大空へ見送るラストエンディング 1

 鬱蒼とした森は空も覆い隠すほど大きく見えた。今日は雨。雨の日も空を飛んでいるが、今日の限ってはその気分ではなく、地面を足がつかない程度の低空飛行で旅を進めていた。特に目的もなく、誰にも縛られることもされず、ただ、旅だけをしていた。 

 そうして飛行していた時、先の方で何かが動くのが見えた。魔物か盗賊かと思い、少し高度を上げて様子を見たが、どうやらそうではなく、少女が散歩している様子だ。少し安心して、どうせなら挨拶くらいはしようと思い、高度を下げて少女の方へと近づいた。そこで初めて気が付く。少女は顔が陰ではっきりと表情が見えず、体も全体的に暗いのだ。


「こんにちは。君、こんな雨の日にお散歩?」


 試しに挨拶をする。すると、少女は声で返答する代わりか、私のことを手招きした。その後、道なき道へと入り込んだ。

 少女のその行動が異様に気になり、後を追うように獣道をしばらく進むと、行きついた先は3階建ての大きな屋敷の敷地だった。中央開きの柵門は開いており、天候のせいもあってか不気味に見える。外からは人がいる雰囲気を感じない。だが、建物は綺麗でひび割れも汚れも何もなかった。

 屋敷に目を奪われていたが、気付くと屋敷の玄関前に少女が手を挙げて読んでいることに気づいた。やはり私を呼んでいるようだと感じ、ここまで来たからにはなにかしら事情があるのだろうと思い、少女の元へと移動する。その途中で、少女は玄関の中へとドアを開けて入ってしまった。私もそのあとを追い、玄関扉を開け、屋敷の中へと入った。

 屋敷の中は暗く、屋敷の心の中を見ているようだ。なのに、ほこりっぽさはなく、人が住んでいない割に荒廃は進んでいる様子はない。


「ねえ、君はここにわたしを呼んで何かしたいことでもあるの? 遊びたいなら別にそれでいいけど」


 少女の姿が見えないので、声を出して呼びかける。すると、どこかで隠れて様子を見ていたのか、奥の方の扉の前に少女は現れ、再びわたしに手招きをして中へと入った。その扉に向かって歩き始めると、突然、地面より黒い液体のようなものが出現し、それは1体のゴブリンに変形した。その手には長剣が握られており、明らかな敵意を感じ取る。 


 すぐさま箒を構え、戦闘準備を整える。ゴブリンは長剣を構えてこちらに向かって走り出し、乱雑に振り回す。私は魔法壁を正確に剣の軌道上に発動し、最小限の流れで攻撃を防ぐ。そして衝撃の小魔法でゴブリンを弾き飛ばす。大きくのけ反った隙に、水の小魔法で蛇を形どり、ゴブリンに絡ませて動きを封じる。すぐに雷の中魔法で嘴の鋭い鷹を出し、俊敏に飛来してゴブリンの体を貫いた。ゴブリンは雷魔法の鷹に貫かれ、全身に電撃が走り、そして最後には倒れ込んで黒い液体に戻り、離散した。


 一仕事を終えた私は、少女がいた扉に近づき、中央開きの片方の扉を開ける。そこは大広間となっており、中央には長いテーブルに均等に椅子が並べられていた。どうやら、お客が来た時などに使われていたようだが、今は無残にももてなすための皿はなく、ほこりの盛り付けがされていた。少女はその奥の席のそばに立っていた。よく見ると、そこにはなにか紙が置いてある。私はきょろきょろと周りを警戒しながら近づき、その紙を見た。


《この屋敷に取り残された物語を完結させてほしいのです》


 その紙には、こう書かれていた。


「物語の完結? それはどういう意味? あなたは私に何をさせたいの?」


 佇む少女にそう呼びかけた。すると、少女は右手を差し出してくる。その手には、いつの間にか同じような紙があり、言葉が書いてあった。どうやら少女の疎通方法は筆談のようだ。


《ここはある絵画魔術師が全盛期に使っていた屋敷。ここには唯一未完成の作品が取り残されているのです。さっきの黒い魔物は、未完成の物語から出て来た魔物。あなたの敵であり、私の敵なんです》


 書かれた言葉で、少し状況がイメージできるようになる。ここにはかつて絵画魔術師がいた。そして、その魔術師は、ある一つの作品を未完成のままにしてしまった。そこの登場するキャラクターたちが、絵画魔術師の魔法で絵から出て来て動ける状態で、屋敷の中を徘徊するようになった。このような予測は出来る。


「それじゃあ、あなたもその物語のキャラクターなのかな」


 少女は頷く。


「分かった。それで、あなたは私に何をさせたいの? 物語は書いたことないし、他人の作った未完成のものを完結させることなんて出来ないと思う」


 少女は再び紙を渡してくる。


《ここには未完成のまま見放され、怒りに支配されたキャラクターたちが居るんです。そのキャラクター達を消滅させてほしいのです。それをすれば、その物語はエンディングを迎えることが出来る》

「つまり、さっきのような襲ってくるキャラクターを倒せば良いの? なんかすごい数いそうだけど」

《確かに、小物系はたくさんいます。でも、その背後には大物の存在があります。その大物を倒せば大丈夫なんです。大物は全部で3体います。なので、あなたにはその大物を倒してほしいんです》

「大物ね。そんな簡単に人に頼んで良いものかなって思うけど、まあ興味があってついてきたし、死なない程度にやってみるよ。ただ、危なくなったら逃げるからね」

《それで良いです》

「分かったよ。でも、あなたはなぜ物語を完結させたいの? しかも、通りすがりの旅人に」

《それは、怒りに支配されたキャラクターたちの力が強大になっているからです。このまま放置するのはとても危険だと思い、お手伝いをお願い出来る人を探していたんです。放置をしてしまうと、力がもっと高まってしまって、いずれ近くの村から街、あげくはお国まで滅ぼしてしまうかもしれません》

「それは大ごとだし、私も旅人だし無関係ってわけにもいかないか。なるほど、だから手が負えなくなる前に消滅させないといけないんだね」

《そのことを理解していて何もしないのは嫌だったので、こうして旅人さんを見つけてお願いしているんです》

「分かった。もっと細かく気になるところはまた後で聞くとして、まずはどこに行けばいい? いろいろと大きそうな屋敷だし、すぐには見つけられないかもね」

《ここは3階建て。それぞれが各階にいる。だからまずは1階を探してほしい。ごめん、私もどこにいるのかは分からない。だから、一緒に探してほしい》

「そっか。分かった。それじゃあ、のんびりと探そう。こういうのはのんびり時間を使うのが一番いいからね」


 かくして、旅の寄り道で出会った顔の見えない少女に誘われ、忘れ去られた屋敷で、忘れ去られた物語と出会った。その流れで、その少女の願いを聞き入れた私は、物語のキャラクター達をエンディングへと導くことに、協力することになった。それは、悲痛に消える物語と、全く知らずに。

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