伝説の武器の誕生

 ファンタジー作家の皆さん、やはり伝説の武器とかには憧れませんか?憧れますよね?自分の作品に登場する主人公たちには特別な武器を持たせたい…そういう気持ちは私にもよくわかります。

 神話や民話なんかにも、登場人物が特別強力な武器を与えられ、それを使って活躍する話はたくさんありますね。


 アーサー王の伝説だとアーサー王の聖剣「エクスカリバー」、槍「ロンゴミニアド」…円卓の騎士ランスロットの剣「アロンダイト」…騎士ガウェインの剣「ガラチン」…騎士トリスタンが持っていた必中の弓「フェイルノート」…

 ケルト(アイルランド・スコットランド)神話からは聖剣「エクスカリバー」の原型になったとされる剣「カラドボルグ」、光り輝く剣「クラウ・ソラス」…太陽を司るルゴス神の剣「フラガラッハ」、槍の「アラドヴァル」と「ゲイアッサル」…英雄クー・フーリンの光の剣「クルージーン・カサド・ヒャン」、槍の「ゲイボルグ」と「ドゥヴシェフ」…フィアナ騎士団の一人ディルムッド・オディナが所有する剣「モラルタ」と「ベガルタ」、赤槍「ゲイジャルグ」に黄槍「ゲイボー」…フィアナ騎士団の団長フィン・マックールの剣「マック・ア・ルイン」…フィン・マックールの孫オスカーの剣「ゲル・ ナ・グコラン」…

 北欧神話からは大神オーディンの投槍「グンニグル」、選定の剣「グラム」…雷神トールの大槌「ミョルニル」…豊穣の神フレイの「勝利の剣」(英語だと単にソード・オブ・フレイ【Sword of Freyr】…つまり日本語以外では「フレイの剣」であり「勝利の剣」という銘はどうやら日本だけで通じる模様)…血を求める魔剣「ダインスレイフ 」…願いを叶える代わりに破滅をもたらす魔剣「ティルフィング 」…英雄フロームンドの神剣ともバルドル神を殺した矢とも言われる「ミストルティン」…

 英雄ジークフリートの剣「バルムンク」…英雄ディートリッヒの剣「エッケザックス」「ナーゲルリング」…ベーオウルフの剣「ネァイリング」「フルンティング」…


 …挙げていけばキリがありませんね。


 しかし、実はこれらの伝説の武器、あるいは神話の武器…いずれも中世以降に登場した物だということは御存知ですか?


 北欧神話、ケルト神話がいつ頃成立したものかは残念ながら判明しておりません。いわゆるケルト神話の語り手であるアイルランド、スコットランドの民族は現在では欧州大陸にいたケルト民族ではなく別の民族であると考えられるようになっていて、今では「島ケルト」と仮称されるようになっていますが、北欧神話の語り手であるゲルマン民族と同様で文字で記録を残す習慣をもっていませんでした。このため、北欧神話もケルト神話も文字によって固定されたのは中世に入ってから、キリスト教化の進み始めた欧州において…つまり、ああした神話は異民族の手によって文字化されたものであり、それ以前は口伝によってのみ語り継がれていたものだったわけです。

 口伝である以上、語られているうちに語り手による記憶違いや意図的なアレンジが加えられて変化していくことはよくあることで、たとえばギリシャ神話の月の女神アルテミスなんかは現在では大神ゼウスと女神レトの子でアポロンとは双生の妹とされていますが 、元々オリンポスの神々ではなく小アジアの異教の神だったものが、何らかの理由でギリシャ神話に組み込まれたものだという話もあったりします。


 アーサー王伝説も同様で、元々は口伝によって庶民の間に広まり、話自体もおそらく当初より随分とアレンジが加えられていったものが、中世も半ばに入ってから文字で記録されたことで固定化され、現在に残ったものです。

 アーサー王の聖剣「エクスカリバー」なんて今ではあらゆる創作物の中で典型的な両刃直剣として描かれていますが、実はこれは口伝で言い伝えられているうちにそうなっただけで元々はサクスあるいはスクラマサクスと呼ばれる片刃直剣であった可能性が一部の専門家の間では考えられていたりもします。アーサー王がもし実在したとしたら、彼が生きていた頃の時代にブリテン島や欧州北部で主流だったのは両刃直剣ではなく片刃直剣だったからです。

