Chapter39・二人は語り合ったんだ

高一 九月 火曜日 放課後 教室~帰り道


 感極まって抱き合う和歌達が落ち着くまで俺はどこか蚊帳の外で待つ羽目になったものの、不思議と嫌な気はしなかった。いやむしろお互いを想い合い抱き合う女の子は絵になると思った。無き止むとお互いにハンカチで涙を拭き合う姿もこれまた尊い。


(女の子っていいなとこんなに思ったことってあったっけ……?)


 彼女達に思わず見惚れていると、いち早く輪から離れた絵美さんがハンカチをスカートのポケットにしまいながら歩み寄ってくる。


「和歌ちゃん取っちゃってごめんね。そろそろ英紀君に返してあげる」


 俺にだけ聞こえるようにささやく絵美さん。女子高生にしては低めのでありながらもいたずらっぽさも兼ね揃えた声に背筋がゾクりと反応してしまう。男同士とはいえ恋物語を描いているとこうも色気が備わるのだろうか。あまり話したことがなかったのもあるけれど今この場でのやり取りだけでがらりと印象が変わってしまう。


 俺の反応が面白かったのか絵美さんは「フフッ」といたずらに微笑むと腐女子仲間達にもう帰ろうと声をかける。だが今日は和歌も校門まで女友達と一緒にいたいと言い張ったので絵美さんの冷やかしの視線は何とか受けずに済んだのだった。


***


 校門を出るまでは楽しそうに女友達と話していた和歌であったが、駅に向かう彼女と別れて二人きりになると途端に口を閉ざす。でも心なしか登校の時よりも近くに感じる彼女の肩やチラチラとこちらを伺う様子から拒絶されているわけではないとは分かる。話したくてもきっと何から話せばいいのか分からないのだ。ならば俺から切り出すまで。


「あのさ」


「あのね」


 俺の予想に反していつぞやの朝のように和歌と言葉が被る。手のひらを差し出してあの時と同じく話を譲るものの、今日はその仕草すら被って指先が触れ合った。


「なんか初対面のアメリカ人みたいだな。こういう時はレディーファーストって言えばいいのかな?」


 恥ずかしさをごまかすために精一杯気取って見せる俺に対して「フフッ」とあどけなく笑う和歌。


「Ladies firstね。ズを付けるの」と早速訂正されてしまったが不快感は感じない。「ありがとう」と訂正に短く礼を告げて、再び手のひらを差し出して話を譲ると和歌は小さく頷いて告げる。


「私が言いたいのは一つだけ。ありがとう、信じてくれて」


「あ、うん。心配だったけど。信じてって言われたら信じない訳にはいかないしな。それに……」


「それに?」


 あまりに真っ直ぐな瞳で感謝を告げられてまた気恥ずかしさを感じてしまう。ついつい思春期男子のプライド任せにまた強がりな口をききそうになる俺。でも和歌と目が合って気付く。俺も今日の和歌がそうであったように素直であった方がいい。


「和歌の目を見て信じられる、いや違うな。信じたいと思ったからだよ。いつだったか相手に興味を持って知ってから仲良くなろうとしている価値観に感動したことがあったろ? あの時と同じ、いやあの時以上に和歌の目に強い意思を感じたんだよ」


「そう……ありがとう。あの時は必死だったのから……。えへっ」


 照れ笑いを浮かべる和歌に今度は俺が安堵する。強がったり気取ったりしてなんだか俺だけが子供じみているみたいだったからな。やっと会話の雰囲気が出来上がったようだし本題について聞かないと。


「それで、ジェジェ先輩相手に噛み付いてから穂奈美さんと帰ってくるまで何があったか教えてほしいんだけど、いいよな?」


「噛み付くって何よ気持ち悪い」


 漫画ならオエッと効果音が付きそうな顔色で拒絶反応を示す和歌に、話題の深刻さを忘れて吹き出してしまう。


「ぶっ、文句言うことだよ。言葉通りに取んなよ」


「例えっていうことは分かっているわよ! でも分かっていても想像しちゃうと嫌じゃない!」


「甘噛みでも想像した?」


「甘噛み?」


「甘く噛むで甘噛み」


「バカぁっ! もっと気持ち悪い! 恋人でもないのにSweetなんて!」


 腕を抱えて気持ち悪がる姿からジェジェ先輩が生理的に受け付けないのだと思うと嬉しくなってしまう俺もたいがい性格が悪いのかもしれない。俺はできるだけ嫌味にならないようにひねくれた笑いを爽やかにごまかす。


