私の帰る家
雪が降り、長く続く白日にも少しの飽きが起き始めていた。幾日も変わらぬ光景に特に刺激もなく同じように地元の食事を食べて、温泉に入り男に抱かれる、そんなことに私は少しづつ飽きを感じていたのである。男に求められることに初めは肉体的、精神的喜びを感じていたが、今では体の痛みも出始め自分が技術者だと思い込んでいる相手の男に対する怒りも覚え始めていた。
「ねえ、」
「なに?」
「今って何日?」
「12月29」
「そろそろ帰らない?」
「まあ、大晦日も近いしな」
「いつ帰る?」
「頑張れば今日中に帰られるけど、どう?」
「じゃあ、今日中に帰りましょうか」
私達は、話が終わると早速帰り支度を始めた。お互い早く家に帰りたかったのだろうスムーズに早期帰宅の準備が整った。年が暮れるに従い、雪は降り積もり空は印象的な灰色を見せていた。私は、この旅行で食した塩釜に包まれた魚を思い出した。魚の鱗のように凸凹していて、上から降る雪が塩のように灰色の旨味のない雲に味を与えていた。
新幹線の駅に向かう途中う私達は地元の鉄道に乗りながら長いこと、眠たくなる温かさに包まれた。窓の外から見える景色はさほど関東と変わらなかったが、雪が降る分感傷的になってしまう。得てして人間は雪景色に自分の感傷を反映してしまうものだ、私の憂い…最近では今隣でいびきをかきながら舟をこいでいる男にも飽きが来ている頃合いだ。しかしながら、新しい男と出会おうという気持ちは微塵も湧き出てこない。ただ、今まで感じていた優越感や背徳感が全くと言えるほど感じない。一体私はどうしてしまったのだろう、燃え尽きて灰になってしまったみたいに無気力状態になってしまった。ああ、折角だし今日からは家族サービスでもしようかな。
「なあ、」
「なに?」
横でいびきをかいていると思っていたら、いつの間にかコンビニで買ったグミを食べていた。
「これからしばらく会えなくなるから」
「ええ、私もこれから当分会うことができなるのよ」
「帰省?」
「そうね、それと家族サービスよ」
「お母様は大変ですね」
「料理、洗濯、掃除、家に帰ったらやることがたくさんあって気持ちが思いわ」
「旦那さんは家事とかできないの?」
「私の夫が?ないわよ」
「家に帰ってみて、奇麗に片付いてたらどうする?」
「ないない、あの人てんでそう言うの出来ないもの」
「愛子が家を空けている間に家事万能お父さんになってるかもよ」
「それなら不倫相手を家に連れ込んでるって言われた方が納得できるわよ」
そんな他愛ない話をしている間に目的の駅に着いた。駅に着いてから、新幹線に乗り、駅弁を食べる。行きと同じようでいてどこか違う、行きのワクワクとする気持ち駅弁を開けたときの感動一つ一つに希望の色がかかる。帰りでは、行きを思い出して寂しくなる気持ち、普段の生活にもどる安心感とに包まれて駅弁がおふくろの味にさえ感じられる。一つ一つに意味がある、この世に同じことなど一つとして起こらないのだ。
「そっか…」
「どうした?」
「あ、いえなにも」
「そう?」
そうか、同じことのように見えても同じものはないのだな。夫に悪いかな…。でも、退屈な毎日には変わりなかったはず。もう一度この不倫旅行の機会が合ったら私は必ずもう一度行くだろう。
彼と別れてから私は帰路に着いた。何度も通ったことあるはずの道が私には新鮮に感じられる。関東の匂い。地元の匂い。秋田の匂い。雪の匂い。沢山の思い出を心に潜めながら私は夜の道を歩いていた。玄関の前に着き、扉に手を掛けてみた。
「あれ?」
鍵がかかっていたのである。私はインターホンを押した。
反応はない。
もう一度押した。
反応はない。
私は自分の鍵を使い扉の鍵を解錠した。家の中は真っ暗闇、人がいないことが一瞬でわかった。
「なによ、外食ばかりなのね」
私は、部屋の電気をつけた。
「え?」
部屋中がきれいに整頓されていたのである。まるで、誰かが自分の痕跡を隠すようでいて、逆に強く主張しているようだ。私は、最悪の想像が頭に浮かび膝から崩れ落ちた。
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