Act.20:[ワールド] -巡る世界-③


 閃光が空に散る。


 霧散した光の正体は、先行部隊であるサンとムーンの合わせ技。光のバリアで逃げ場を無くし、灼熱の柱で焼き尽くす。

 熱気による靄の中から姿を現したのは、変形した甲冑に身を包む巨大なキメラだ。ライオンとも爬虫類とも取れる外見は実におぞましく、紫色の鬣と深い黄金の瞳がお互いの存在をこれでもかと強調している。

 突然の攻撃にも関わらず隊列を乱さなかった精鋭達は、周囲を警戒してキメラを守るように槍を構えた。中央では専属の魔道士達が野放しになった異形者を捕らえる魔法を放っている。

「あんだけやって、檻が溶けただけとはなぁ」

 遠目にその様子を見守っていたチャーリーは、エニシア達の頭上に浮いた状態で舌打ちをした。

「檻も甲冑も特注品らしいからねぇ」

 不気味な笑い混じりに返答したハングが腕を振ると、足に掴まったチャーリー共々高く空に舞い上がる。

「随分と大胆だね」

「心配は無用じゃ。変な噂が立たぬよう、この辺り一帯はランスによって囲われておる」

 ジャッジの返答に目を凝らせば、薄いベールのようなものが貴族隊を中心にしてかなりの広範囲を覆っていた。

「外からは見えないってことか…」

 小さな呟きと同時、上空で放たれた光の帯がキメラに直撃する。網膜まで焼け焦げそうな眩しさに目を細めると、キメラの甲冑がジリジリと消耗していくのがなんとなく見て取れた。

 かなりの高さからの攻撃のため、地上の弓兵や魔道士も手を出すことが出来ないらしい。元より防御魔法を使うことのできない白魔道士は、キメラの様子を焦れた様子で眺めているだけだ。

 常人より太いチャーリーの腕が支える長筒が光を吐き切ると、辺りが若干暗くなったように感じられる。周囲の視線が集中する先では、キメラが額に穴の空いた兜を振り乱していた。

「丈夫なものだね」

 段々重くなってきたのだろう、下降気味に飛行を続けるハングの言葉を聞いて、チャーリーは照準を合わせ直す。向けられた発射口に対抗するように発せられた咆哮が、上空の二人を痺れさせた。

 ドスン、負けじと響いた発射音に合わせて超スピードで落下するは、スイカ大の砲丸だ。チャーリーはそれが敵に命中するのも見届けず、ハングに帰還命令を出す。

 逃がすまいとキメラが放った光線が、空間を遮るようにして現れた光の壁にぶつかって、八方に弾かれた。空に浮かぶ魔法陣は、ハングとチャーリーが森に降りると同時に消失する。

「全く、物騒な代物を造ってくれたものだな」

 太い幹の陰で二人を迎えたのは、悠長に本を閉じるファンの微笑だ。そんな彼へ苦笑して、チャーリーは大きく肩を回す。その間にも、背後ではサンとムーンの撹乱が続いていた。

 徐々に騒がしくなる様子を近い位置、しかし遠巻きに見守っていたエニシアが、少し離れた川辺の異変に気付いたのは、チャーリー達が三人の元へ帰還した時だった。

「あの兵士、何してるの?」

「あれは兵士じゃないわよ」

 エニシアの指が示す先で一人、躍り狂うように槍を振り回す兵士の姿がある。彼は三ツ又に分かれた槍の先端を仲間の胸に突き立てると、そのまま持ち上げて放り投げた。

「あ」

 エニシアが暴れる人物の正体に気付くと同時、彼の隣でハングが動く。

「お疲れ様、ビルくん。そのヒトは僕が貰うよ」

 言葉と共に赤い包帯が翻った。伸ばした両腕から、指先から、出現した無数の糸が宙を走る。

 遠目に見ても手遅れであろう形状のその人は、あろうことか落下の途中で停止して、腕を垂れた。

 操り人形のように、不自然な動きで回転したそれは、周辺の兵士の武器を次々と奪い去る。呆気に取られていた彼等が武器を取り落とした事に気付いた時にはもう遅く、背後にビルが迫っていた。

 一方、力ない手に槍を携えたハングの人形は、不気味な動きでキメラに迫る。飛び交うサンの魔法をものともせず、唸る獣の目の前に到達したそれは、奇妙な方向に翻り、手に持った槍をキメラの背中に突き立てた。

