Act.19:[デス] -死神の教え-②


 冷たい風が通り過ぎる。

 乾いた煉瓦に積もる埃が風に巻かれ、湿った土の上に落ちたことで姿を消した。


 錆びた銅像は位置を変えることなく、空を示し続けている。かつての栄華を”地下室”から眺めていた生き残りの少年は、街に対して無感情に地に足をつけていた。

 記憶を語りきったエニシアは、恐ろしい程の冷静な眼差しでアイシャを見据える。

「彼女がどうしてあんなことを言ったのか、分かった?」

「ああ」

 平坦な返事の後、エニシアは続けた。

「彼女は彼女の為に、そして僕の為にあんなことを言ったんだろう」

 面倒に任せて思い出すまいとしていた記憶の中にあった答えから、必要なものだけを拾い上げる。エニシアの手がそんな風に動いたように見えた。

「人間を憎むなら、人間である自らをも憎むべき」

 アイシャは呟く。エニシアの記憶の中の彼女と被せるように。

「彼女はいつもそう言っていたわ」

「自らが憎いなら、自分を殺してしまえばいい。それが僕の答えだった」

「だけどあなたは気付いた筈よ」

「死んだら、楽だろうね」

 頷いて、エニシアは微笑む。

「生きるよりずっと、楽だと思う」

 嘲笑と苦笑を混ぜ合わせたような笑顔は、どことなく明るく、そして闇を帯びていた。

 彼は自らの手を見下ろすと、長いこと理解できなかった彼女の想いを正確に口にする。

「人が憎いなら、生きることで、人間である自分をも苦しめろ…ってことか」

「そう。人を憎み、生きるのを苦にしているあなたになら、それが出来るわ」

「彼女の望みは、「人を憎み続けること」だったってこと?」

「そうよ。あなたになら、理解できる。そうでしょう?」

 アイシャの妖艶な笑みが、エニシアの頬を微かに動かした。

「どうしてそう思うんだ?」

「彼女があなたを選んだからよ」

 迷いなく答えたアイシャは、半端に振り向き言葉を繋げる。

「だからこそ、ジャッジは何よりも望んでいる。あなたがデスとして生きることを」

「僕は誰かの為に生きるなんてごめんだよ」

「どうして?」

「もうあんな思い、したくないからね」

 強く吐き出された回答を受け入れたアイシャは、数秒の後に右手を上げた。

「さあ。あとは、あなた次第よ」

 突き付けられた人差し指。

「選択しなさい。エニシア=レム」

 続けて響いたランスの声。

「彼女の意思を受け入れるか、拒否するか」

 顔を上げれば、青い輝き越しに複数の視線に迎え入れられる。円の中心で決断を迫られたエニシアは、ゆっくりと口角を吊り上げた。

「ずるいよ」

 ハッキリと、そう言った彼は次に正面のアイシャに問う。

「そう思わないか?」

「そうかしら?」

「まるで最初から、こうなるように仕組まれてたみたいだ」

「そうかもしれないわね。彼女、頭が良かったから」

 一息置いて、アイシャは更に続けた。

「だけど彼女は、信用できない人間に簡単に刺されたりするような、馬鹿ではなかった」

 彼女の言葉に、周りにいた何人かも同意を示す。

「あなたへの気持ちに、嘘偽りは無いってことよ」

「それ、慰めてるつもり?」

 真剣な言葉を受け流すかのように笑い飛ばし、眉をしかめたエニシアは、地面に向けて吐き捨てた。

「やめてくれよ、気持ち悪い」

 それを受けて、アイシャは皮肉混じりに微笑み、足を下げる。

「決めたのね」

 反対に前へと足を踏み出したエニシアは、ランスが製作した魔法陣に自然と誘導された。

「僕は、誰かの為に生きたりなんかしない。そんな綺麗事言うくらいなら、最初からこう言えばいいんだ」

 全てを睨み付けるように前置きし、エニシアは宣言する。

「僕は僕の為に、人を憎み続けるよ。彼女のように、精神がイカレて、壊れてしまうまで」

 アイシャに、カードとして生きる者たちに。

「それが僕の存在意義」

 そして、フルーレに。

 エニシアの言葉が終わると、それを受け入れたように魔法陣が色を変えた。

「デス候補エニシア=レム、決意表明完了。反対意見がある者は武器を取りなさい」

 広がり、白く染まった光の中で、複数の人影が動きを見せる。一番はじめに目についたのは、光の中でも目立つ色合いのサンだ。既に臨戦態勢に入った彼女の背後にはムーンも控えている。

 更に視線を巡らせれば、チャリオットにタワー、デビルやハングットマンも加勢するようだ。それぞれの獲物を手に構える彼等の手前、赤と白が翻る。

「あなたを拒否するカードを全て倒すこと。それがカードになるための最後の条件よ」

 空中に浮かんだランスの代わりにアイシャが説明すると、エニシアの口元が狂喜に歪んだ。

「へぇ…面白いね、そのルール」

 瞳孔が開く。振り向いたエニシアから溢れる風を受けて数人が足を引いた。

「尚、現カードによる補助行為・妨害行為も容認します」

 審判体勢のランスが簡潔に付け加えると、今まで座ったままだった面々も腰を上げる。

 円形のフィールド。数人の敵に囲まれた現状で余裕の笑みを浮かべるエニシアは、なかなか動かぬゲームに痺れを切らせていた。

「どうしたの?はやくかかっておいでよ」

 挑発が空に昇る。

 思惑通り、それが開始の合図となった。



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