クエスト7:じゃあ、やることは決まりだね。

 女神・ユナイティアの姿は、そこにはない。

 あれは本当に夢だったのか。

 目をこすっても、目の前の景色に変わりは無し。

 ――ひとり納得する、そういうことだ。


「おー、よく寝てたみたいだね。デミトピアに来て2日目の朝だ。さて……」

「あの、フェンリーさん、実は私みなさんに聞いてほしいことが……」


 声をかけてくれたフェンリーに頼みごとをした後、メンバーを集めてもらうと、紬は昨晩自分の身に起きたことを話す。

 ピースクラフターのメンバーならば信じてくれるだろうと思ったからだ。

 さすがに最初は、「にわかには信じがたい」という怪訝な顔をされたが、彼女らのほうも紬を袖にするようなことはしたくなかったらしく――。


「白いネコを探してね、でも、悪意ある誰かが狙っているから気を付けて……かあ。あんたが言ってた話が本当だとすれば、夢の中でその女神様ご本人に会ったことになるが……」

「でも、ユナイティア様のお名前って、と~~~~~~っても縁起がいいから、いろんな子の名前に使われてるんだよね。そのお姉さん……ユナイティアって名前の普通の女の子かもしれないよ」


 またも、さりげない形でフェンリーとスズカの口からこのデミトピアにおける常識について教えられ、紬はすかさずメモを取る。

 これも旅の思い出作りにつながると思ったからであり、その点について彼女は抜かりない。


「そんなはずありません。とっても神秘的で、きれいな人でした。きっと本物の女神様だって、私そう思うの。みなさんだって夢の中で出会えたなら、信じてくれるはず……」


 オオカミ少年のようにされるか、ちゃんと信頼を得られるか、まさに運命の分かれ目・・・・・・だった。


「だけど、考えてもみたら不公平だなー……。どうして私にだけ。私の世界から来た人って、他にもいるんだよね? 他の人にも干渉してないとおかしい」


 ふと、自身の発言と昨夜の夢を顧みた紬の中に新たな疑念が生じる。

 現世から来た人間がこれまでにもいたはずだが、彼らは帰ることを希望しなかったのだろうか?

 もちろん全部ではないが、あちらで流行っていたライトノベルの設定でたびたび見られたように、家族や友人または同僚に上司との仲が良好ではなく、あちらに望みを見出せなかったから――という可能性も、視野に入れておくべきだったのか。

 「熟考したほうがいいかも」、と、紬は頭を悩ませた。


「どっちにしても、紬さんは王都に行くことになるわねぇ。ワタシたちは紬さんをお守りするための、ピースクラフターへの正式な入団手続きをさせてもらいたい。紬さんはユナイティア様の言っていた白いネコを探すだけでなく、スマホも直さないといけない」


 しかし今、何をするべきかは、ミルがそう語った通りである。

 まず王都へ足を踏み入れなくては、何も始まらない状況にいるのだ。


「スズカさん! 今は色が変わってるけど、実は白いネコちゃんだったりしないかなっ!?」

「いやいやいやいや、あたし元々三毛猫の獣人だよ!? ネコの獣人って最もポピュラーだし、ましてや白い子ならそれこそたくさん……あっ!」


 紬からの指摘に対し、ひどく取り乱して否定した時、スズカはあることを思い出す。

 それは――。


「思い……出した! この国のお城に住んでる姫様が白いネコの獣人だったよ! おまけに不思議な魔力をお持ちでおられる……! ひょっとしたら……、つむつむさんを元の世界に帰してあげられるかも」