「ごめんって! ははっ、でもこの会話の感じ久しぶりだな。俺はこっちの方が好きだな」


「女の子をからかって遊びたいだけでしょ? もう、本当に意地悪なんだから」


 そうは言いながらも笑っているところを見るとまんざらでもなさそうだ。それから和歌はしばし思案顔になってから事の顛末を語りだした。


 ジェジェ先輩に詰め寄った時の英会話ならぬ英口喧嘩の内容、その後の教室での穂奈美さんとの英会話の内容はおよそ俺が想像できた通りだった。キスやデートの話から更に穂奈美さんの個人的な問題に踏み込んだから彼女は場所を移した。つまり確信はそれからだ。俺は歩調を和歌に合わせながらこれから正に本質に触れんとする和歌に聴き入る。


「ええと、まず最初に式部先生のところに行ったの。そうしたら先生がなんだかすごく親切で生徒指導室を貸してくれたり、一限は休んでいいって言ってくれたり、とにかく指導室で二人で話してたわ」


「へぇ、流石式部先生機転が利くな」


 感心を装いながらも昨日先生に相談をしておいて良かったと胸をなでおろす。


「うん、私だけじゃなくて穂奈美さんにも優しかった。英紀が女の子にも人気の先生だって言っていたのがよく分かったわ」


「で? どんな話をしたんだ?」


「最初は教室で話していたのと同じよ。自分を大切にしてほしいって気持ちを伝えたわ。それからもう一度謝ったの。私はたまたま環境に恵まれて外国語が話せるだけなのに、頑張っている人の気持ちを考えないで聞かれてもいないのに教えてしまった。ごめんなさいって。そうしたら彼女も謝ってくれた」


「へぇ、じゃあ場所を変わってから割とすぐに謝ったんだな。それで何を謝ったの?」


「彼女は自分が怒ったのがきっかけで私の無視が始まったのに、プライドを優先して私に英語で勝つことばっかり考えていた自分が嫌になったって言ってた。無視を止めなかったからごめんなさいって」


(やっぱり罪悪感は感じてたんだな)


 スタッバで冴上と三人で話した時に自分を優しくないと言っていた彼女が想い起される。あの時も言葉では冷たくあしらいつつも実は葛藤していたのかもしれない。


「それで彼女になんで英語が話せるようになりたいのか聞いたの。そうしたら意外そうだったわ。『なんでそんなことを聞くの?』って言ってた」


「そんなに意外なもんかな?」


「デートを止める話ばっかりされると思っていたんだって」


「ああ、なるほどね」


「それでね、好きでもない人とデートしてでも話せるようになりたいだなんてよっぽどの理由があると思ったから知りたいって答えたの」


「だよな、デートを止めさせたところで原因になった問題が残ってちゃ意味がないしな。それで? 答えてくれた?」


「最初は嫌そうだったけど答えてくれたわ。彼女ね――」


「ちょい待って! 嫌がってたのに俺が聞いちゃっていいの?」


 聞いちゃまずい話をしようとしていると直感的に感じて止めるが、気にする様子もなくケロッとしている和歌。


「大丈夫よ。最後は話して良かったって言ってくれたから。彼女ねパイロットになりたいんだって」


「パイロット? パイロットって飛行機の?」


「うん、彼女のお父さんがパイロットでね、子供の頃に仕事見学に行ったんだって。その時はまだコーパイロットだったんだけど、パイロットとか他の仲間から信頼されているのを見てすごく憧れたんだって」


「それで自分もなりたいって? すごいな、女なのに」


「それよ! そう言われるのが嫌だから穂奈美さんは話すのが嫌だったの! 女なのにって」


 眉を吊り上げて詰め寄ってくる和歌に俺は失言を自覚して焦ってしまう。


「え、あ? ごめん、つい。別に女性差別って訳じゃないんだけどさ。でもどうしても日本じゃ女の人がパイロットやってるってイメージないからさ。もしかしてヨーロッパじゃ普通なの?」


「別に英紀を責めてるんじゃないわ。穂奈美さんはヨーロッパとかアメリカでもまだ女性パイロットは10%もいないって言ってたわ。でも日本はもっと低いんだって。1%もいないそうよ」


「確かに欧米でも10%未満は少ないな。でもまあ日本はそうだろうなって感じするよな。穂奈美さんがあんまり他人に話したがらないのも分かる」


「否定するのが他人だけなら良かったかもしれない」


「ん? というと?」


 和歌の意味深な言葉遣いに今度は俺が眉をひそめて問い返す。


「家族よ。家族も反対しているんだって。だから余計に言いたくないんだって」


「マジで? お父さんも? なんで?」


 俺からすれば子供が自分の仕事に憧れて目指そうとするなんて名誉に思える。男ならそうものじゃないのか?


