Chapter24・男と違って複雑なんだ

九月 土曜日 放課後


 四限が終わると俺と冴上は約束通り共に学校を出た。補習を免除してもらうために式部先生に正直に事情を話したら問題なく受け入れてくれたものの、代わりに事情聴取のために和歌に出頭命令が出てしまった。和歌はなんで勝手に話したのかと怒ったが、連れて行ったら姫野さんが話しづらいだろうから仕方ないし、何より担任が早く知っておくに越したことはない。転校初日の自己紹介失敗に責任を感じているようだったし式部先生なら上手く相談に乗ってくれるだろう。


 俺は約束の場所を知らないので言われるがままに冴上について行くと、偶然なのかその方向は俺の自宅と同じ方向だった。


「まさか俺ん家で相談なんてことないよね?」


「違うよ。連れて行ってルーさんの彼女だと思われたら嫌だからな」


 冗談っぽく冴上は言うと、普段俺と和歌が登校時に通る川沿いの遊歩道を途中でそれると、4階建てくらいの大きく、そして妙に洒落たデザインのカフェに入って行く。入ると女性のコンシェルジュが話しかけてきて二名で問題ないか確認してきたので、冴上がまだ一人来ると応じるが、その様子に慣れが感じられないので冴上も初めて来たのだろうか。


「すげえとこだよな。俺カフェなんてスタッバくらいしか行ったことねえから場違いな感じがするよ」


「ここもスタッバだよ。スタッブバックスの高級ブランド店なんだ」


「マジか。いつも通るのに全然知らんかった」


「俺も姫野達が話しているのを聞くまで知らなかったよ」


「へぇ、やっぱ女子ってこういう所が好きなんだな」


「だろうな。お、噂をすれば来たぞ」


 スタッバの入り口から俺達が来た遊歩道を振り返るとずいぶんと遠くにこちらに向かってくる姫野さんが見える。


「あんな遠くなのによく分かるな。恋心の成せる技って感じ?」


「茶化すなよ。後で姫野と弄り倒すぞ」


 口は俺の軽口を軽くあしらい、目はキラキラ輝いてこちらに来る意中の女子を捉えている。今まで冴上のこんな目を見たことがあっただろうか。


「本当に好きなんだな」


「顔に出てたか?」我に返って照れる冴上。


「思いっきりな。アイドルライブで推しが目前に来たドルオタみたいだよ」


「そんなにバレバレな顔してたか。ルーさんにはこの前話したから気が緩んだのかもな」


 自分が蕩けた顔をしていたと自覚したからか、姫野さんがカフェに来る頃にはいつもの自信と落ち着きを感じさせる冴上に戻っていた。


「待たせた? 私は急いで来たつもりなんだけど」


「十分くらいかな。俺はルーさんと喋ってたから問題ないよ」


「そう、じゃあ入りましょう」


 冴上がドアを開き、姫野さんを先頭に再度店内に入る。さっきのコンシェルジュは姫野さんを見て目を見開くと俺と冴上を見比べてから冴上ににっこり微笑んで俺達を店内に案内した。


(あの人絶対にどっちが彼氏か考えたな。そんで俺は違う方と思ったか。どっちも不正解なんだけどな)


 俺が店員の思考を読んでいる内に二人は早速カウンターで注文をしていたので、俺も二人に続いて注文する。


「俺はダークマターチップフラペティーナで」


「ここはフラペティーナ置いてないわよ。ここから選びなさい」


 カウンターのバリスタが応える前に姫野さんは横槍を入れてメニューを指し示す。


「え、ないの? ここから? って高! コーヒーで九百円するの? 二人は何頼んだ?」


「私はアッフォガートクラシコ」


「俺はモカチョコラータブイア」


「二人とも英語じゃ何話してんのか分かんねえよ」


『イタリア語よ(だよ)』


「ハモって突っ込んで息ピッタリじゃねえか。夫婦かよ」


 俺たち様子を見て微笑んでいた女性のバリスタは五百円のホットチョコレートを勧めてくれたものの、俺は見栄を張ってカプチーノを頼む。しかしそのカプチーノも無かったため俺は二重に恥をかいてやっと注文を終えた。


