第34話 来訪者と悪役令嬢 ~中編~


「神域結界」


 千早は大地に手を着くと、自分に起こせるギリギリの広さで結界を展開させる。

 幼女を中心に、ざざっと音をたてて広がり、その大きさはタランテーラをほぼ包みこむように光の柱を打ち立てた。


 しかし、それは直ぐに消え去る。


「やっばいわ、これ。秒で百ぐらい魔力吸われるなも」


 古代帝国の残した遺産、魔術式タランテーラ。

 これが魔力を吸い上げ、この大陸から魔術を失わせた元凶なのだと幼女は説明する。


 結界から出られない幼女のため、国王を筆頭に国の主だった者が、戦場を訪れた。

 幼子は王太子の命を救い、彼女の魔術で多くの騎士達を癒してもらった。おかげで、現場は溢れる野獣らを撃退する事に成功していた。

 丁寧に御礼を述べる国王をとめ、千早は簡潔に要点を話す。


「流刑地アルカディアにある古代の魔術式タランテーラを止めたい。協力していただけるか?」


 真剣な眼差しの幼女から、国王達は経緯を聞く。


 幼女いわく、外の大陸にある北の大地。そこの地下には庭園があり、巨大な世界樹という木に精霊王が棲まわれていた。

 精霊王は精霊を生み出し、世界の秩序を守る者。

 しかしある時、邪神の信徒による襲撃にあい、庭園の世界樹が枯らされてしまう。

 精霊王は世界樹にしか根づけないため、このままでは依る術もなく消滅し、世界に太古の災いが甦る。阻止するには新しい棲み家が必要だ。


「ひょっとして、それは....」


「そう。ここの大地に生える、あの大きな樹だよ」


 そう言うと、幼女は顎で樹海を示す。


 鬱蒼と繁る深い森の中心に、一際大きい緑の塊が見えた。


 あれが世界樹。知らなかった。


 唖然と森を凝視する人々を、さっと一瞥し、千早はエカテリーナを見据えると、剣呑に眼を光らせる。


「あんた、レベル幾つだ?」


「たしか...42なはずですわ」


「あんたにしか頼めない。樹海に赴き、タランテーラを止めて欲しい」


「わたくしが? もっと屈強な騎士達の方が...」


 困ったように顔をしかめるエカテリーナに、周囲から不思議そうな声が上がる。


「お待ちください。レベルとは一体なんですか? アルカディアが流刑地だとか、太古の魔術式がタランテーラとか....全く理解が及びません」


 そこからか。


 幼女は軽く嘆息し、女神様らから聞いた話をした。


 いわくアルカディアは元々、外の大陸に存在した古代帝国の流刑地であり、樹海に設置された神殺しと呼ばれる太古の魔術により、常時魔力を奪われている。

 奪った魔力は魔石に変換され帝国が回収する、人工の魔石製造地。延々と虜囚から魔力を奪い続ける鳥籠なのだ。

 古代帝国が滅んだ後も術式は機能しており、魔力の高いモノほど致命傷を負う。

 神々などは魔力の塊だ。ひとたまりもない。


 ゆえに、この大陸に住まう人々は、魔力もないし、魔術も使えない。


「アタシ達は世界に災いが起きないよう、ここの世界樹に精霊王を根づかせたい。そのために太古の魔術式を止めて欲しい」


 説明を聞き終えた人々は、愕然とした顔で千早を凝視する。


「我々が流刑囚の子孫....?」


「精霊王に魔術? 信じられない」


「しかし、現に、ここには魔法陣があり、治癒魔法で騎士団は助けられたのだ」


「タランテーラ...我が国の語源が魔術式の名前だったとは」


 騒然とする人々の中で、一人の男性が挙手をした。


「それで我が娘しかタランテーラを止められないとは、どういう事か?」


 手を挙げたのは辺境伯。


 彼は猜疑的な眼差しを隠しもせずに幼女を睨めつけた。

 しばし思案し、千早は人々を見渡す。


「この中で天啓を受けた者はいるか? 頭の中に響く声を聞いた者は?」


 誰もこたえない。それに狼狽えたのはエカテリーナだった。


「え? 戦えばレベルが上がりますわよね? スキルを得たり」


 彼女が口にする言葉の意味がわからない。人々はエカテリーナを見つめて首を傾げる。


「なんの事だい?」


 真顔で尋ねてくる兄に、エカテリーナの顔から血の気が下がった。

 それを見て、幼女は改めて確信する。


「あんたさんだけがレベルを所持しているんだよ。この大陸で唯一女神の加護を持つ、地球人の転生者だから」


 千早の言葉は、寝耳に水な爆弾発言だった。


 いわく、この世界には神々から加護を賜りスキルや支援を得てレベルを上げると言う概念があるらしい。

 しかし、魔力が存在せず、神殺しの術式があるため、アルカディアを訪れる神々はいない。支援する精霊も。

 ゆえにレベルも所持出来ず上がってる人間はいなかった。

 神々の御加護がなくば不可能なのだ。


 そんな中、唯一御加護を所持していた者。それがエカテリーナである。


 話を聞けば、幼女の故郷は地球と言う異世界。そこより転移し、この世界に訪れたと言う。千歳も同じなのだそうだ。

 彼女らの世界は滅びに向かっており、神々の慈悲によりこの世界に招かれた。

 招かれるのは人間ばかりではない。地球で亡くなった魂もこちらに呼ばれるらしく、その中の一人がエカテリーナなのだと言う。


 いや、待ってよ。なにそれ?


