Act.18:[テンパランス] -節制の解除-③


 エニシアとティスがランスの案内で辿り着いたのは、全員が最初に合流した広場だった。

 そこには既にジャッジやチャーリー、フールなども揃っており、各々が中央の像を囲うようにして立っている。

 エニシア達に少し遅れてグスがやってくると、小鳥を手にした女性がくるりと回った。

「最終確認です」

 彼女はジャッジを振り向き、徐に小鳥を掲げる。

「いつもの通り、約束の三時間を過ぎると召集は解除されます。宜しいですね?」

「よかろう」

 他の数人に目配せを終えたジャッジが頷くのを確認し、女性は次にエニシアの前まで歩み寄った。

「エニシアさんですね?」

「…腹話術か何か?」

「私はフォーチュン、運命の輪を司りしカードの化身。お会い出来て光栄です」

「そう言われてもな…」

 にこにこと穏やかな笑みを浮かべる女性の持つリングの上、ぺらぺらと喋る小鳥を見据えてため息をつくエニシアを他所に、フォーは続ける。

「これから貴方の運命を決断する皆さんを呼び寄せます。宜しいですね?」

「宜しいもなにも、呼ぶって言ったら呼ぶんでしょ?」

「運命に従うのですね?」

「そうするしか他になさそうだからね」

 小鳥が満足そうに頷くと、本体なのか付属品なのか分からぬ女性がその場で回り始める。

「それでは…」

 遠心力に引かれたリングが宙に踊り、小鳥はひらりと空に舞い上がった。

「今こそ運命の時。導かれし者達よ、リングの元へ集え」

 言霊が反響する。同時に空が光に満ちた。

 様々な色の光が帯となって広場に降り注ぐ。四方八方から集まるそれは、地に付くと同時に光の塊となった。

 数秒後、時間差で弾けた光の中から人影が現れる。

 広場を中心として集結したのは、エニシアにも見覚えのあるメンバーだ。ぐるりと見渡せば、その全てが彼を見据えている。

 最初に出会ったラヴァースの二人をはじめ、最後に別れたカナタまで。瓦礫の上だったり木の上だったり、座っていたり立っていたりと様々ではあるが、それぞれが円を描くようにエニシアを取り囲んでいた。

「全員、揃いましたね?」

 フォーと入れ替わりに円の中心に立ったランスは、エニシアと同じように周囲を見渡すと、同意を確認したかのように大きく頷いて見せる。

「それではこれより式を開始します」

 彼女が告げると同時、彼女を中心に巨大な魔法陣が敷かれた。水色の光が辺りに溢れ、代わりに日光が薄らいだように感じられる。

「推薦者、元死神の化身…フルーレ=クライムアーク」

 ランスは光の中で言葉を続けた。つられて振り向いたエニシアの眼に、二人の人物の姿が飛び込んでくる。

「証人、審判の化身…メビウス=ベルガモット。尋問官、世界を司りし者…アイシャ=トールライト」

 ランスを挟むようにして立ち止まった二人を凝視すると、眩しい程に輝いていた光が僅かに弱まった。

「判定の前に、尋問官による尋問が行われます」

 言葉の後、アイシャが前に出ると共にランスとジャッジが後退する。目の前に来た彼女を見据え、エニシアは静かに口を開いた。

「やっと会えたね」

「感動の再会、とはいかないみたいね」

 小首を傾げて肩を竦めるアイシャに片手を差し出したエニシアは、手始めに長いこと放置されていた問題を持ち出す。

「僕の眼…返してよ」

「嫌よ。気に入ってるの」

「勝手に盗っておいて、よくいうよ」

「代わりに良いものが手に入ったでしょう?」

「本気で言ってる?」

「ええ」

 当たり前に頷くアイシャに眉をしかめたエニシアは、周囲から注がれる視線をものともせず、腰にぶら下げた剣に手をかけた。

「まだ元に戻りたい?」

「当たり前だよ」

「意外と鈍いのね」

 呆れたように嘲笑して、アイシャはエニシアの瞳を下から覗き込む。

「それとも、覚えてないの?」

「なんの話?」

「貴方が小さい頃の話」

 細くなるお互いの瞳。他の誰もが沈黙を守り続けている現状が、酷く不気味に思えてきた。

「君、僕の記憶を盗み見たんだろ?」

「あら。そんなに昔の記憶は見ていないわ」

 覇気が無いながらも強く放った質問は、あっさりと否定される。アイシャは眉間にシワを寄せたエニシアに妖しい笑みを持って答えた。

「私は人の真相心理までは覗かない。感情は凶器になる。初対面の人間のそれを覗くには、高いリスクが付きまとう」

「それならどうして…」

「彼女が言っていたからよ」

「彼女…って…」

「フルーレ=クライムアーク」

 エニシアの表情が強張る。数秒間、訪れた静寂は風によって破られた。

 無言のまま周囲を見渡し、最後にしっかりと広場の中央に立つ銅像を見上げたエニシアは、アイシャの声で現実に帰還する。

「…思い出したかしら?」

「…いや、まさか…そんな筈…」

「貴方がそう記憶しているのなら、それは間違いなく真実だわ」

 片目を覆い、俯くエニシアの顔を包み込んだアイシャの掌が、彼の視線を彼女へと向けた。

「あなたが自分で話す?それとも私に覗かれる?」

 お揃いの瞳が言葉を交わす。声もなく答えたエニシアは、アイシャを振り払うかのように首を振った。

「さあ、語りなさい。真実を」

 集うカードの化身に。

「そして選びなさい。貴方の運命を…自らの意思で」

 そして、自分自身に認識させるために。


 エニシアは口を開く。


 全ての始まりを語らんと。



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