第2話 ノブナガ、最後の聖戦を決意する

「だけど、現存するロンギヌスの槍は偽物だという話だよ」

 イエス・キリストよりずっと後の時代のものらしい。これは隣の幼馴染に聞いたのだ。あの男、女心は分からないくせに、こういう事だけはよく知っている。


 そもそも、イエス・キリストを刺した槍が聖遺物というのも、日本人の感覚からすれば変な話だ。最後の晩餐で使ったという聖杯ならともかくだけど。

「聖人に触れたものまで神聖性を帯びるって考えなんだね」


「なるほど、それはまるで最近流行っているウィルスのようではないか」

 ああ。たしかに状況からは接触感染と言えなくも無いが。


「つまり、これがいわゆるというやつかのう」

 成人病みたいに言わないで。それに最近は成人病じゃなく、生活習慣病って言うみたいだし、感染するものでもないし。

「そういえばノブナガ、ちょっと太り過ぎだよね。食事を見直した方がいいかも」

 ネコにも生活習慣病はありそうだしな。

「聖杯とか探してる場合じゃないんじゃない?」


「いや、聖杯の手がかりを持つ男なら知っておるのだが、今はこの星におらぬからのう。そこで蘭丸。ロケットを一機、買って来てくれぬか」

 今度はあの映画とあの映画か。一体どういう基準でビデオを見ているのだ、隣の幼馴染は。

 いや、本当に居たとしてもロケットで追いつける相手じゃないだろ。銀河系一速いんじゃなかったっけ、あの宇宙船。


「おう、しまった。金を借りるにしても胸が無いのだった」

 ノブナガ、貴様。その話は二度とするな。


 ☆


「蘭丸、これを見るがいい」

 そう言ってノブナガは一冊の本を咥えてきた。

 あたしの唯一の歴史資料『まんが日本の歴史』(対象年齢小学6年生)だ。


「これはロンギヌスの槍であろう」

 はて。そんな記事が載ってたかな。それにこれ、日本の歴史だけど。

 あたしはノブナガの言う通りページをめくる。


 本当だ。裸の男が磔にされて、槍で刺されている。何となくキリスト最後の場面っぽい。まさか日本にもロンギヌスの槍が伝わっていたとでも言うのか。

 刺されているのは、鳥居強右衛門さんというらしい。

「とりい、つよ…えもんさん、かな」

「愚か者め、すねえもんと読むのだ」

 でも読めない。


「ところで蘭丸、これは何の戦いの場面だ」

「えーと。場所は長篠で、戦っているのは徳川と武田だって」


「ふうっ!」

 ノブナガは耳を伏せ、しっぽを丸めた。あたりをきょろきょろ見回す。

「それは……しんげんか」

 聞こえないくらい小さな声で言う。

「はあ、なんだって?」

「愚か者、声が大きい。それは武田信玄かと訊いておる」

 ん? いや。

「武田勝頼という人だよ」


 起き上がったノブナガは身体のあちこちを舐め始めた。急に安心したのが丸わかりだ。

「ふん、勝頼など恐れるに足らぬわ」

「やっぱり信玄さんだったら?」

「ふおっ!」

 また耳を伏せ、瞳孔までまん丸く目を見開く。

 からかうのはこれくらいにしてやろう。ノブナガにとって余程、武田信玄は怖い相手だったらしい。ネコになっても条件反射が残っているくらいだからな。


「信玄を恐れていたのではない。奴の騎馬隊が厄介だと、ただそれだけだ」

 はいはい。

「でもその騎馬隊も鉄砲でやっつけちゃったみたいだけど」

「なに。鉄砲でロンギヌスの槍を持つ相手を倒したのか。ならばその者は天才かもしれぬのう」

 今度は、ノブナガはベッドの上でごろごろ転がっている。


「ちょっと、痒いの? まさかノミとか付いてないでしょうね」

「うむ、背中がかゆいのは気のせいだ。決してノミなどではないぞ」

 なんだか自分は花粉症じゃないと言い張っている人みたいだ。これはあとで掃除機をかけなくては。


「なるほど。やはり、これからはロンギヌスの槍ではなく鉄砲の時代と云う事か。参考になるのう」

 日本史上、鉄砲を大量導入して長篠の戦いで勝利したのは、他ならぬ織田信長自身なのだが。


「これからは、わしも海外に目を向けねばならぬ。わしの地位を狙うものは国内だけではないからのう」

 いや、ノブナガの地位って。商店街のデブネコとしか見られてないような……。


「ふふ。忘れておるようじゃのう、蘭丸」

 その時、ノブナガの背後にゆらゆらと黒い妖気が立ち昇った。


「我は『第六天魔王』だという事を」

 あたしは思わず悲鳴のような声ををあげていた。


 ☆


「あー、おやつに食べようと思っていたピザが黒焦げになっちゃったよ」

 トースターのスイッチを入れっぱなしだった。黒い煙が上がってから、やっとそれに気付いたのだ。


「何じゃ。ちゃんとわしの話を聞け」

「え、なんだって。もう知らないよ、聖杯もロンギヌスの槍も。このショックから立ち直れないんだけど」

 真っ黒いピザのインパクトはそれ程のものだった。しかもこれ、この間から二回目なのだ。

「二度ある事は三度あると言うからのう」

「不吉なこと言わないで」

 3回目のインパクトはご免だぞ。



「で、どうするの。海外戦略って」

「なに。これからも重臣どもに散々論議をさせておいて、最後にわしがひっくり返すという、いつもの手法で行こうと思うぞ」

 ……ノブナガ。お前に人望がないのは、そこら辺に原因があるような気がするが。


「これが本当の、論議ロンギヌ(ス)きの やりというやつだな」

 えーと、何だって?


 かかか、と笑い、ノブナガはあたしの黒焦げピザをまたいで部屋を出て行った。



おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ある日うちのネコが聖戦を始めたんだけど 杉浦ヒナタ @gallia-3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