いつか二人を分かつまでは

 目が覚めた。そのことに驚いた。

 俺は死んだはずだった。頭痛に苛まれて、意識を手放したはずだった。

 それが、今はよくわからない場所にいる。

 神秘的なようで不気味にも感じて、それでいて暑い気もするが寒い気もする。森の中で海の底で、それ以外にもいろんな感じ方ができる。


「なんだ、これ」


 浮かぶ小さな光を追いかける。青白い光だ。

 光に導かれて、しばらく歩いた。時間の感覚すらもよくわからないまま、歩き続けた。頭では一時間ほど歩いたと思ったが、それほど歩いたという感覚もない。

 光に連れられて出た場所は、同じような光が大量に浮いている空間だった。


「……これは、お前の仲間か?」


 ふと、光に問いかけてみた。当然光は返事をするわけでもなく、ただ上下に揺れるばかりだった。

 光はまた動き始めた。けれどそれは導くというよりは勝手に動いているだけというように見えて、だから俺はその場でその光を見守った。

 その先で、意外な人物を見た。


「なにしてるんですか、貴方は……ほら、こっちに……こら。暴れないでください。また圧縮しますよ」


 白い髪に黒のメッシュ。ずっと見てきた、ずっと聞いてきた。一年という短い月日を共にした、愛する恋人。

 ようやくすべてが理解出来た。ここがどこかも、あの光がなにかも、俺がどうして目覚められたのかも。


「あ、やっと戻ってきた。どこに行ってたんですか。探してはいませんけど、勝手にいなくなられると困りま……す……」


 こちらを見て、また青白い光を見て。目の前の彼女が何度かそれを繰り返しているうちに、さっき俺を案内してくれた光が戻ってきた。


「えっと……」

「……よかった」

「えっ?」

「よかった、です」


 にっこりと笑って、ソフィーはこちらに歩み寄ってくる。正面から見てみると、少しだけ印象が違うような気がした。


「少し、歩きましょうか。あ、でもここまで歩いてきたのか……なら座るべき……?」

「いいよ、歩こう」

「助かります。ほら、その人から離れてください」


 光を振り払おうとするが、なぜか離れない。それどころか、俺の頭の上で止まってしまった。


「はぁ……」

「まあ、いいだろ別に。駄目なのか?」

「駄目なことはないですが……いえ、いいです」


 なにか理由があるのか言いづらそうにしているので、言及するのはやめておいた。

 またしばらく歩くと、俺とソフィー、それと光だけになった。


「まずは、ごめんなさい」

「なにが?」

「勝手に、こうして存在させてしまって」

「……それに関しては、ソフィーが大丈夫なら」

「いろいろとギリギリでしたが、セーフでした」


 おそらくソフィーは、禁忌と呼んでいたことをしてしまったのだろう。なんらかの条件があったのか、はたまたソフィーは既に罰を受けた後なのかはわからないが、つまりは俺はもう日野蒼士ではないことになる。


「順を追って話をしますね。まずは禁忌についてですが、どうやら貴方が魂の管理者の付き人に十分なものとして認められているようで、私への罰はありませんでした」

「付き人?」

「要はお手伝いです。そして、次の魂の管理者でもあります」

「次のってことは、ソフィーの後か」

「ええ。原則魂の管理者は消えるまで任期ですから、まだまだ先です」

「……じゃあ、ソフィーが消えたら俺は……」


 今度は俺のようにはいかない。魂のないソフィーが消滅するときにそれを存命させることはできない。

 そのとき俺は、一体なにができるだろう。


「まあ、数百年もいれば一緒にいるのがうざったくもなりますよ」

「そうだと、いいのかもな」

「……話を戻します。もうわかると思いますが、ここが私の住む世界です。貴方の頭に乗っているのも、ここで転生する魂の一つです」

「なんでこいつはこんなに俺に引っ付いてくるんだ」

「……それが私の魂の欠片だから、です」


 恥ずかしそうに頬を染め、そして頭に乗っていた魂を無理やりひったくりどこかへ放り投げた。


「貴方は今、レウムという識別名があります」

「露骨に話を変えたな。まあ、レウムか……言い難いな」

「なので私はしばらくは蒼士さんと呼ばせていただきます」

「いいのか、それ」

「駄目ですが、その辺は大目に見てもらいましょう」


 意外と適当だ。神様とか、そういう話だというのに。別にそれでも構わないのだが。


「ここには、いくつか転生させられない魂があります」

「ソフィーの魂とかか」

「ええ。それに、貴方のものもこれでできなくなりました。まだ見つけていませんが、どこかにいるはずです。もっとも、貴方にはまだほとんど魂が残っているので、欠片程度でしょうが」

「そっか」


 つまり、結局は名を失ったという点以外では特に変わったことはないと思っていていいということだろう。


「これから、貴方にはたくさん覚えてもらうことがあります。してもらうこともあります。面倒なことも多いし、退屈で投げ出してやろうと思うことも多いと思います」

「……でも、ソフィーがいるなら頑張るよ」

「……ふふっ、そうですか」


 一度深呼吸をして、ソフィーは言った。


「改めまして、私は死神と呼ばれる存在、ソフィアです。蒼……レウムさん、私と一緒に、いてくださいね」


 そう言ったソフィーは、とても楽しそうに笑っていた。

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終わりの果ての永遠の愛 神凪柑奈 @Hohoemi

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