Act.19:[デス] -死神の教え-③


 腰にぶら下げた剣に手をかけたまま、周囲に殺気を撒き散らすエニシア。彼が立つ広場の様子を、我関せずと眺めていたフールやプリエステスも、思わず身を固くする。

「言いたいことがありそうだね」

 はじめに動いたのは最も小柄な人影だった。瓦礫の上に立つ彼の隣で、スターが通訳する。

「あんたはフルーレの気持ちを踏みにじるのか、と言っているぞ」

「どうしてそう思うの?」

「彼女の為にカードになるべきだ、ターはそう言いたいんだ。エニシア」

 業を煮やす他の面子を無視して、カナタはゆっくりと語りかける。

「僕は彼女の為に生きなきゃだめ?」

 茶化すように首を傾けたエニシアを見て、タワーの手元のペンが回った。

 ランスの白い魔法陣の上、浮かび上がった複数の小さな魔法陣が、収縮と同時にエニシアの足元を掬う。陥没した地面へと吸い込まれていく石畳を足場に、高く跳躍したエニシアは、次の瞬間いとも簡単にタワーの腕を奪った。

 右腕を押さえるタワーに振り下ろされかけた剣は、背後から延びた蕀によって固定される。

「「彼女を愛していたのではないのですか?」」

「愛してたよ」

 和音に速答し、彼は剣を離して瞬時に駆け寄ると、ラヴァースのつながれた腕を掴みにかかる。

「でもきっと、憎くもあった」

 言いながら、真横から迫るサンの閃光を避けた。そのまま後退し、潔くラヴァースを諦めると、焼かれた蕀から解放された剣を回収する。そのほんの一瞬、判断を迷ったタワーが撃破された。

「だって彼女も人間だから」

 ノイズを纏うタワーが不敵に微笑むのを見届けて、エニシアは垂直に立ち直す。

「彼女も僕と同じ気持ちの筈だよ。だからこうして僕を苦しめてる。死んでしまった今もね」

「貴方はそれでいいのですか?」

「それが彼女の望みなら、それでいいじゃないか」

 フォーチュンの問い掛けに頷いたエニシアに向けられたのは、チャーリーが持つ巨大な大砲だ。

「悪いが、これ以上厄介者が増えるのは賛成できやせんわ」

「道具が主人に刃向かうのか?チャーリー」

「黙れストレングス!」

 大砲から放たれた光の筋を避け、チャーリーとの間合いを詰めるエニシアの体が光を帯びる。会話に茶々を入れたグスの持つレイピアも、同じ色の光を纏っていた。

「俺の力、確かに貸したぞ」

 何時もよりも体が軽い。グスの言葉を受けたエニシアは小さく舌を打つ。

「余計なことしないでくれる?」

「そう言うなよ、エニシア」

 言い返す片手間、グスが微かにレイピアを動かすと、エニシアを覆う光が変色を始めた。緑からオレンジへ、切り替わる頃に間合いに入った巨大な砲弾が、エニシアの剣に弾き返される。

 カウンターを食らったチャーリーが防御に入った隙に、エニシアは爆風に紛れて姿を隠した。まんまと見失ったチャーリーは次の瞬間真っ二つになる。

 グスはランスの隣に回収されたタワーと同じく、空中へ移動したチャーリーが修復されていく様子を乾いた笑みで見上げた。

「いい気味だな、チャーリー」

「言ってろクソったれ!」

 他人の審判の最中も、変わらず犬猿の仲を貫く二人を尻目に、エニシアの戦闘は続く。

 サンが矢継ぎ早に放つ閃光を巧みにかわしながら、エニシアはじりじりと距離を詰めていた。

「グスの力を借りたとはいえ、あのチャーリーをああも簡単に斬ってしまうとはね」

「フルーレさん同様、末恐ろしい御方ですわ」

 様子見なのか、木上で観戦するデビルの感嘆をリエが拾う。彼女の膝の上ではフーが静かな寝息を立てていた。

 そんな悠長な一角を他所に、次第に穴だらけになる石畳。エニシアを追いかけるサンの瞳が徐々につり上がっていく。

 攻防がひと段落したのをきっかけに、唯一無事な体を成している銅像を挟んで二人は立ち止まった。

「あなたも彼女と同じ道を行くのね」

「悪い?」

「悪いに決まっているじゃない」

 言葉と共に放たれた光線が、エニシアの背後にあった樹木を薙ぎ倒す。両者とも結構な運動量だというのに、微塵も疲れは感じられず、寧ろ余裕すらあるように見えた。

「君はどうなの?」

 エニシアは、常にサンの後ろを守るムーンに向けて問い掛ける。彼は突然の振りにも動じず頷くと、移動を中止して質問を返した。

「あなたはフルーレさんのことをどう思っていらっしゃるんですか?」

「彼女には感謝してるよ。一度でも、誰かの為に何かをしようと思わせてくれたことに」

「「それだけ?」」

「勿論、人間を愛することを教えてくれたことにも」

 会話に割り込んだラヴァースを振り向いて答えたエニシアは、続けてサンに向き直る。

「そして、こうして憎しみを継続する術を教えてくれたことにも」

「人を憎み続けることに何の意味があるっていうの?」

 サンの静かな怒りが熱となってエニシアを襲った。彼の青い前髪を焦がした光は、背後に佇む白い二人に到達する。とばっちりを受けた二人がランスによって瞬時に回収、回復されるのを見てサンが小さく舌を打った。