 エカテリーナの困惑を察したのだろう。幼女は苦笑し、さらに説明を加えた。


「転生する者の中には記憶を継承する者もいるらしいが、たいていはそのまま生まれ変わる。地球から転生した魂は、その場で御加護を賜るんや。だから生まれた時から加護を持つ。転生者特典やな」


 なんという事でしょう。


 茫然とするエカテリーナに、幼女は人の悪い笑みでニヤリと微笑んだ。


「あんたさん、レベルが上がってもスキルをもらっても不思議だとは思わなかったやろ? 当たり前に受け止めて、当たり前にレベル上げしてたはずや」


 言われてみればその通りだった。レベルが上がるのが楽しくて、エカテリーナは冒険者の真似事までやっていたくらいだ。


「それ地球人の特徴な。記憶は無くともそういった概念は残ってるみたいで、当たり前に受け止めてるんだよなww」


 にししと笑う幼女。

 聞けば、地球の文化の一つにゲームやラノベとかいう物があり、そういった物でレベルやスキル上げは日常的に行われているのだとか。

 慣れ親しんだそれらが概念として基本にあるため、転生者らは当たり前に受け止めている者が多いらしい。


「なんとまあ....」


 軽く瞠目し、国王は嘆息する。


「そういう訳で、レベルとスキルを持つ彼女に行って欲しいんだ。ぶっちゃけ、この中で一番強いのは彼女だしな」


 ざわりと人々がエカテリーナを見つめる。


 言われて見れば彼女は野獣達の襲撃で、常時最前線にいた。

 騎士団の遊撃隊が始終交代する中でも、一人前線を走り回って指示を出し、最初から最後まで激戦地に身を置いていた。


 今更ながらにエカテリーナの異常性に気がついた騎士達は、ぞわりと全身を粟立たせる。


 そんな周囲を余所に、エカテリーナは別の事を思案していた。


 このままでは国が荒れる。撃退出来たものの野獣らが消えた訳ではない。また何時なんどき襲われるか分かったものではないのだ。

 樹海の異変を調べ、手を打たないと取り返しのつかない事になるかもしれない。


「分かりましたわ。わたくし樹海を調べ、古代の魔術式とやらを止めてまいります」


 背筋を伸ばし、きっぱりと答えるエカテリーナを、信じられない顔で周りが見つめる。


「馬鹿なっ、こんな子供の言葉を信じるのか?! こちらが知らないのを良い事にデタラメを言っている可能性だってあるんだぞ???」


 噛みつくのは王太子。相変わらず思った事をそのまま口にする御仁である。


「メリットは?」


「は?」


「スメラギ様が、わたくし達を騙すメリットはなんですか?」


「それは....」


 口ごもる王太子を冷めた眼で見据え、エカテリーナは周囲に聞こえるよう口を開いた。


「わたくし達を救い、さらには世界の危機を救いたいと言うスメラギ様に何の企みがありましょう。我々が知りえない理由を御存知で、それら全ての疑問に答えを下さった。ならば協力し、今を乗り切る事こそが我々に課せられた最優先の事案ではありませんか? 我々貴族は民を守らねばなりません。民の盾にも矛にもなれない貴族に意味がありましょうか」


 ゆったりと言葉を紡ぐ彼女の顔には笑みが浮かび、これから死地に赴く悲壮さなど全くない。

 その自然体な姿は高貴にあふれ、誰しもが視線を奪われて眼が離せなかった。

 知らず人々は背筋を伸ばし、エカテリーナに礼を取っている。


 富める者は、より多くの義務を負う。貴族としての最低限の矜持であった。


 言葉にせずとも体現出来る。幼女はニタリとほくそ笑むと、軽く手を上げ大きく叫んだ。


「カモーン、姉様ぁっ!!」


 幼女の言葉に呼応し、結界の中で金色の風が吹き上がる。そして小さな旋風の中から、ぽんっとシメジが現れた。


《呼ばれたかしら? 御姉様見参ですわっ♪》


 茫然とする国王陛下一同。


 シメジ? キノコが喋った?


 呆気にとられ、微動だにしない人々の中で、教会より派遣されていた司教が思わず進み出て平服する。


「....御尊顔拝し賜り、恐悦至極にございます、女神様」


 女神様....


 そうだ、祝詞の中に出てくる女神様。萌えいずる大地に芽吹く小さなキノコ。それが創生神ネリューラ様。


 初めて目にする神の顕現に、人々は慌てて膝を着いた。


《初めましてですわね、アルカディアの皆様。ようやく会えましたわ。わたくしの愛し子達♪》


 神殺しの魔術式のせいで、数千年も会えなかった人々との初の邂逅。


「これで、アタシの話が眉唾ではないと理解してもらえたべ? 姉様、ついでにここにいる人らに御加護と祝福頼むよ。これから協力してタランテーラを止めに行くんだ」


《御安い御用でしてよ♪》


 きゃっきゃっと楽しそうな二人に、周囲は全身冷や汗だらけ。


 いや、確かに疑ったのは悪かった。しかし、だからと言って神々を呼び出すとか、どんなんだ???

 しかも創生神様? タメ口で、姉様とか呼んでるし、どういう御関係ですかっ? 説明してくださいっ!!


 ぞんざいな言葉を吐いた王太子は勿論、国王から騎士にいたるまで、彼等の疑問は完全に一致していた。


 目の前の現実を直視出来ない、気の毒なタランテーラの人々である。

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