「近接攻撃に弱いと言う情報は本当だったようだな」

 ファンの言葉通り、綺麗に貫通した槍が強固な鎧にヒビを入れる。同時に人形の腕もおかしな音をたてた。

「無理矢理にしたら壊れちゃったよ」

 そう言ってハングが顔の横に手を広げると、人形は音もなく地に落ちる。

 そこにすかさず飛び込んだビルは、背に何本もの矢を受けながらも、平然とした様子でキメラの鎧に追い討ちをかけた。

 剥がれる鋼鉄が音を立てる手前。天に昇る光の柱がキメラの身体を焼き尽くす。時間差でその額を貫いたのは、チャーリーの大砲だ。

 悲鳴を上げる間も与えられず、消し炭になった造られし者。残されたのは甲冑が立てる乾いた音だけ。

 難を逃れたビルもろとも、役目を終えた彼等はアイシャの懐に回収された。

 ざわめく兵士達の視線は、一様にキメラを仕留めた犯人を探している。

 エニシアがため息と共に振り向くと、アイシャがスッと前に出た。

「さて、エニシアに問題です」

 意味深な笑みを持って振り向いた彼女は、エニシアの瞬きを待ってこう続ける。

「この事が私達のような特殊な存在の仕業だとばれないようにするには、どうしたら良いでしょう?」

 意図の解釈に十数秒、理解したエニシアの口角が上がった。

「ふーん…意外と良く分かってるね、君」

 起立して、スラリと抜いた剣の切っ先を空に向けたエニシアは、受けた光を跳ね返す銀色を上から下まで眺め回す。

「僕が必要とされた理由が、やっと分かったよ」

 ジリジリと、騒ぐノイズが剣を揺さぶった。剣でもあり、鎌でもあるそれはエニシアの手の中で秒単位で変化と還元を繰り返している。

「答えは簡単」

 エニシアは振り向き様に微笑んで、剣を肩に担いだ。

「全員、斬れば良い」

「正解」

 アイシャが頷いた時には既に、エニシアは駆け出した後だった。担いでいた剣を地に引きずりながら目指す先は、集団の中心のようだ。

 矢のごとく一直線に走っていたエニシアは、正面から飛んでくる矢をことごとく弾きながら、一番先に接触した敵を斬り倒し、それを足蹴に上へと飛びあがる。

 当然、当てやすい的を得た敵の眼が空中に向いた。エニシアは持っていた剣を変化させることで落下の勢いを強め、魔法や矢、銃弾の全てを掻い潜り、次の瞬間には敵の大半を凪ぎ払う。

 円形に空いた空間に、時間差で崩れ落ちた人々の残骸が鮮やかな血を撒き散らした。

「ねえ、ジャッジ」

 エニシアは問う。遅れて到達した元相棒に。

「君の最初の審判は嘘だったの?」

 残った数人も元の形に戻した剣であっと言う間に斬り倒し、真っ赤に染まったエニシアが黒い笑顔で振り返る。

「いいや。わしは今でも思うておるよ。人を殺した罪を、お主一人の命で償うことなどできはせん」

 地に落ちた人だった者達を見下ろしながら、ジャッジは静かに首を振った。

「アイシャも同じ考えじゃろう。しかしな、生きていても償いきれるものとは限らんのも、また事実じゃ」

「勝手な言い分だね」

 嘲笑を空に上げ、エニシアはふっと無表情に戻る。

「まあ、人の命を奪うのが、そういうことだってことは、理解したつもりだよ」

 青空に向けられた遠い眼差しに覇気はなく、しかし出会ったばかりの頃とは違う哀愁を感じさせた。

 ジャッジはエニシアの数十歩手前で立ち止まると、その横顔に笑みを注ぐ。

「良かったではないか」

「何が?」

 降りてきた無感情に息を吐き、ジャッジは彼に背を向けた。

「これで何時でも死ねるじゃろう」

「そうだね」

 思い出したように頷いて、エニシアは歩き出す。

「さぁ、行きましょう?」

 遠く呼び掛けるアイシャの声に引かれ、カードに吸い込まれた二人の姿。

 懐にカードを戻し、生体反応が無いことを確認するかのように辺りを見回したアイシャは、次におもむろに空を見上げる。

 数秒後。白い光となって飛び立った彼女を見送ったのは、無数の死体と川のせせらぎだけだった。




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