第3話 十日間の無理強い


下津沙都花しもつさとかと言います。あの、つかぬことをお聞きしますが、変わった調査が専門の探偵社というのはこちらで間違いないでしょうか」


 百五十センチあるかないかの小柄な女性は、外部の人間がいないにもかかわらず妙におどおどした口調で言った。


「……たぶん間違ってはいないと思いますが、結果的に変わった調査が多いってだけで、それを売りにしてるわけではないです」


 私は丁寧な口調を心掛けながら、選り好みしちゃいけない、他社が受けない調査を受けるのがうちの強みなんだと自分に言い聞かせた。


「――よかった、探偵の方とお会いするのは初めてなので、追い払われたらどうしようかとずっとためらっていたんです」


 なんだか随分弱気な依頼者だな、と私は思った。しかし私だってこの仕事に就くまでは探偵など一生、関わることのない別世界の人たちだと思っていたのだ。若い女性が依頼を決意するにはさぞ、勇気が要ったに違いない。


「それで、ご相談の内容は?」


「……婚約者の浮気調査です」


 私は急に肩から力が抜けるのを覚えた。もっともポピュラーな依頼ではないか。……もっとも、うちに来る依頼の主流はむしろ、一般の探偵社が逃げだすような物が多いのだが。


「それなら大丈夫です。実績もノウハウもありますのでご安心ください」


 私は身を乗り出すと、強い口調で言った。探偵を初めて半年足らずの初心者が口にする台詞ではないが、ようは依頼人が気づきさえしなければいいのだ。


「私の実家は『アーキテックアライブ』というベンチャーバイオ企業なんですが、彼はうちの会社の技術者で、研究部門の幹部候補なんです」


「なるほど、ということは次期社長候補でもあると……そういうことですね?」


 私が水を向けると、沙都花はうなずいた。いくら優秀な社員でも浮気癖があっては婿にふさわしくない。当然の話だ。


「それで、浮気相手の見当はついてらっしゃるんでしょうか?」


「はい。……実は浮気相手らしき女性は二人いるんです。一人は女子大生、もう一人は芸術家です。名前もわかっています」


「そうですか二人も……それは穏やかじゃありませんね」


 私は内心呆れつつも、とにかく依頼者の心情に寄り添うような応対に務めた。


「そこまではわかったんですが、相手の素性というか正体というか、どうしても私の力ではわからないことがありまして……それで探偵さんのお力を借りに来たのです」


「素性と言いますと……過去の犯罪歴とかそういうことですか?」


 私はおやと小首を傾げた。どうも浮気の証拠を掴んで欲しいというような単純な依頼ではなさそうだ。


「いいえ、犯罪とかそう言うことではありません」


「では、いったい……」


「私が調べて頂きたいのは、二人が『人間なのか、そうじゃないのか』という事なんです」


 私は思わず「えっ」と叫んでいた。確かにこれは「変わった依頼」の範疇を超えている。


「詳しい話をお聞かせ願えますか?依頼を受けるかどうかはお話をうかがった上で改めて検討したいと思います」


「わかりました。上手く話せるかどうかわかりませんが……」


 沙都花はそう言うと、記憶を手繰るように宙を見つめた。

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