 円卓の騎士ランスロットが持っていたとされる剣「アロンダイト」なんかは、物語本編には登場しません。ランスロットが特別な剣を入手するようなエピソードも無ければ、彼の物語の中で彼の剣が特別に語られている場面も全くなく、「アロンダイト」という剣はおそらくアーサー王伝説が編纂されたのちに、まったく無関係な誰かによって付け足された設定である可能性が高いようです。


 これらの神話は中世に入ってから文書化されていますが、いつごろ成立して成立当初はどういう内容だったのか、どう変遷して現在の形になったのかは全くわかっていません。


 上述の神話と違って古代に成立したことだけは分かっているギリシャ神話も、実は成立の過程や詳細な時期はよくわかっていなかったりします。

 ギリシャ神話は地中海世界のあらゆる文明国家が「海の民」によって滅ぼされ、文字による記録が途絶えた時期に成立し、その間に口伝でのみ広まっていたものがギリシャ文字が産まれたことによって文字化され固定化されたものです。この文字による記録が断絶していた時期を、記録が無くて何が起こったか何も分からないと言う意味で「暗黒時代ダークエイジ」などと称したりしますが、トロヤ戦争など歴史的に起こった出来事とギリシャ神話がかなりリンクしているらしいことは分かっています。ですが、文字化される前の口伝に頼っていた時期にどれだけのアレンジが付け加えられ、どれだけ事実から変化してしまったのかはわからないままとなっています。

 ギリシャ神話で語られている神々や半神半人の英雄たちはもしかしたら実在した人間だったのかもしれませんし、語られているエピソードも下敷きとなった歴史上の出来事があったのかもしれません。

 ただ、確かなのはギリシャ神話に登場する、そして現在当たり前のように語られている武器の数々が、実は後世に付け足された物であると言うことです。


 ギリシャ神話で武器についての言及はほとんどありません。逆に防具については様々に語られていたりしますが、特別な武器が特別な役割を果たすエピソードは全くありません。

 英雄ヘラクレスの武器は棍棒だったりしますし、他の英雄が持っている剣も特別な銘のあるものなどはありません。ペルセウスがメドゥーサの首を切り落とすのに使ったとされるハルパーと呼ばれる剣が有名ですが、これは実は武器ではありません。ただの農具です。ハルパーとは日本語で「鎌剣」と訳されたりしますが実際は当時一般的だった草刈りがまの名称で、実際に草刈り鎌のように内側に大きく湾曲した短い刀身を持つ片刃で片手持ちの刃物です。

 ハルパーは他にもクロノス(ゼウスの父神)が母神ガイアから与えられ父神ウラノスを殺す際に使用した武器としても有名ですが、クロノスの彫像や肖像などを見ると手に持っているのはやはり短い草刈り鎌です(後世の絵画や彫像では死神が持ってるような両手持ちの巨大な鎌を持っていますが、それは後の世の脚色です)。

 ペルセウスの彫像や肖像などの中には短剣の先の方から枝のように鎌状の刃が飛び出ている武器を持っているものもありますが、あれは後世の芸術家による創作にすぎません。英雄ペルセウスがメドゥーサを退治するのに、ただの草刈り鎌を使ったとあっては格好が悪いから、農具っぽさを消して武器っぽく見せるためにアレンジしたのでしょう。


 他にもポセイドンの持つ三叉の鉾トライデントやハデスの二叉の鉾バイデントも有名ですが、どちらも後世に付け足された設定によるもので元々のギリシャ神話にはそのような武器は登場しません。ポセイドンのトライデントはおそらく古代ローマ時代に「海の神の武器ならこれだろう」というので付け足された物で、ハデスのバイデントは中世になってから「ポセイドンがトライデントだから兄のハデスは…」というので考案されて付け足された物です。そもそも雷を撃ち出したり天変地異を起こせる神様がわざわざ武器を手にする必要なんてないんですよね。

 ギリシャ神話の神や登場人物が元から持っていた武器というとアルテミスやアポロンの弓くらいじゃないでしょうか?


