ある戦乙女の挽歌

水原麻以

今日は特別な日だ。あの人にまた逢えるから。

今日は特別な日だ。あの人にまた逢えるから。



 風防を開けるとムッとした空気が押し寄せてきた。主翼が真っ白な砂浜に影を落としている。


 ギラつく太陽と砂塵が弛んだわたしの涙腺に言い訳をくれる。久し振りの故郷は相変わらずゆっくりと佇んでいる。


 ただひとつ、去年と違うのは後部座席にあの人がいないことだ。


 わたしは生まれ育ったテントを思い起こす。戦禍に漂流する民族を束ねるために祭壇が設えてある。


 そこに輝く灯火は英雄の功績を燦然と讃えていた。まだ少女だったわたしには、その光の意味を深く理解せず、ただただ美しい名画のように魅入られた。


 耳を澄ませばひと夏の命を求愛行動に捧げる鳥の音がする。台所の煮魚や香草の匂いが鼻をくすぐる。


 わたしはタラップを降ろして爆弾架の安全装置をロックした。砂丘の上に英雄たちの殿堂が揺れている。


 吸い込まれるようにわたしは頂上をめざす。


 そこに行けば母に会えると言われて幼いわたしは喜び勇んでお菓子や花を運んだものだ。


 英霊という言葉の意味を知ったのは応召されてからだ。今年はそこに将来を誓い合ったあの人が加わる。


 寂しさを振り払うためにわたしは彼女が好きだった花を手向ける。


 あなたはお祭り騒ぎが大好きだった。だから、わたしもずっとここに足を運べることに感謝しよう。


 辛い言葉や悲しい知らせじゃなく、あなたと毎年、思いっきり楽しい夜を明かすために、わたしは翼を駆る。


 ざらついた声が帰投を要請している。


 さあ。ワープドライブを起動しよう。あなたがあそこにいるから、ずっとそばに居てもらえるように、わたしは護り続ける。「了解」


呟いて操縦桿を倒す。


星々の彼方で待っているはずのあの人の笑顔を思い浮かべる。


そうしてわたしたちは、いつものように帰還を果たすのだ。


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ある戦乙女の挽歌 水原麻以 @maimizuhara

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