第10話 退院前日

 翌日からも東雲さんは毎日俺にノートを写させてくれるために病室に足を運んでくれていた。 

 そんな日々が続き、今日は退院前日。窓の外を見ればあんなに満開だった桜の花はどこにいったのやらって感じだった。

 そして、病室に視線を戻してみれば、今日も今日とて、リンゴを剥いてくれている東雲さん。

 相変わらずその後ろ姿は美しい。

 皮を剥き終わってお皿にリンゴを綺麗に並べた氷室さんがこっちを振り返った。


「これが最後ですね」

「そうだな。明日には退院だからな。お、今日はうさぎリンゴか。器用だな」

「なんだか、あっという間でしたね」


 ベッドテーブルにリンゴうさぎの乗った皿を置くと東雲さんは椅子に座った。

 

「それにしても、すっかりと動くようになりましたね」

「おかげさまでな。東雲さんが毎日お見舞いに来てくれたおかげだな」


 俺はリンゴうさぎを一つ手に取って齧った。

 リンゴはシャリっといい音を鳴らして瑞々しかった。


「いえ、そんなことは・・・・・・。もとはといえば私が悪いので」

「なぁ、もうそんなに気にしないでいいからな。俺の足もこの通りほとんど治ったし」


 骨折した時はどうしてくれるんだよ、と思ったが、こんなに献身的に俺の世話を見てくれた東雲さんに、今はそんな気持ち微塵もなかった。

 それどころか、迷惑をかけたなと申し訳ない気持ちで一杯だった。


「でも・・・・・・」

「でもじゃない。もし次言ったら・・・・・・」

「言ったら?」

「何かする」

「何かってなんですか?気になるんですけど!」

「それは秘密だ」

「秘密にされるとますます聞きたくなるんですが?」

「じゃあ、言ってみるか?東雲さん涙を流すことになるぞ」

「ニヤニヤ顔がいやらしいです!?」


 東雲さんはバカ、と顔を赤くして俺の肩を叩く。

 仲良くなったからなのか、東雲さんは最近ボディータッチがやたらと増えた。たまに恋人かってくらいしてくる時もあるけど、それだけ仲が良くなったってことで俺も何も言わなかった。


「ところで、ずっと気になってたんだが、どうしてあの時、帰ろうとしていた俺を呼び止めたんだ?」

「それは、久遠さんに聞きたいことがあったからです」

「聞きたいこと?」

「はい」

「その聞きたいこととは?」

「秘密です!」

「なんでだよ。秘密にされたら聞きたくなるんだが!?」

「久遠さんも秘密にしたので、私も秘密です!」

「なんだよそれ・・・・・・」


 東雲さんの言ってることにも一理あるので、俺はそれ以上何も聞けなくなった。

 めっちゃ気になるんだが!?

 東雲さんは俺に何を聞きたかったんだ?

 こうなるまで、ほとんど接点のなかった俺に・・・・・・。


「まぁ、それなら仕方ないな。俺も東雲さんに聞きたいことがあるんだが、言えないしな」

「え、私に何か聞きたいのですか?」

「まぁな」

「そんな、遠慮せずに聞いてくれればいいのに」


 ぷくぅと頬を膨らませた東雲さん。

 いやいや、聞けるわけがないだろ。秘部の近くにホクロがありますか?なんてこと。

 

「まぁ、いいです。遠慮せずになんでも聞いてくださいね? 久遠さんのためなら、なんでも答えますから?」

「俺のためなら・・・・・・」


 なんだか、凄い信頼されてる?

 俺、東雲さんに信頼されること何かしたか?むしろ、迷惑しかかけてないと思うんだが?

 本当に入院中は東雲さんのお世話になった。

 母さんは仕事が忙しいらしく、初日の一回しか来なかったし、お見舞いに行くと言っていた一も大会が近いらしく顔を出すことはなかった。

 それはそれでよかった。俺のために時間を使ってくれるよりも自分のために時間を使った方がいいに決まってるからな。だから、俺のために毎日ノートを写させてくれて、面倒もみてくれた東雲さんには本当に感謝してる。ちゃんと、いつかお礼をしたいくらいだ。


「毎日お見舞いに来てくれたお礼はいつか必ずするから」

「そのお礼というのは、なんでもいいのですか?」

「ま、まぁ俺にできることなら」

「その言葉忘れないでくださいね」


 東雲さんが魅惑のウインクをする。 

 あぶなっ・・・・・・。

 思わず惚れるところだった。その顔を毎日見慣れていたから、忘れていたが、東雲さんは『現代の絶世の美女』だったな。


「じゃあ、私はそろそろ帰りますね」

「あぁ・・・・・・また、明後日な」

「はい。明日退院だからってはしゃぎすぎちゃダメですよ?」

「分かってるよ」

「では、また明後日会いましょう」


 そう言って、出入り口に歩いて行く東雲さん。そんな東雲さんに俺はどうしても最後に聞いておきたいことがあった。


「なぁ・・・・・・」


 俺がその背中に声をかけると、ピタッと出入り口に前で止まって、こっちを振り返った。


「なんでしょう?」

「こんなこと言うの失礼かもしれないし、聞くことじゃないと思うんだが・・・・・・」

「いいですよ。なんでも聞いてください」

「じゃあ、遠慮なく。どうして、毎日お見舞いに来てくれたんだ?そりゃあ、俺がノート写させてほしいって言ったからだろうけど・・・・・・」

「そうですね。それもありますね。でも、大きな理由は他にありますね」


 東雲さんは、そこで一旦言葉を切って、今まで見たことのないような表情を浮かべていた。その表情は狙った獲物は逃さないがごとく、妖艶さを醸し出していた。


「久遠さんに、興味があったんですよ」

「・・・・・・」


 唖然とする俺を残して東雲さんは病室から出て行ってしまった。

 そのあとの俺はその言葉が頭の中で何度も反芻して何も手につかなかった。

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