 三人で屋外テラスのテーブルに着くと俺の注文のミスりっぷりに呆れた顔をしていた姫野さんがエスプレッソがかかったジェラートをつつきながら話し出す。


「無理難題を押し付けられると思って身構えていたけどあんたが生き恥をさらす様を見ていたら馬鹿らしくなってきたわ。もしかしてわざとやってたんじゃない?」


「いや、俺は裏も表も無い信用できる男だからな。全部素だよ」


「本音と建前の使い分けでできているこの国で生きるには致命的ね。更に英語もできないんじゃもうこの星に生きる場所ないんじゃない?」


「そんだけ毒が吐けるんだったら遠慮なく相談させてもらって大丈夫そうだな」


「……二人ともお願いだから喧嘩はしないでくれよ」


 冴上が早速言葉のデッドボールを投げ合う俺達を見て心配そうな顔をする。


「分かってるわよ。それに相談の内容も分かってる。真鶴さんの無視を止めるのを手伝ってってところでしょ?」


「その通りだよ。話が早いな。去年冴上の元カノを助けた時と同じ感じで和歌を助けて欲しい」


「やっぱりね。でも嫌よ。私は手伝えない」


「えっ? どうしてだよ? まさか姫野さんが始めたんじゃないよな?」


「違うわよ! あんた時間作ってやったのに何言ってんの?」


「ルーさん、今のはルーさんが悪い。お前も昨日は姫野が始めたんじゃなさそうだって言ってたろ?」


「ごめん。元カノの話を聞いて期待しすぎてた」


「ふん、今度私を疑うような口を聞いたら帰るわよ」


「分かったよ。ごめんって。でも協力したくないってことはまだ和歌が嫌いなのか?」


「ルーさん、また質問が直球過ぎ。姫野は俺達の相談内容を予想してたんだぞ。真鶴さんのことが嫌いなら昨日Mineした時点で断られていたはずだ。わざわざ今こうして話す必要がない」


「確かに……。ごめん。俺冷静じゃないな」


「いいわよ別に。米沢、私はさっき手伝わないとは言っていない。手伝えないって言ったのよ。私は真鶴さんを好きでも嫌いでもないし、好き嫌いが手伝えない理由じゃないの。そもそもなんでこんなことになっているのかあんたは分かっているの?」


「確信はしていないけど予想はできているよ。多分和歌が男子に人気なのが気に入らないからだって考えている。この予想が合っているか知りたくて時間を取ってもらったんだよ」


「ふうん、おおむね合ってはいるわね。少しは考えたのかしら、じゃあどうしてそう思ったのか教えて」


「クラスで人気の冴上と、和歌だけが初対面から名前で呼び合っているからだと思った」


「なるほどね、名前の呼び合いってところだけは合ってる。だけど違うところもある。冴上君だけじゃなくて、男子全員と名前で呼び合っているのが問題なの。確かに冴上君はモテるけど女の子全員が片想いしているって訳でもない。実際に他の男子が気になるって相談もよく受けるわ」


「アイドルみたいに憧れているだけって感じか」


「まあそんなところかしら、とにかく自分が興味を持っていた男子と転校してきた真鶴さんが急に楽し気に話していれば面白くないんでしょうね。無視を始めた娘は彼女を男と見れば見境なく尻を振るビッチって言ってるわ」


「なんだよそれ。正反対じゃないか。尻振るどころかむしろあいつはオランダにいた頃にナンパされても応じてなかったんだぞ」


「私は知らないわよそんな話。彼女が実際にどうかが問題なんじゃなくて、無視している娘達が彼女をどう感じているかが問題なのよ」


「くそっ、和歌自身を知ろうともしないで勝手に印象付けてシカトしやがって」


「私も無視自体は不快だと思っている。けど勝手に印象付けたってのは違うと思う。少なくともそう印象付けられるだけの周りから浮いた行動はしたんだから」


「そう考えると俺も責任を感じるな。真鶴さんに名前で呼んでいいか聞かれた時に、浮く可能性は感じたのに優柔不断に受け入れたから……」


「冴上が気に病むことじゃないだろ。和歌も男子達も気付かないままだったんだからさ。ただそこまで女子達の不快感に気付いていたなら教えて欲しかったな」


 姫野さんを刺激しないようにできるだけ角が立たないように言うがそれでも気に障るらしく、眉間にしわを寄せて答える。


「その言い方だとさも私が傍観しているみたいでイラつくわ。あんた達男子が真鶴さんを囲んではしゃいでいるのを私は何度となく止めているんだけど? 何も感じなかったの?」


「それは……単にうるさかったのかなって思って、それ以外の意図があるとは思わなかったんだ。申し訳ないけど、やっぱりもっとはっきり教えてくれていたら防げていたと思っちゃうよ。女子グループのトップにいる姫野さんが止めていればためらうと思うからさ」


「米沢、あんたは私をかいかぶり過ぎよ。男子達なら冴上君の鶴の一声で軽くまとまるんでしょうけど女子は違うのよ。私も私がB組のカーストで頂点にいるという自覚はあるわ。でもだからといって冴上君みたいに男子全員に影響力を与えられるかは別の話。それに、そもそも……」


