第9話 久遠明菜
その後、東雲さんと入れ違いで母さんが病室にやってきた。
「元気ー?」
病室に入ってきた母さんは俺の様子を見てケラケラと笑った。
「あんたもバカだねー。階段から足を踏み外して骨折するなんて」
ちなみに、この人をモデルにして書いた話が結構評判が良くて、そのおかげで俺の名前はその界隈で有名になった。
「あら、誰がお見舞いに来てくれてたの?」
目敏い母さんはサイドテーブルの上に置いてあるフルーツの詰め合わせを見てそう言った。
「まぁな」
「女の子でしょ?」
「どうして、そう思う?」
「甘い匂いがする」
「それは果物の匂いじゃなくて?俺ちょうど、さっきまでリンゴ食べてたし」
「似てるけど、少し違うかな。てか、それもう確定じゃん!」
嬉しそうにバシバシと包帯でぐるぐる巻きの足を叩いてくる。
「痛いって!」
「あ、ごめんなさい〜」
全然悪気のない笑顔。
と、まぁこんな感じだから、俺は母親だということをたまに忘れて友達みたいな感じで話をしてしまう。
てか、リンゴのことを言ったのはまずかったな。リンゴはめっちゃ美味しかったけどな。
さて、どう誤魔化すか考えないとな。
「で、その女の子どんな子なの?」
「学級委員長」
「可愛いの?」
「まぁ、美人だな」
「惚れてるの?」
「惚れてはないな」
「な〜んだ。つまらないの。まぁ、いいわ。はい、これ。約束の」
「ありがとう。母さん」
母さんから受け取ったパソコンをサイドテーブルに置いて、すぐに開く。
「で、新作は何書くか決まったの?」
「一応・・・・・・」
「そう。次も楽しみにしてるわね!」
「毎回思うんだけどさ。恥ずかしくないのか?」
「何が?」
「自分の息子がアレを書いてること」
「あー。いいんじゃない。私は面白いもの好きだからねー! 面白ければなんでもOK!」
右手で OKマークを作ってそう言った母さん。
母さんらしいなと思った。
人生の全てを楽しいで体現したような人。母さんはそんな人だった。
楽しいことのためなら自分の犠牲も厭わないような人だった。だから、母さんの放つ雰囲気はいつも楽しそうだ。この人の近くにいると自分まで楽しくなったような気になる。そんな超楽観主義者の母さんを昔から見てるからブレーキ役の俺は冷静に物事を考えるようになった。
ただ、最近の母さんは少し無理してる節があるように思えるがな。
「まぁ、母さんがそれならいいんだけどな」
「そうそう。それに、あんたには頑張ってもらわないとだし、もちろんお母さんも頑張るけどね。真には本当に助けてもらってるわ」
「母さんには笑っていてほしいからな。だけど、無理して笑うのは無しな。無理して笑うのは見てるこっちも辛くなるから」
「一丁前なこと言って! 本当にできた子を持ったわ! お母さん嬉しい。ありがとね、真」
去年、父さんが死んだ。
それから、母さんは以前にも増して笑うようになったように思う。それが、俺としては少し心配だった。あの日以来、母さんは俺のために無理して笑顔を作ってるんじゃないかって、いつも心のどこかで思ってしまっている。
母さんには出来るだけ笑っていてほしい。もちろん、無理に作った笑顔じゃなくて、心の底から楽しいと思っている笑顔で。
そのためにも母さんには楽させてあげないとな。
俺のために夜遅くまで働いてくれている母さんは、自分の時間を犠牲にしてくれている。父さんが生きていた頃なら、趣味の時間をたくさん持ってたのにな。今はそのほとんどを仕事の時間にあててくれている。
そう思っている俺が骨折をして母さんを心配させてるんだからダメだな。次からは気をつけないとな。
「じゃあ、私は帰るわね。ちゃんと、安静にしてるのよ。それと、お見舞いに来てくれた彼女、紹介しなさいよ」
「だから、そんなんじゃないって」
母さんは、はいはい、と手を振りながら病室から出て行った。
その後ろ姿が昔よりも小さく見えたのは、気のせいではないだろう。
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