「パイロットのキャリアって子供を産んだり育てたりする期間が考えられていないんだって。彼女がパイロットになる頃にはもう三十代半分くらいになっちゃうの。だからお父さんが反対しているのよ。仕事だけの人生になっちゃうって」


「そうか、現職が言うだけあって説得力があるけど、穂奈美さんからすれば憧れている人本人に言われるんだから辛いな……でもそれで英語が必要か。理由としては納得できたな」


「ううん、まだ半分よ。全部じゃない」


 軽く首を振って応える和歌。


「まだあるの? お父さんみたいなパイロットになりたいから英語が必要ってだけじゃないの?」


「それよそれ、お父さんよ。彼女の話を聞いて、本当にお父さんが好きで尊敬しているんだって分かったの。だから私もお父さんが好きで悩んでいるからその気持ちが分かるって言ったの」


 和歌の言葉を聞いて教英先生の顔が脳裏をよぎる。和歌も同じなのだろうか、これまで俺に向いていた視線がこころなしか宙をあおぐ。


「私は日本の学校に慣れてお父さんを安心させたくて頑張っている。でも上手く行っていないから穂奈美さんの気持ちも分かる気がするって言ったの。そうしたら彼女は『私達なんだか似ているね』って返してくれた。その言葉が嬉しくて答えたの『穂奈美さんの夢を手伝わせて下さい。私はデート目的じゃなくて穂奈美さんの夢のために英語の勉強を手伝える』って」


 力強く言い切ると共に再び和歌と目が合うと、俺はその瞳に誘われるように話の続きを促してしまう。


「おお! それで? 反応は? お願いしますって言った?」


「ううん、『私だけ教わるのは悪い』って遠慮した。だから私もお願いしたの。『私も穂奈美さんから教えてほしいことがあるの。不器用で空気が読めない私に日本人の考え方を教えて下さい。間違えた時に間違えてるって教えて下さい。私は日本人だから日本人の考えが知りたい。パパがくれた和歌って名前の意味が感じられるまで諦めたくない』って。そうしたら……『私にも英語を教えて下さい』って頷いてくれたの。それからは彼女も全部正直に話してくれたわ。自分が努力しても満足にできないのに、私が簡単に数か国語を話しているように見えて悔しかったから私には頼りたくなかったんだって」


 穂奈美さんとの会話を再現し終えて、和歌は一息つくと微笑みを見せる。


「そんな話があったのか……。でも正直に悔しかったって話してくれたってことはもう大丈夫なんだよな? 彼女は気にしてないんだよな?」


「うん、大丈夫。私は話してくれて嬉しかったし、そう伝えたら感謝してくれた」


 今日一番、いや出会ってから一番の満足気な笑みをたたえる和歌に、ついに俺も彼女がやり遂げたのだと確信する。


「そうか、やっぱりあの時の和歌を信じて良かったよ!」


「ふふっ、ありがとう」


「でもそれだけ濃い話をしていたらそりゃあ一限だけじゃなくて二限も潰れるわな。聞いてみて納得だよ」


 一人納得する俺に対して、和歌は満面の笑みを引き笑いに変える。


「え? えぇと、実は話は一限で終わったんだけどね……。なんだか嬉しくなっちゃって泣いちゃったの。そしたら彼女もね」


「泣いたの?」


「あ! 言ったら怒られる! どうしよう……」


 両手を口に当てて分かりやすく動揺する和歌。ここは気遣いさせないように軽口で否定しておくか。


「言わねえよ。言ったら俺が何されるか怖いわ。 まあ分かったよ。泣きはらした顔で帰って来るのが恥ずかしくて二限も休んだか。泣き虫の和歌らしいな」


「そんなにずっと泣いてないわよ! 二限が始まってすぐに落ち着いたわ。それからは二人でお喋りしてたの!」


「さっきまですれ違っていたのに早速お喋り? 全く女ってやつは本当に話し好きだな。で? 何を話してたんだ?」


 尚も軽口を続ける俺の意図を察してくれたのだろうか。和歌も俺に意地悪な笑みを返してきた。そして数歩先に駆け出してから振り返り――


「それは……あなたの悪口よ!」


 いつかの放課後のようにはにかんだ笑顔でそう告げた――


***


 英紀と和歌は帰宅後、今日の出来事をそれぞれの家族に報告すべく奔走した。和歌は競子に報告した後にすぐさま米沢家を訪問して法子や治佳にも報告を行い、英紀は京都にいる教英にMineを送信した。米沢家と真鶴家は問題解決の兆しに湧き上がるあまり、その晩あるニュースが夜のネットや経済番組を賑わせていたことに気付かなかった。


――和風Japanニュース――

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