第二話

 そのとき、ちょうど横を通りかかった田中さんが、私たちのところに近づいてきた。

「なになに?名前の話?」

「そうよ。名前でからかわれた過去を持つもの同士だねって話」

「俺も、からかわれてたぞ」

「田中さんも?まさか。苗字から言ったら、からかいようがないじゃない?」

「それがあるんだ」

そう言って、田中さんはメモ用紙をひきよせて、サラサラとペンを走らせた。

 

 書き終えた紙を私たちに見せてくれる。

そこには几帳面な字で『田中 一』と書いてあった。

「たなか はじめ、でいいの?読み方」

「おう。それでいいよ」

「普通の名前だと思うんだけど?」

「うん。普通。だけど……」

 

 もう一度自分のほうにメモを向けなおし、今度は定規を使って線を一本書き足した。

先ほどの縦書きの漢字の、真ん中に縦の一本線。

 

 「線対称。小学校で習っただろ?一本の線を挟んだ左右が全く同じ形。その授業の時に、先生が線対称の説明するのに、よりにもよって俺の名前を使ってくれちゃってさ。黒板に、俺の名前を書いて。今みたいに、真ん中に線引いて。クラス中、大爆笑でさ。で、それから卒業まで、ずっとあだ名が『線対称』」

「あ、それはちょっといやかも」

「……ですね」

「でもさ、俺らよりも、もっと苦労してたかもしれないやつがいるよ」

「どなたですか?」

「大和だよ。立花さん、大和のフルネーム知ってる?」

「いえ。こんなふうに、おしゃべりをしたこともないので」

 

 思い返してみれば、毎日のように仕事ミッションを頼まれていたけれど、おしゃべりってしたことないし。

フルネームを知らなかったことも、今、初めて気がついた。

 

 「フルネーム、なんておっしゃるんですか?」

私の問いに田中さんは、先ほどのメモの空いた部分に、再度ペンを走らせた。

見せてくれたメモには『大和 昴』と書かれていた。

 

 「やまと……すばるさん?」

「そう」

「芸能人みたいね」安藤さんがポツリとつぶやいた。

「俺も最初聞いた時、そう思った。もしも、小学とか中学でクラスメイトだったら『お前、げーのーじんって柄かよ』って言ってるかも。いやたぶん言う!もしくは『さらば~すばるよ~』とかな」

「そこ、威張るとこじゃない。というか、田中さん、古すぎっ」安藤さんがツッコミをいれた。

 

 

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