きとう 夫

 時刻は深夜二時を過ぎている、娘は眠りについている。普段なら私も娘と眠りにつく時間帯、私は夜更かしをしながら彼女との一時の幸せに浸っていた。凍えるような寒さを緩和するためにガンガンに炊く暖房の温かさに包まれて、私は眠気と闘いながら彼女の話に耳を傾けていた。

「拓未さん聞いてますか?」

「え?うん、聞いてるよ」

「嘘、うとうとしてたでしょ」

「いつもなら寝てる時間だからさ」

「奥さんとは、チョメチョメしないんですか?」

「しないなー、みゆが生まれて以来してないかも」

「欲求はないんですか?」

「あるけど…」

「けど?」

「なんか、みゆがいると上手いこと時間が作れないんだよ」

「でも、私とこうやって話しているんだから時間を作れないことないんじゃないですか?」

「そりゃあ、そうなんだけど」

「しちゃう?」

「…ばか」

「嘘ですよ。まあ、どうしてもって言うなら良いですけど」

「私は体が目的じゃないんです。ただ…一緒にいられれば…それで」

「あら、嬉しいこと言ってくれますね」

何だ、美幸先生は普段はこういう感じだったのか?

「なんか意外です」

「何がですか?」

「もっと、清楚な感じだと思っていました」

「清楚じゃないですか!私はまだ純潔を守っています」

「そういうことじゃなくて!…小悪魔だ…」

「女の子は秘密とちょっとの意地悪で男を惑わすんですよ」

「騙されちゃったな」

だからいやかと言えば、そうではない。彼女と話していると、どこか心地よい温かさを感じていられる。

「でも、私は本気で好きですよ」

「なぁ⁉」

「なぁ?」

「何でですか?」

「何がですか?」

「今年まで接点だってなかったじゃないですか、なのに何故?」

「運動会です」

「運動会?」

「はい、去年運動会で私が重労働の末に倒れそうになった時に、声をかけて私の仕事を代わりにやっていただき、助けていただきました」

「そんなの、私じゃなくてもやっていたと思いますよ」

「誰も助けてくれなかったんです。同僚も保護者も、見て見ぬふりや出来て当たり前と言う顔で私を見ているだけなんです。あの頃の私は、心の底から病んでいたんです。でも、拓未さんだけが私を助けてくれたんです。だから、今度は私が拓未さんを助ける番かなって」

「助けてくれるんですか?」

「ええ、」

「どうやって?」

「こっちに来てください」

私は招かれるにしたがって彼女の元まで歩み寄った。彼女が微笑みながら此方を見ていた。彼女の笑みは普段の太陽のような温かさとは違い、宵闇から現れる大人の女の微笑みであった。女の人には、秘密がいっぱいあるんだな。

「愛してる」

彼女はそういうと、私の頭を胸に抱いた。彼女からは、果実の様ではなく何かお菓子のように甘ったるいようで惹きつけられる様な香りがした。彼女の胸は、私の凝り固まった頭を溶かすように柔らかく、心地よかった。耳元に彼女の吐息がかかった。私の首元に彼女の髪がさらさらと触れ少しくすぐったくもあり、青春の風にくすぐられているようでもあった。その時、この間のみゆの顔が頭に浮かんだ。私は甘えてばかりもいられないのだ、強い父親でいなくちゃならないのだ。

「私は既婚者で」

「妻子持ちなのでしょう」

「はい」

「それでも、私はあなたを愛している。あなたは?」

「私は…」

「わたしは?」

「美幸を愛してる」

「嬉しい」

「僕は…」

僕は、

「僕は寂しかったんだ、娘の為…そう思ったけど…僕は…僕は…」

私は、むせび泣いてしまった。この間と同じだ、彼女に包まれていると私は真の意味で生きることができるのだ。

「奥さんが帰ってくるまでの間だけ、私に甘えてもいいんです。少し休んでもいいんです。辛いことからは逃げてもいいんです。」

「美幸、少しこのまま抱いていてくれ。少しの間だけ…こうやって…二人で」

私は心地よい微睡に沈みながら彼女の最後の言葉を聞いた。

「ええ、よろこんで」

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