 このように古代世界の神話や伝説において特別な武器というものは、ほとんど登場しません。まあ、神話や伝説なんてものは当時の事件が物語化したものだったり、人間たちの空想の産物だったりするので、当時の人間の感覚から極端に逸脱するようなモノは誕生しえないのでしょう。もちろん、古代において武器が存在しなかったと言うわけではなく、が登場しえなかったということです。


 何故なら、青銅器文明以前の世界では、弓を除くあらゆる武器はほぼすべて使い捨てだったからです。


 鉄器が普及する以前に主流だった青銅器の武器はもちろん青銅で作られています。一部は真鍮の武器などもあったでしょうし、矢の先端に付けるやじりなんかは青銅器時代はおろか鉄器時代に入ってからもなお石器が用い続けられた事例もありますが、基本的に刀剣類は青銅で作られます。そして、青銅の武器と言うのは弱いのです。

 鉄の剣と青銅の剣が打ち合ったらどうなるか?…これはYoutubeなどで「ガニー軍曹のミリタリー大百科」のエピソード9を見てもらえると一発で理解できるんですが、青銅の剣は鉄の剣の一撃でほぼ使えなくなってしまいます。青銅の刃は鉄の刃を受けるどころか、鉄の刃が食い込んでほぼ半分以上断ち斬られてしまい、剣からただの青銅の塊にされてしまいます。

 鉄器文明以前の世界ではさすがにそんな目にあうことはないにしても、青銅の刃が脆いことには変わりありません。青銅の剣で戦っている相手が木や青銅の盾や鎧で防護していれば、それに打ち付けてしまうこともあるでしょう。そして硬く防護された部分に打ち付けてしまえば、それだけで青銅の剣は刃が丸くなって切れなくなってしまいます。仮にろくな防具を身につけていなかったとしても、人体に食い込めば骨に当たることもあるでしょうし、相手の骨を斬ったり砕いたりすればやはり刃は丸くなってしまいます。

 青銅の刀剣で斬ることができるのは最初の数撃程度であり、後は青銅の棍棒と化さざるを得ません。当然、一~二度の戦闘を経てもなお刃物としての機能を維持していることなど期待するのは難しく、一度使ったら鋳つぶして作り直さねばならなくなるわけです。


 武器は一度使っただけでダメになる…それが常識な世界ではなどという発想はまず生まれないでしょう。


 なぜなら、武器は一度使えばダメになるのが常識の世界で、数度の戦闘を経ても同一の武器を使い続けたとなれば、それはその人がろくに戦わなかったという事にしかならないからです。戦場に置いて武器を使わなかったということになり、それはすなわち英雄的とは真逆の、卑怯とか卑劣とかいうレッテルを貼られてしまうことになります。

 そうした価値観が定着している青銅器時代の世界においてなんていうものはあり得ません。むしろ、英雄たるに相応しい屈強な男であれば、いかなる武器を使ってもその力ゆえに一発で壊してしまうとかいうエピソードの方が好まれるでしょう。怪力で知られるヘラクレスなんかが、刀剣ではなく棍棒を使うのはそういう感覚が背景にあったかもしれません。


 逆に防具については武器とは真逆ですね。

 防具は戦ったからと言って必ずダメになるわけじゃありません。敵の攻撃を受けることなく敵を倒すということはあり得ない話ではありませんし、むしろ防具がボロボロになって壊れたとなると、それだけ敵の攻撃に晒された…つまり目の前の敵を倒さなかったということになるため、防具を失うことは恥とされる場合もあります。

 タキトゥスの「ゲルマニア」だったと思いますが、ゲルマン人が戦場で盾を失った事を恥じて自殺したというエピソードが遺されていたりもします。


 だから、欧州の貴族の家紋や国章なんかを見ると、今でも剣よりも盾をデザインに取り込んだ意匠が多いですよね。


 そうした状況が変化するのは鉄器が普及してからです。鉄の武器は青銅の武器と違って、使ったからと言って必ず壊れるとは限りません。数度の戦を経てもなお、ちょっと刃を研ぎなおしただけで使い続けることができたりします。

