最終章 ふたりのためのリエクリア

 実家最寄りの無人駅で下車すると、もわっと、夏の田舎特有の湿気を多く含んだ空気が私を迎えた。お盆休みには今のところ毎年帰省しているけれど、やはり盆地の夏は過酷だ。一瞬で噴き出してきた汗をハンカチで抑えながら、そのまま待機している軽自動車へ歩いて行った。その軽自動車に乗っていたのは、お母さんだった。

「ただいま」

 助手席に乗り込みながらそう言うと、お母さんはニカっと笑って「お帰りなさい」と言い、サイドブレーキを下ろした。

「ねえ、あこ通ってよ、上弦塚」

「あんた、あそこ好きねぇ」

「なんか好きなんだよね」

 車は農道を行き、仏様が飢饉から村を救うために身を投げたという伝承が残る上弦塚の一本杉へ向かって走っていく。そして近づいていくと同時に、私はあることに気付いた。

「あれ、プレハブ無くなってる?」

「今年の春に撤去されたわよ」

 ここのプレハブには縁もゆかりもないけれど、なんとなく寂しい気持ちになった。これが変わりゆく街に向けた郷愁に似た感情なのかも知れない。

 今回の帰省では、お母さんに話すことが沢山ある。

 大学の成績は去年より持ち直してきていて、いい感じよ。

 一人暮らしにも慣れてきて、一人で虫退治もできるようになったの。

 そして、結婚を前提に付き合う恋人ができたんだよ。女の子だけれど、お母さんもきっと気に入ってくれるはずよ。

 家に帰ると、幼なじみにメッセージを送った。彼女も彼氏と一緒に帰省しているらしい。「あとでお酒でも飲みながら話そうよ」、そう約束を取り付けて、スマホを置いた。幼なじみの彼女は私の初恋の人だった。だけれど、高校に上がった頃彼女には彼氏ができて、私はその頃とても沢山悩んだ。でも、彼女の友人として、彼女を応援するしかないと頑張って気持ちを取り直して接し続けたっけ。今ではお互い別々の街に住んでいるけれど、今でも最高の友達と言える仲だと言えると思う。

 幼なじみに彼氏ができた時は結構友達ってどういう関わり方をすればいいんだろうとか悩んだけれど、きっと女友達の役割ってその子の思うこと感じたことに共感して、その上で相手の背中を優しく押してやることなんだと、最近気付き始めてる。

 近所を、高校の時使っていた自転車で走ってみる。何も変わらない田んぼと山ばかりの田舎町。私は気がつくと上弦塚へ自転車を走らせていて、そこに着くと自然と村のために身を投げた仏様の祠に手を合わせた。特に縁やゆかりがあるわけでもないんだけど。ただ、ある時期からなんとなく帰省すると毎回ここでこうして手を合わせるのが習慣になっている。


 ねぇ、私今、幸せだよ。

 ありがとう。


 誰にでもなく、そう報告している。




 終

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接吻のためのリエクリア 紙袋あける @akemi12mg

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