卵の世界

篠岡遼佳

卵の世界


 その昔、この世界で「パンデミック」が起こった。


 人類はその流行に立ち向かったが、すべてを遺伝子の発現に左右される存在である彼らは、民族の特徴ごとに、「乗り越えた側」「乗り越えられなかった側」となった。


 ――海洋のとある島国は、残念ながら「乗り越えられなかった側」だった。

 大規模な人口減少に加え、元来の少子化もあり、少数民族への過渡期にあった。

 世界の人々はそれを残念に感じ、哀れに思い、しかし見守るほかはなかった。

 はずだった。


 その島国は、ここ数十年で新たなる技術を確立し、発展を遂げてきていた。

 つまり、最終的に、とある無茶な道を選んだ――。




「もしもーし、いるのはわかってるんですよー」


 ガンガンガンガンガンガン。


 半袖のセーラー服着た少女が、なんとなく不穏な台詞を吐きながら、マンションのドアをいる。

 つややかな長い黒髪に、目鼻立ちのはっきりした顔。

 美少女である。

 やってることはヤンキーのようだが。


「けーんざーきさーん、返事してくださいよー」

「剣崎は留守でーす」


 応答した、中にいるものも肝が太い。堂々と居留守を使う、それは成人男子の声だった。

 美少女は、むん、と腕を組むと、


「いいでしょう、立てこもりも。

 ですが、"規定36"に準じて、開けますね」

「うをあ!! それはやめて」


 バギィッ


 回し蹴りがドアの大事な部分にヒットした。

 ドアは、ばたりと、倒れた。


「はい、こんにちは。

 SPロクマルサン型、識別番号77640808、個体名カガミですよ。

 よろしくお願いしますね」


 にっこり笑った顔もかわいらしい、美少女・カガミは、倒れたドアにかろうじてぶつかっていない男・剣崎に、そうきっちり挨拶をした。

 だが、剣崎は納得していないようだ。怒って叫ぶ。


「テメーどういうつもりだよ! ドア高いんだぞ!」

「早く出ないあなたが悪い。ちゃんと私は警告しました」

「あーもーだからいやなんだよ、は!!!!!!!」

「ちゃんと区役所から通知が行ったはずです」

「知ってるよ!」

「では、今日私が来ることも、知っていたのでは?」

「知ってるよ!!」

「じゃあ、何でドアを開けなかったんです?」

「アンドロイドが嫌いだからに決まってるだろ!!!」

「何でアンドロイドがお嫌いなんです?」

「無理矢理をさせられる男の気持ちも考えてみろバーカ!!!!!!」


 剣崎は子供のようにそう言い、ドアを見捨ててダッシュで部屋の中へ戻ろうとした。

 が。


「あのう、ご存じならさくっとやりませんか? 確か提供は2回目ですよね? 手順通りやればOKですから」


 あっさり剣崎の前に回り込んで、そう、アンドロイドは言った。



 この国が世界の中で最も先進的技術を持っていたのは、「アンドロイドを作ること」だった。


 大量生産に成功したアンドロイドは、新しい概念である。

 つまり、そこにこそ隙があった。

 それは少子化対策に用いられることになった。

 

 巡り合わせや、運命のような適当に左右される出会いではない。

 閉ざされた希望を開くのは、人間の技術である。

 産みたいものが子を産み、育てたいものが子を育てる。

 それをアンドロイドを介して行うのが、この国の少子化対策であった。

 

 アンドロイドは、であるからみな容姿が良い。

 それをもって、人間から生殖細胞を採取し、持ち帰る。


 疑似家族としてアンドロイドと時間を共にするものもいる。

 街に出れば、半数以下だが、アンドロイドを連れているものがいる。

 そんなわけで、もともと「素養があった」この国は、そんな風になった。



「剣崎さん、そういうわけで、今日からよろしくお願いします」

「とりあえずお前を絶対に返却するから、役所に行くぞ」

「はーい、わかりましたー」



 そうして、壊れたドアのしたから靴を引っ張り出し、剣崎は歩き出す。

 セーラー服の青いスカートが、楽しげにそれを追っていった――。




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卵の世界 篠岡遼佳 @haruyoshi_shinooka

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