プラマイ

らんらん

プラマイ



 "リオさん今日も可愛すぎる”

 “全女子の鑑!おめめくりくり、ほんと女の子の憧れ”

 “新しい髪色可愛い!ハーフアップも似合ってる!”

 “まじで毛穴どこ?ベースメイクとかスキンケア教えてください”


 Instagramに新作の夏服をアップすると午前中店番をしている間にコメント欄は若い女の子たちの投稿で埋め尽くされていた。

 いいねと時々コメント返しをして、アンチコメントは指先で即スルー。アパレル店員の昼休憩はそんなに暇じゃない。


「リオったら、彼氏いるんなら言ってよ」


 ランチと返信に夢中になっていたらいつのまにか店長がバックヤードに入ってきて、思わず肩がぴくりと震える。

 彼女は壁に背中を預けて腕を組み、顔は見たことないほどにやついていた。


「え」

「昨日センター街で一緒に歩いてるの見たんだからねぇ」

「は、はぁ……」


 確かにこの前の休み、久々に休みが被った恋人と街に繰り出したことは事実だ。


「これじゃあリオのファンの子たち悲しんじゃうかな〜」

「そんなあ、ファンなんていないですよ」

「結構リオが目当てで店に来るお客さんだって沢山いるんだからねっ。インスタのフォロワーだっていつかアタシも抜かれちゃうわ」

「ないない、店長のフォロワー数エグいんで」


 うはは、と店長は笑いながら冷蔵庫に入れていたコンビニのサラダを取り出しテーブルに置いて、着ていたアウターをハンガーにかける。あのアウター10万ぐらいしたよな、確か。


「あ、そのお弁当ももしかして」

「そうです」

「くぁ〜っ、いっつもコンビニだもんね。

 いいねぇ。料理男子かあ。そんな恋人アタシも欲しいわ」

「めっちゃ美味しいですよ」

「うわっ、あっさり惚気ちゃって」


 お洒落な紙でできたランチボックスにはふわっふわのたまごサンドとみずみずしい野菜がたっぷりのBLTサンド、そして付け合わせのチーズフライ。どれもこれも見栄えも味も百点満点。


