言うか、鈍感って言うか、察しが悪いって言うか」


 いやそれ全部似たような意味だから。わざわざ同じことを3回も言葉を変えてまでして、繰り返して強調しないでいただきたい。僕の察しが悪いのは認めるけどさ。


「ようするに、読真はわたしと付き合いなさい。貴方は今からわたしの彼氏! OK?」


 えっ? そういう話だったの? うん。なんかごめん。察しが悪くて。交際は男の僕から申し込むべきだったよね。


「待った。やり直しを要求する!」


「えっ? なによ? わたしじゃ不満だって言うの?」


 目が怖いです。詩歌さんはブチ切れる寸前の感じです。猛獣の檻に入ったらこんな感じの圧力を受けるのかもしれないなって、こんな時になんなんだけどそんなことまで想像しちゃったよ。


「違う違う。詩歌さんは素敵な女性です」


「じゃ、一体どういうことよ?」


「えー。不肖、わたくし書造読真は咲愛詩歌さんが好きです。僕と恋仲になる感じで、お付き合いして下さい。よろしくお願いします」


 どうしていいのかよくわかんないけど、必要なことはちゃんと言葉にしたつもり。

 そして、僕は頭を下げてOKなら手を握って欲しいって感じで詩歌さんの前に右手を差し出したんだ。


「うん。よろしくね」


 詩歌さんは僕の差し出した手は握らず、僕に抱き着いてきた。どうやらハグが正解だったようだ。女の人って難しいね。


 こうして、僕は人生初の彼女という存在を手に入れたんだ。


 お気に入りのweb小説はエターナルになると悲しいけれど、彼女が僕と人生を共に歩んでくれるのはエターナルであって欲しい。そんな話だ。


 そして、僕らは勝手に妄想逞しく、当初の目的であった好みの物語もちゃんと書き上げた。誰かに読んでもらうわけにはいかないけれどね。

 あくまで僕の主観ではあるけれど、発表できないのが本当に残念なくらい良いデキに仕上がった。原案を自分で作った物語なのに、詩歌さんが書き上げた原稿を読んだら感動で号泣しちゃったよ。

 

 でも、それはそれ。これはこれ。

 結局僕は、新たなお話が更新されるのを待つことをやめられなかった。僕のために物語を書いてくれた詩歌さんが、その点に理解を示してくれて助かっているけれど。


「わたしの思いが叶うのに何年も待ったのよ? 読真の小説の続きを待つ思いだっていつかは叶うかもしれないわ。それにね、その作品のおかげで今があるんだから、恩だってあるのよ!」


 うん。僕は最高の彼女を手に入れたみたいだ。


 そして僕らはどこの誰ともわからない大元の作者様に感謝した。貴方の小説の存在が、僕らの恋の後押しをしてくれた。ありがとう。ってね!

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