「じゃあ、やることは決まりだね。ツムギちゃんのことは、私たちが責任を持ってまずは王都まで護衛させてもらうわ」

「そうと決まればしゅっぱーつ!」


 世話になったコンシェルジュのナズナやホテルマンたちに礼を言った後、荷物を持った紬たちはホテルを出て町の広場まで移動する。

 女神ユナイティアの銅像がある噴水の前に差し掛かったところで、紬がそれを指差した。


「あれですッ。ちょうどあの女神像とほぼほぼ同じ姿をしておられました」


 いったん立ち止まったルーナたちがユナイティアの像を見上げ、ルーナに至っては紬に対して二度見もして……確証・・を得る。


「……ウソは言ってないみたいね。わかった、やっぱりあなたが見たっていう夢の話を信じてみるわ」


 彼女はそこで笑顔とともにウインクをしてみせ、紬を心から喜ばせた。



 ◇



 クープの街を北に出て街道沿いにまっすぐ進んで行けば、そのうち王都ブラン・リュミエールへ辿り着く。

 道中では緑色のスライムや凶暴化したオオカミにイノシシ、コボルドやゴブリンなどの魔物も出たが、いずれもルーナたちピースクラフターの敵ではなく、露払いされて金銭や道具だけを残していった。

 なお、いずれもミルによって、肩慣らしと言わんばかりに農業用フォークの形をした三叉の槍で片付けられたらしいが、腕力と技巧に加え魔法も卒なく使いこなすその戦いぶりは、温和な振る舞いからは想像もつかぬほどすさまじかったという。


「ルーナさんたちがお強くて助かりました。私もうどうしたらいいか、しどろもどろだったし」

「いいの、いいの。さ、王都【ブラン・リュミエール】はすぐそこよ」


 まだまだ、戦いには不慣れな紬にとっては彼女たちの存在は本当に心強く、とくにルーナからもらった笑顔にはとても癒されたようだ。

 隙あらばミルからも抱き着かれ、それはそれは気持ちが良かったらしい。

 やがて、白い城壁に囲まれた大きな街の門へと辿り着く。

 この時点で、先ほどまでいたクープの街よりも更にスケールが大きいことを察した紬は、息を呑んで見上げた。

 そんな彼女をよそに、ルーナは城門の前に立つ衛兵へと掛け合ってみる。


「今日もお疲れ、【キャリー】! 調子はどう?」

「おお、誰かと思ったらルーナにピースクラフターの皆さんでありますか。その子は?」


 ルーナたちの後ろにぴったりついて行った紬は、門番を務める女性・キャリーの前に出た。

 そのキャリーは銀髪で額から一本角を生やしており、黒い立派な鎧を身に着けている。

 それでいて整った顔立ちをしていて、紬には彼女が格好良く見えた。


「と、東京から来ました……。天ノ橋紬です! よろしくお願いします」


 クロサイの獣人であるキャリーの前で、緊張から少しどもってしまった紬だが、意思はちゃんとキャリーにも伝わっており、実際笑みをこぼして受け入れる姿勢を見せた。


「ツムギ・アマノバシさんですか。確かに雰囲気からして、現世うつしよの子でありますな。悪い子じゃあなさそうだし……通ってよし! 何より、ミルさんたちもいることだしな!」

「あら、ありがとう。そこまで気を回してくれなくとも、良かったのだけどね……」


 そこから少し談笑をしたが、これはミルとキャリーが紬の緊張をほぐしてリラックスさせてやるためにやったことだ。

 なのだが、2人の想定を越えて、フェンリーとスズカも笑い出す。


「ミルさん! 【アンドレア】に会ったら、「たまにはちゃんと休めよー」って言っといてくださいね」

「もちろん。キャリーさんもご無理は禁物ですよ」


 門は開かれ、紬はピースクラフターのギルメンに連れられてその向こうへと一歩を踏み出す。


「ここが、王都ブラン・リュミエール……!?」


 白い外壁に赤や青の屋根が映える建築様式、種族を問わず行き交い語らう人々、昔からの伝統ある街並みを損なわぬ程度に建てられた高層ビル、そして何より目を引いたのは街の更に奥のほうに建てられた大きな城。

 彼女らの目に飛び込んで来たその広大にして活気に溢れた光景こそ、【白のキングダム】最大の都市――王都ブラン・リュミエールである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る