 強気に俺を諭していた出だしから徐々に彼女の口調は衰え、そしてついに言葉が途絶えると、それまで俺達の話の聞き手に回っていた冴上がその続きを促してくれる。


「姫野、俺はクラスからいじめを無くしたい。姫野もそうだろ? 解決するためにはとにかく情報が欲しいんだ。お願いだから教えてくれ」


 冴上の懇願に迷いを感じさせる表情をしていた姫野さんが続きを語りだす。


「くれぐれも私が真鶴さんを無視したいんじゃないという前提で聞いて欲しいんだけど、女子達は私がきっかけで無視を始めたんだと思うわ」


「姫野さんが望んでいないのに姫野さんが原因ってこと? それはどうして?」と矛盾を感じる言葉に俺が呆けてしまうと、彼女は俺を一瞥して説明する。


「グループワークで私が真鶴さんに怒っちゃった時よ。あの時私が怒った時に真鶴さんを良く思っていなかった娘達がついに私も嫌いになったとでも思って始めたんでしょうね。実際にあの晩に私が真鶴さんを許したのも知らずに無視するかMineで聞いてきた娘がいたわ」


「それって姫野さんのグループの誰――」


「教えないわよ! そんなことしたら私がその娘に恨まれるわ! もし私から情報が漏れたってバレでもしたら、私が腹いせに無視されるかもしれない」


「ああ、ごめん。犯人捜しって訳じゃないんだ。ただその娘に和歌とは仲直りしたって説明してくれたらなって思ってさ」


「無理ね。あんたからは私が女王にでも見えているのかもしれないけど、残念ながらそんな権力なんてないわ。女子の人間関係はそんなに甘くない」


「そうか……そう都合よくは行かないか……」


 俺が頬杖をついて言葉につまらせると、会議の初期の様に聞き手に回っていた冴上が話を本筋に戻してくれる。


「無視の原因をまとめると、真鶴さんを不快に思った女子が自分が中心になって無視を扇動しようとは思わなかったけど、姫野が怒ったのを見てそれを口実にして無視を始めたってことか。それで姫野はそのMineにはなんて答えたの?」


「何も答えないでなんで無視したいのか聞き返したわ。聞いてすっきりしてくれればいいと期待したからよ。でも聞いても収まらなかったから『そういう考えもあるんだね』って否定も肯定もしない答えを言って終えたわ」


「そこでもしやめようって言ってくれていたらな……」冴上が初めて意見する。


「私だって授業中に怒鳴って悪かったと思う気持ちはあるし、そう言えれば言いたかったわよ。でも無理、真鶴さんの愚痴を言ってきた娘は他にもいたし、その娘達もしきりに『ウザいと思ってる』って言うものだから、実際に何人が真鶴さんをウザがっているのか分からない。それに……」


 姫野さんは言葉を詰まらせると、今まで目を合わせていた冴上から視線を外して再び話し出す。


「それに正直なところ、まだ私はリスクを背負ってでも助けたいと思えるほど真鶴さんと仲良くない。期待させて悪いけど、私はそんなに優しくはないの」


「でも姫野、お前が俺の元カノを助けた時だってまだ特に親しくなかっただろう?」


「あの時はあの娘が自分で蒔いた種で無視されていて、私はもともと無関係だったから協力できたのよ。でも今回は違う、無視をしている娘達は私を口実にして無視を始めているから、私が止めたり庇ったりしたらきっと私に不満が向く。それだけは避けたい」


「本当は男子に人気で気に食わない和歌を自分達がいじめたいだけなのに、姫野さんのためにプライドを踏みにじった真鶴さんを懲らしめているって口実で責任を逃れて、その挙句姫野さん本人に止められても止めたくないってか? マジで性根が腐ってんな」


 二人の会話から首謀者の心理を想像している内に不快になって俺はつい毒を吐いてしまう。


「米沢、言葉に気を付けて。私は無視は嫌だけどあの娘達が嫌いな訳じゃない。だから今のあんたの言葉は私にとっては、あの娘達が言った真鶴さんへの陰口と同じよ」


「ごめん。感情的になってつい……」


「そこよ。私が手伝えない理由がもう一つある。短気なあんたと真鶴さんがどこでボロを出して私が助けたってバレるかと思うと気安くあんた達を助けられない。今だって話し過ぎたと思って少し後悔しているくらい」


