第5話 私はコメ子

 私の恋は花が咲く頃に始まった。

 同じ株の隣にぶら下がっているコメ太郎に一目惚れしたの。

 私たちが恋に落ちるのに時間はかからなかったの、だって隣にいるんだもの。

「ずっと、ご飯になっても一緒だよ」

「一緒にお寿司屋さんに選ばれる米になりたいわ」

 私たちは毎日愛を語り合ったの。

 でも私たちはもみになった時、離れ離れになってしまった。


 私は米袋の中で泣き暮らしたわ。来る日も来る日もコメ太郎を想って。

 時は無常に過ぎてゆき、私は精米される日が来たの。

 もうきっと会っても私だとは判らなくなる。

 彼の事はきっぱり忘れて、新しい米生を歩まなくてはならないわ。


 精米されて一皮剥けた私は、文字通り大人のコメになったの。

 もう過去は振り返らない。前だけを見て進むわ。


 私は念願叶ってお寿司屋さんに運び込まれたの。

 コメ太郎、私、お寿司屋さんに来たのよ。

 あなたの分も立派なシャリになって、魚沼産コシヒカリの実力を見せるわ。


 私はたっぷりのお水で炊かれて、ツヤツヤのモチモチのふっくらした、それはそれは美しいご飯に炊いて貰ったの。

「さ、仕上げだぜ。特製の寿司酢をまぶしてやるからな」

 職人さんの声が弾んでる。

 何かしら、この香り。初めてなのに懐かしさを感じるわ。

 寿司酢に抱かれた私はハッとしたの。誰かの声が聞こえる。

「コメ子、コメ子、僕だよ、コメ太郎だよ」

「えっ! コメ太郎? どこ、どこなの?」

「ここだよ、今、君を抱きしめているよ、わかるかい?」

「判らないわ、でもあなたを全身で感じるの」

「僕は酢になったんだよ、コメ子、これからはずっと一緒さ」


 私たちは一緒に職人さんに握って貰ったわ。

 こんなところで会えるなんて。

「約束したじゃないか。ご飯になっても一緒だよって」

「そうね。食べられるときも一緒ね」

 傍でガリが仄かに頬をピンクに染めながら私たちの会話を聞いているわ。

「俺この二人の上に乗っかるのイヤだよ~、とろけそうだよ~」

 って言いながら、中トロは大トロになっちゃったの。

「ご馳走さま」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る