「随分と派手にやるものだな」

 ラヴァースの背後、丁度シエルが待機する建物の上でハイエロファントの小言が漏れる。その隣で高みの見物を決め込むハーミットがからからと笑った。

「元気で良いとは思うがな。心中察するぞ」

「悪いな、ファン」

 更に下方から見上げるグスが肩を竦めると、ファンはゆっくりと首を振る。

「構わん。これが自分の役割だ。存分にやりたまえ」

 今もエニシアに力を注ぎ続けるグスのレイピアに緩やかな笑みを向け、ファンは周囲への配慮も無く飛んできた閃光をバリアで遮断した。

「運命は、時に激しく儚いものです」

 うっとりと戦況を眺めるフォーチュンの手の中で小鳥が呟くのを横目に、間近で足を止めたエニシアに向けてマジシャンが問いかける。

「人類を滅ぼす気は無いと、今でも言えるのかい?」

「当たり前だよ。人類を滅ぼすって、要は人の為にすることだろ?」

 成る程、と感心したように頷くシャンの隣から、不意にハングットマンが降り注ぐ。

「それなら殺人自体もそういえるんじゃない?」

「生きたいと願う奴を殺すなら、それはそいつの為にならないだろう」

 目まぐるしい質問の応酬。その間、体に巻きつかんとする糸を避け続けるエニシアの背後。綺麗に着地したハングは、振り向き様に流れてくる刃をギリギリかわした。早さに押されてよろけた彼を、エニシアが追い詰める。

「僕はこれからも殺すよ。僕が僕であり続けるために」

 真上から振り下ろされた剣にハングが切り裂かれると同時、微笑んだエニシアは真下から来る光の塊を余裕で回避した。

「それが人の為にならないなら、喜んで」

 続けて自分の身長よりも高い位置にある枝を蹴って真横に飛び、サンを素通りしてムーンの手前に到達する。

 その背後で蠢いた水色が、いつものように気の抜ける声を出した。

「それがあなたの正義~?」

「いつも言ってるじゃないか。僕に正義なんてないって」

「あらー、私はフルーレとは仲良しだったのよー?」

 のんびりと交わされる会話の最中、エニシアの剣が高速で回る。眼鏡にかけようと持ち上げられたムーンの腕は、寸でのところでティスに遮られた。

「敵に回ると思われるなんてー、心外だな~」

 発動しなかったバリア。抵抗無く半分になったムーンとティスは、サンの攻撃が辿り着く前に上空へと浚われる。

 一瞬の瞬きで繰り出した攻撃の手ごたえは無く、代わりに見失った標的に焦りを抱いたサンは、その数秒後、答えを導き出すと同時に背後を振り向いた。

 カナタは”目視できる仲間”であれば瞬時に自分の隣に呼び寄せることが出来る。本来なら仲間の枠に普通の人間は含まれないのだが、判定中のエニシアは特別扱いということになるのだろうか。

「カナタ…!」

「悪いな、サン」

 5秒ほど前、一瞬にしてカナタの隣に移動したエニシアは、既に物凄い勢いで駆け出していた。グスの魔法も手伝って、呟きの終わらぬうちに切り払われたサンの体も、ランスによって拾われる。


 静まるフィールド。

 残るカードの中で反対意見を持つ者は、唯一人。


「素直じゃないのう」

 サンを斬った後、綺麗に着地したエニシアが起立すると同時、瓦礫の影からジャッジが顔を出した。

「お主の為、それは確かにその通りじゃろう。じゃが、裏を返せばフルーレの為と云うことにもなる」

 全てのカードが、広場の中央で対峙する2人を見守る。

「わしには、お主の好意が透けて見えるぞ?エニシアよ」

「君も本当は反対なんだろ?僕が彼女の後につくの」

「何を言うておる」

「かかってきなよ。日頃の恨み辛み分くらい、付き合ってあげるからさ」

 言葉が終わるか終わらないかのうちに駆け出したエニシアは、魔法陣を発動したジャッジの守備範囲に突入した。

「浅はかじゃな」

 ジャッジの声が場に響く。その後一瞬にして落ちた雷は、エニシアの背後で激しい音を立てた。

「わしの望みはお主を立派なデスにすること。その為であれば斬られようとも構わぬが」

 振り向いたエニシアが剣を仕舞うと同時、緑色に輝く魔法陣の上で焼け焦げたデビルが、ノイズとなって上空に消える。

 それを見届けた2人の皮肉の笑みが向き合って、お互いの意思を確認した。

「貴様が本気で無いことくらい、お見通しじゃよ。エニシア」

「心配しなくても、いつか必ず斬ってあげるよ、ジャッジ」

 空中に拘束されていたメンバーが地上に降り立つ。白い魔法陣が青く変色する最中、ランスの声が審判終了を告げた。

 その言霊に被せるように、エニシアは口の中で呟く。

「勿論、カードごとね…」

 誰にも聞こえぬよう、自らの野望となるであろう台詞を。




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