「いい相手です」

「ほんと羨ましい。まあリオみたいに可愛くて優しい子にはそりゃいい子が寄ってくるでしょうね」

「いやいや、ほんと自分には勿体ない相手ですよ」


 サンドイッチをがぶりと頬張りながら、ぱっと花が咲くように笑う恋人、ミズキのことを思い浮かべる。あとで「美味しかったありがとう」ってメッセージを送ろう。


「にやにやしてる」

「美味しすぎてつい」

「嘘。いや、美味しいのは事実なんだろうけど絶対相手のこと考えてたでしょ」

「バレました?」

「アタシにはお見通しなんだからねぇ。

 それにしても、カッコいい人だったわね。スラッとしていてスタイル抜群。横顔しか見てないけどもう横顔からイケメンが漂ってた」

「そんなガッツリ見たんですか?」

「見た見た。カフェのテラスから穴が開くほど見てやったわ。金髪マッシュの色白の男の子でしょ。めちゃくちゃスマートにシフォンケーキをアーンされてるの見た」

「わ、ぜんっぜん気づかなかったです」

「それだけ恋人に夢中だったのね」

「ミズキの魅力に勝てるものなんてないのでそれ以外眼中にないんでね」

「開き直った瞬間アンタって子は……。ま、いいわ、そのミズキ君とお幸せに」







「ってことが、あってさ」


 ウチに帰ると愛しい人、ミズキはもう先に帰っていて空腹にクリーンヒットするカレーの香りと共に出迎えてくれた。


「え、ちょっと待ってよ」


 二つのカレー皿をコトリと置いたところでミズキは固まって動かなくなる。ぽかんと口を開け、大きくて切長のアーモンドアイをさらに大きく見開らく。


「何?」

「それさ、誤解されたままじゃないよね?」


 誤解、ゴカイ、ごかい。

 放たれた言葉の意味を3秒かけて咀嚼する。


「あっ」

「えっ、言ってないの?」

「言った言った、当たり前じゃん」


 店長のあらぬ誤解はふたつ。一つはどうでもいいけれど、もう一つは個人的にとても大事なことだから。


「俺の可愛いミズキが、男の子と勘違いされるのはいただけないからね」

「……ばっ、ばか」


 そうして顔を赤らめるミズキはやっぱり世界一可愛い女の子だ。


「話題の超可愛いジャンダーレス男子に言われたってイヤミにしか聞こえないし」

「照れんな照れんな。それに本音だから。まじで可愛い、ほんとミズキ以上に可愛い子とか俺知らない」

「だぁーっ!やめてよ、もう!」


 泣きそうになって瞳をうるうるさせる彼女は本当に可愛い。普段がキリッとした見た目だから余計に可愛い。可愛い以外の語彙が見つからないくらい。

 そんな愛しい可愛い子を前にして食べる夕飯は最高で、料理上手の彼女が作るものはいつもなんだって絶品なんだけれど。


「料理もできて、ピアノも上手、ハンドメイドもフリマで即完売になるほどの腕前って俺なんでこんな理想の彼女捕まえられてんのかほんと意味わかんない」

「これ以上言わないでっ」

「かあいい」

「うるさいうるさい。

 そんなの言われ慣れてないからやめて。いつだってイケメンとか男っぽいとか言われて育ったから免疫ないの」

「俺もう三年は言い続けてますけど」

「それでも……!」


 身長が俺より高い170センチもあって、クールな顔つきに金髪のベリーショート。足が長くて綺麗だからスキニーみたいなタイトなパンツスタイルが本当に良く似合うミズキは女子校時代「王子」ってあだ名がついた程のカッコいい女だ。

 だけど、中身はこうやってすぐ照れたりしてザ・乙女ってことは俺の他に知っている人は少ないと思う。それが俺にとっての優越感だから周りの人にはあえて言わない。俺だけに見せる特別感がいいんだ。


「カレーうんま」

「話逸らすなぁ!」

「いや、事実事実、ごめんごめん。

 でもいい加減認めてください、可愛いことを」

「っても、店長さんだった勘違いするくらいやっぱり男に見えちゃうんだからさ。

 あの日だって男性モデルのスカウトされたし」

「俺もその後女性ファッション誌のスカウトされたけど?」

「なんでリオはそんな開き直れるのさ。

 リオの可愛さ分けて欲しい。なんだろ栗鼠みたいなくりっくりの目にばっさばさの睫毛でなんかこう、ふわふわした雰囲気のカンジ。ほんと羨ましい」

「やだ、俺のミズキは今のままで完璧に完成されていて最高に可愛いからそのままでいて。そりゃ、自分の好きな格好とかスタイルにするのは構わないけど変に俺を目指さないで」

「んなっ……」

「ミズキの気持ち、完全とは言わないけど俺は多少わかるよ。俺だって小さい頃は女の子みたいって言われて気にしてた時期もあるし。見た目と中身は全然違うから!俺は中身はゴリゴリのメンズだから!って思うこともある。けど、自分の似合うものを好きなように身につけて自分を最高の状態で魅せてる俺たちを否定される筋合いも無理に性別に合わす必要もないじゃん」


 今日みたいに、勝手に同性愛者だと勘違いされることも少なくない。俺は同性愛を否定しているわけじゃないけど、その枠組みに勝手に入れられることはいただけない。

 ファッションと恋愛観は違う。俺が愛するのはミズキっていうこのとっても魅力的な女性だということを否定されたくない。


「……なんか、今日のリオかっこいいね」

「へへっ、あんがとさん」

「私もリオは最高にカッコいい男の子だと思ってるよ」

「わあ、そんなの言ってくれんのミズキぐらいだね」

「お互い様だわ」


 おれたちはある意味で正反対である意味で似たもの同士。

 一人ではどこか歪でイレギュラーな存在だろうけれど。


「俺ら、二人でいたらプラマイゼロだわ」

「なんなのそれ」


 その歪さも二人でいればぴったりと合わさって自然になる。

 これから先も、ずっと二人でいれば気にすることなんて何一つありやしないのだ。

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プラマイ らんらん @u_ran

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