双黒 『今週の負け惜しみ中也』

べる

君は僕の犬だろ?

中原中也は立ち尽くしていた。魔都横浜の夜の代名詞ポートマフィアの中でも突出した体術遣いであり、強力な異能力者である中原中也がだ。彼の目前にはある写真。

「あんのクソ太宰。」

その写真を握りつぶしながら中也は部屋を飛び出る。


 「おい、太宰!こりゃ一体何だ!あぁ!?」

そこでは太宰が彼の直轄部隊に次の作戦についての指示を出しているところだった。中也が入ってきた瞬間、部隊に属する構成員から聞こえるか聞こえないかのほんの少しの笑い声が漏れる。奇妙な違和感を覚えつつも中也はさらに太宰に詰め寄る。

 「ふざけてんのか、テメェ。やるなら堂々と来いや、陰湿な真似しやがって。」

 「ふざけてなどいないさ。中也を僕の犬にする計画を順調に進めているだけさ。ほらね?」

 太宰が中也の握りしめていた写真を取り上げながら言う。その写真には犬のカチューシャを着けられ、顔にひげの落書きをされて眠っている中也が写っている。目覚めと同時にそれを見た中也が太宰のもとへと飛び込んできたという訳だ。

 「よく出来ているだろう。わざわざ従順そうな犬のカチューシャを取り寄せたのだよ。」

 自分の出来に心底満足しているような顔にさらに嫌気がさす。

 「んなこだわりなんぞいらねんだよ!」

 「でも似合ってるよね?中也の犬姿。」

 と太宰は周囲の部下に問いかける。

・・・・は?待て、何で部下にそれを問いかける?そいつらはこの写真のことは知らないはずじゃ・・。まさかっ!?

「おい、本当の目的はなんだ?なんでこんな写真が必要だった?」

「え?僕の目的はいつも一つだよ。君への嫌がらせ。まぁ、今回は『今週の負け惜しみ中也』の特典にしたかったから大量に印刷してあるけどね。」

太宰の言葉に中也は呆然とした。そもそも『今週の負け惜しみ中也』なるものだって中也は納得していない。太宰が勝手に発行しているのだ。しかし、太宰の嫌がらせはいつだって本気だ。この写真ももうマフィア内の大部分に広まっていることだろう。

「あ、ちょっと待って。中也。ずれてる。」

そう言って太宰が呆然として固まっている中也の頭に手を伸ばす。そこで中也はやっと頭にある感触がいつもと違うことに気づいた。これは・・何だ?自分の手で頭にある物の正体を探る。ふわふわの感触。二つ垂れ下がった触覚のようなもの、いや、これは耳か?そこではっと気づいた。―――犬だ。目覚めてすぐ部屋を飛び出してきたためカチューシャは着けっぱなし。走ってきたからそれがずれていたのだろう。クソ太宰はご丁寧に正しい位置に着け直してくれたようだ。おそらく顔にあるひげの落書きもそのままなのだろう。奴の顔を見れば分かる。この部屋に入った時のあの微妙な笑いの原因はこれか。


中也は太宰を蹴り飛ばそうとした。が、寸前で思いとどまる。このまま奴に突っかかれば本当に犬だ。それにこれ以上部下にこの姿を見られるのは我慢ならない。しかし、このまま引き下がれば奴に負けるようなものだ。進むも地獄、戻るも地獄だ。これも奴の計算の内かと思うと余計に腹が立つ。太宰はというとニヤニヤした表情でこちらを見ている。

「いつかテメエには首輪つけてやるよ。」

精一杯の言葉を返し、自室に戻る。こんな格好では外を歩けやしない。カチューシャを投げ捨て、洗面台で顔を洗った時に更なる絶望が中也を襲った。

「あいつ、油性ペンで書きやがった・・。」


中也が去った部屋で太宰は部下に命じた。

「作戦は先刻打ち合わせしたとおりだ。それと、さっきの中也の醜態はまだばらしちゃだめだよ。来週の分の『今週の負け惜しみ中也』のネタにするからね。」

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