第2話  捜査

 被害者は青年で、なかなか整った顔をしていた。血で汚れているのを気にしなければ、だが。

 遺体を見下ろしながら、アシェルはため息をついた。

 ここ、アスターの街は特徴のないところが特徴という、のどかな街だ。ケンカや強盗があっても、めったに死者はでない。

それでも、たまにはこんな事件が起こる。事件を防げなかったことも含め、街の治安を護るストレングス部隊のアスター街十七番地区隊長として嘆かわしいことだ。

「被害者はラクストという名で、近所に住んでいたそうです」

 隊長補佐のサイラスが、手帳を広げて報告を始めた。

「昔、この倉庫で働いていたことがあって、暗証番号を知っていたって」

 サイラスは、そこでちらりと遺体に痛ましげな目を向けた。

「ああ、だから被害者は倉庫の中に入れたのか。ていうか、こまめに番号を変えとけよ」

 アシェルは思わずこの場にいない倉庫の持ち主に突っ込んだ。

「あ、でもそれわかります。鍵の管理って面倒なんですよね。僕なんて、前金庫にそれを開ける鍵を入れて閉じちゃって、開かなくなったことがありましたよー」

「いや、それは面倒くさい以前に、ただのアホだろ……で、職業は?」

「短期間の労働で食いつなぎながら、見習い錬金術師をやっていたようですよ」

 本来、安い物質から金属を作り出そうと始まった錬金術だが、今は新しい薬品を作り出したり、使いやすい合金を作り出したりする科学者の別名のような扱いになっている。

「錬金術師ねえ。この恰好を見るかぎり、儲かってるように見えないが……」

 アシェルの濃い青色の目が、改めてあたりを見回した。

 棚に入っているのはチーズや乾燥させた果物など、食べ物がほとんどだ。

 死体の傍らには、酒ビンが一本転がっていた。髪も血もついているし、凶器はこれに間違いないだろう。

 その横には幼い子供ならしゃがめば入れそうな鉄製の缶があった。その缶の周りには、野菜の葉の切れはしや卵のカラなどが散らばっているから、おそらくは落としてダメにした商品や、ちょっとしたゴミを捨てるための物。そこで黒い塊がくすぶっている。

 自分の青い短髪に、熱で舞い上がった灰が降ってきて、アシェルはそれを払いのける。

「しかし、これは何を焼いたんだ?」

 だいぶ勢い良く焼けたらしく、缶の中にあったものはすべて黒焦げになっていて、もとがなんなのかわからない。

「普通だったら凶器……って言いたいところですけど、違うみたいですしねえ」

 サイラスは血のついたビンを薄気味悪そうに眺めた。

「これはハーミットの鑑定を待たないといけないな」

「アシェル」

 倉庫の扉から顔を出したのは、見事な赤い髪を腰までたらした、女性の隊員だった

「面白い話を聞きましたわ。深夜、ここで被害者が誰かと言い争っているのを聞いた人がいるの」

「ほう、さすがダーリン、ファーラ副隊長。もうそんな重要な証言を拾ってきたか」

 ほめ言葉にも、『ダーリン』呼びの冗談にも、ファーラは応じないでツンとしている。

「でも、その証言をした人は、そんな時間にこんな森のはしっこで、一体何をやっていたんです?」

 サイラスの疑問も、もっともだった。

 この辺りは街と森の境目で、昼間の散歩にはちょうどいいけれど、そうそう深夜に行く用事ができる場所とは思えない。

「なんでも夜中に子供が熱を出したらしくて。この近くに薬草を摘みに来たらしいわ。今の時期、ここまで来ないと生えてなかったって」

「ああ、それなら納得だ。で、争っている相手はわかっているのか?」

「いいえ、女性だったということしか」

「めちゃくちゃ怪しいな、それ……」

 被害者の恋人だったりするのだろうか。痴話げんかの果てにカッとなって殺害、なんて分かりやすいぐらいに分かりやすすぎる。

「ファーラ。その相手が誰だか探ってくれ」

「分かりましたわ」

「それじゃ頼んだ。サイラスは倉庫の持ち主、ディウィンだったか。彼に話を聞いてみてくれ」

「はい」

 扉越しに、馬車が道をやってくる足音が聞こえてきた。

「ああ、ハーミットがついたみたいね」

 ファーラの言葉がなんとなく合図になって、三人は倉庫の外に出た。

 外はかすかな霧も薄暗さも消え、早朝の雰囲気は完全に消え去っていた。今までほこりっぽく、焦げ臭い場所にいたので、やたら空気が新鮮に感じた。

 一応、入口前に立ち入り禁止のロープは張ってあるものの、場所が場所だけに野次馬はいない。出入り口近くだけ、重い荷物の出し入れで土が削れないようにか、レンガで舗装されていた。

 なだらかな斜面を登って来た馬車が、倉庫の前に横付けする。幌には、杖の先端にランプをぶら下がっている文様が描かれていた。研究にかけた長い時間と、それで得られた知識の光を表すハーミットの紋章。

 長いローブをひるがえしながら、馬車から男達がぞろぞろと降りてくる。その誰もが、奇妙な仮面をつけていた。目の部分に円いガラスがはめられ、鳥のように長いくちばしのある仮面。

 馬車からおりると、ハーミットたちはさっそく地面や倉庫内を調べ始めた。

 現場を調べ、犯人に繋がる証拠がないかを調べる役割を持つハーミットがそんな恰好をしているのは、証拠に自分の髪やまつげなど異物が入らないようにするため。また、現場に残っているかもしれない細かな証拠や、毒物なんかを吸い込まないため。

 アシェルもわかってはいるが、異形の格好したものが、地面にはいつくばって調べる様子は、なんだか怖さが売りの劇か、悪い夢を見ているようだと思ってしまう。

 きしんだ音をたて、倉庫の扉が開く。担架(たんか)に乗せられ、死体がハーミットの馬車に乗せられていく。

 アシェルは冥福を祈る仕草をした。ファーラとサイラスもそのあとに続いた。

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