 こうなると「英雄は力が強いから武器を使い潰してしまう。」「戦ったから武器が壊れた。偉い。」「武器を残したのは戦わなかったからだ。臆病者の証だ。」というような考え方は薄れていきます。むしろ「武器を壊してしまうのは下手だからだ」という考え方が生まれてきて、英雄は同じ武器を長く使い続けるというような認識も生まれて来るでしょう。そうした認識が生まれた時、英雄と特定の武器のイメージが結びつくことで初めてというものが誕生するわけです。


 先述したアーサー王伝説なんかは既に鉄器が普及した時代以降の話ですし、北欧神話やケルト神話なんかは元々いつごろ生まれたかは分かりませんが、文字に記録されて内容が固定化されたのは鉄器が当たり前になっている中世です。もしかしたら、それらの神話が鉄器が普及する以前から語り継がれていた物語であるならば、実は当初は武器らしい武器は存在せず、後に付け加えられた物である可能性もあります。ケルト神話の英雄クー・フーリンの槍として知られる「ゲイボルグ」なんかは、実は槍そのものの名前ではなくて槍の投擲方法…つまり技の名前だったのではないかという説もあるのだそうですね。

 ちなみに三国志(180年頃 - 280年頃)の英雄たちが持っている武器、たとえば関羽かんうの「青龍偃月刀せいりゅうえんげつとう」、張飛ちょうひの「蛇矛だぼう」、呂布りょふの「方天画戟ほうてんがげき」、曹操そうそうの「倚天剣いてんけん」などなど…色々登場しますが、全部後世(主にみん代、1368~1644年)の創作です。だいたい青龍偃月刀なんてものは三国志の時代には存在せず、そう代(960~1270年)になってから発明(?)された武器ですからね。


 日本の場合はどうなのよ?って思われる方もおられるかもしれません。


 確かに日本創世を物語る神話の中では「天十握剣あめのとつかのつるぎ」「天叢雲剣あめのむらくものつるぎ」「布都御魂ふつのみたま」などが登場しますね。三振りを合わせて「神代三剣かみよさんけん」とか「日本三霊剣にほんさんれいけん」などと呼ばれ、特に「天叢雲剣」は「草薙剣くさなぎのつるぎ」という別名でも知られ、「三種の神器」の一つとされて歴代天皇に受け継がれ、熱田神宮の御神体ともなっています。


 古代にが登場しないのならこれらの剣は・・・と思われる方、これらの剣はいずれも鉄製です。


 日本には青銅器と鉄器がほぼ同時期に伝来しました。このため、日本には青銅器時代というものが存在しません。石器時代から青銅器時代をすっとばしていきなり鉄器時代になっているので、「武器は使い捨て」という考え方がそもそも生まれなかったのです。

 古代の古墳からは銅剣が大量に出土していますが、あれらはおそらく実戦用ではなく祭事用だったのではないでしょうか?

 実際、あれら古墳から出土した銅剣はいずれも剣身の肉厚が薄すぎます。銅剣は先述したように刃が弱く、盾や鎧に打ち付けてしまったり、骨に当たったりすれば刃が丸くなってすぐに切れ味が落ちてしまいます。実戦で使うためには、剣身にある程度の厚みを持たせて、切れ味が落ちた後でも棍棒として機能できるようにしておかねばなりません。なのに、日本で出土する銅剣はいずれも、まるで鉄剣のように細くて薄いんです。

 まあ、土の中で腐食したせいで細く薄くしか残っていなかったのではないかという指摘もあるかもしれませんが、鉄剣がすでに普及している時代に銅剣では戦えません。


 とは言っても、古代中国なんかは鉄器時代に入ってからも青銅の武器が使い続けられたとか言う話がありますね。鉄は農具に優先的に回されたため、鉄の武器を持っていたのは貴族や将軍と呼ばれるような偉い人ばかりであり、一般の雑兵たちは青銅の槍で戦わされていたとか・・・ひょっとして一騎当千と称えられるような英雄たちは、自分だけ鉄の武器を持っていたから青銅の武器しか持ってない敵の雑兵相手に一方的に戦えたとかいうこともあったんでしょうか?


 ……だとしたらちょっと、夢が壊れますねぇ……

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