「だから屋上で会った時は教えてくれなかったのか?」


「それは違うわ。教えないどころか教えたでしょう? 女子に不満を持っている娘が少なからずいるって気付いて欲しかったから言える範囲で教えたのよ」


「そうか、それで『調子に乗っていると痛い目見るわよ』か」


「それ嫌味で言ってる? 愚痴る女子達をなだめていた私の気も知らずに男共の機嫌を取って頭に乗っているあんたを見ていればイライラもするわ」


「いやごめん、そんなつもりじゃなかった。確かにあの時もうすぐ無視されるかもしれないなんて知っていたら根本の原因とか姫野さんへの影響なんかろくに考えないで行動していたかもしれない。ただ実際に痛い目を見てから振り返るとやっぱ悔しくて」


「……ごめんなさい。私も言い過ぎたわ」


 普段気が短い俺が謝ったのが意外だったのか姫野さんの態度も幾分軟化する。


「そんなことないよ。なんで姫野さんが女子達の説得をできないのかよく分かった」


 俺と姫野さんの話がひと段落ついたところで冴上が口を開く。


「でもどうする? 姫野の助けが借りられないとすると俺達だけで解決する必要があるだろ。男子達になら真鶴さんと名前で呼び合わないように頼めると思うけど」


「どうだろうな、今から和歌が男子達と苗字で呼び合って距離を取ったところで、無視している奴らが和歌と仲良くしましょうなんて考えるか?」


「私は変わらないと思う」もはや溶けてほぼエスプレッソと一体化しつつあったジェラートを舐めながら姫野さんが答える。


「俺も変わらないと思う。だって無視している女子達は姫野さんを怒らせたっていう大義名分で無視を始めたんだろ? だとしたら彼女達は正義が実行されたと思って満足するだけだと思う。ざまぁと思うだけだ」


「じゃあ、どうする? 他に男子だけでできることなんてあるか?」


「そうだな……」


「ちょっと待って、私はその相談はできれば聞きたくないんだけど」


「え、なんで? 姫野さんが作戦を理解してくれていた方がいいと思うんだけど」


「知ることで期待されるのが嫌なの。それに知らなかった振りをする自信がない。あんた達が行動を起こした時に私だけ冷静だったら不自然でしょう? それで男子に協力していたと思われるのは嫌」


「事前にいつ実行するか教えておけば大丈夫じゃないか?」


「うん、俺もそう思う。姫野なら賢いし言葉も選べるだろ?」


「冴上君まで? あなた達、女の観察力を甘く見ない方がいいわよ。演技なんかすぐにバレるわ。それよりあんたが真鶴さんと付き合っちゃえばいいんじゃない?」


「だからなんでそうなんだよ」


「少なくともあんた以外の男子に興味を持っている女子は安心するわ」


「俺と和歌の意思は関係なしかよ。俺達に恋愛の自由はないの?」


「何? あんた真鶴さんが嫌いなの? こんなに心配して手伝っているのに?」


「それは、まあ……嫌いじゃ……ない」


「赤くなっちゃって、その気があるんじゃない」


「それはお前が意識させたからだって! まだ考え方に共感できるって感じで好きとかそういうんじゃ……。そもそも和歌が不安だって時に付き合えだなんて言ったら不謹慎だろ?」


「そうかしら? 女の子って不安を感じている時ほど誘惑に弱いものよ。早くしないと不安に付け込むのが上手い他のイケメンに取られちゃうかもしれないわ」


 サディスティックさを感じさせる笑みを浮かべる姫野さん。女心論を語られては男の俺はこれ以上反論のしようがない。


「そうなんだ。なら好きな娘ができたら一度不安にさせてから告白することにするよ」


「うわ、性格悪っ! あんたが不安の原因になったら嫌われるだけだからね」


 言葉は毒づいていても笑っているので冗談が通じたと捉えて話をしめることにする。


「じゃあ冴上、また明日にでもMineで相談するか」


「そうだな。姫野、今日はありがとう。俺達で奢るよ」


「別にいいわよ。自分で払う」


 奢りの提案を断った姫野さんが席を立ったので俺と冴上も続こうとするが。


「あなた達まだ残っているじゃない。せっかくの高いコーヒーなんだから味わいなさいよ。私だけ先に行くわ」


 そう告げると彼女は一人でテラス席から出て行ってしまった。いつの間にか空になっていたアッフォガートと自分のまだ半分以上残ったコーヒーカップを見比べてふと思ってしまう。


(なんで女子って会話しながら自然に飲食ができるんだろう)


 冴上も考え事をしていたからか、絶好の作戦会議の機会であるにも関わらず、ろくに会話も進まないまま俺達は解散して帰路につく。既に冷めてしまっていたコーヒーはただ味わうだけで香りまで楽しむことはできなかった。

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