Act.16:[デビル] -悪魔の知らせ-②



  「カード、だった?」

 エニシアの声が響く。濁りを含むそれを拐うように風が流れていった。

「そうじゃ」

「フルーレは死を司るカード。つまり、デス…死神さ」

「死神?」

 ジャッジの首肯の後、カナタの補足に鸚鵡返しして、エニシアは苦笑を漏らす。

 死神。

 彼女は確かに死神だっただろう。沢山の人々に恐怖を与えた死神。しかし本当に、死神として生きていたとは知らなかった。

 なにも知らなかった自分への嘲りか、それともフルーレに対するなにか…いや、今この場に居る三人に対する感情でもあるかもしれない。エニシアの無表情から一瞬だけ零れた笑みが消えると同時、ジャッジは彼の名を呼んだ。

「エニシア=レム」

 高い声はエニシアの意識を引き付ける。ジャッジとエニシア、二人の視線は遠いながらも確かにぶつかった。

「お主は前期デスに選ばれし後継者として、次期デスの候補になっておる。わしはその審判が下されるまでの同行を、あやつから頼まれ、そして請け負った」

 ジャッジは告げる。自らの目的を、そして遂行する理由を。

「お主がデスになれるよう、精一杯尽力することを約束したのじゃよ」

 言葉の余韻が残る空気が霧散すると、エニシアの口元が微かに震える。

「それじゃあ、なに?」

 囁くようなその声は、数秒の静寂を生んだ。

「僕は彼女に選ばれたっていうの?」

「そうじゃ」

「…僕は彼女を殺したんだよ?」

「それもあやつの望みじゃ」

「どうして…」

「どうしてじゃろうな?」

 次第に強くなる語尾を断ち切るように、スッパリと切り捨てたジャッジは、微かに浮かべていた笑みを強めてエニシアを見据える。

「その理由を知るのはお主だけじゃ」

「僕はなにも知らないよ」

「そんなわけはなかろう」

「まぁ、落ち着けって」

 加熱する言い合いを止めたのはカナタだった。彼がジャッジの肩に手を置いてエニシアを振り向くと、同じく沈黙を保っていたビルの含み笑いもそれに倣う。

「で、あんたはどう思った?」

「どうって?」

 ビルの放った唐突な質問に、エニシアの眉があからさまに歪んだ。

「フルーレのことをさ」

「どうも」

「お前を騙してたんだぜ?」

「別に。僕も聞かなかったし」

「人間じゃ無かったんだぜ?」

「そうだね」

「普通は怒るだろ?」

「そうかもね」

「なら、怒れよ!さぁ、早く」

「煩いな」

 囃し立てるようなビルの煽りを一蹴すると、エニシアは珍しく長文を口にする。

「怒ったらどうなるっていうの?彼女の正体なんて、結局はなんの関係も無い、僕が知らなきゃいけないのは、彼女の言葉の意味。そうしなきゃ、僕は死ぬことが出来ないんだから」

 早口にまくし立てられ尻込みしたのか、ビルの表情があっと言う間に険しくなった。

「思ってたよりつまらんな」

 けっと、唾を吐き出すように言って、彼は両腕を頭の後ろに回す。

「もっと怒り狂って暴れるかと思ってたのに」

「悪かったね。ご期待に添えなくて」

「あーあ。つまんねぇの」

 あからさまな不機嫌を撒き散らすビルの背後で、呆れたようなカナタの溜め息が漏れた。

「もしかして、その為だけに来たのか?」

「当たり前だろ。こんな面白そうな見世物、見ないわけにいかねーじゃんって思ったんだけど」

「相変わらずだな、お前も」

 ふてくされるビルを見てカナタが苦笑を浮かべると、エニシアも呆れた声を出す。

「ご苦労様だね」

「あんたが言うな」

「これでも一応、感謝はしてるんだよ?」

 睨み付けられても怯むことなく、珍しく皮肉に笑って見せたエニシアは、言葉を続けながら視線を流した。

「君のおかげで、進展はないにしろ…疑問は解消しそうだからね」

 青と黒。パートナー二人の薄ら笑いが向かい合う。するとジャッジはふっと息を吐き、腕を組んで頷いた。

「良かろう。話してやろうではないか」

「どうしてそう上から目線かな」

「教えを乞う視線を投げかけてきたのはお主じゃろう?それとも話してやらずとも良いか?」

「相変わらず偏屈なジジイだな」

 昇りきった太陽すら気に食わないといったように、唾と共に台詞を吐き出したビルは、返ってこない返事の代わりに注がれる嘲笑に背を向ける。

「じゃ、オレはもう帰るぜ?アイシャにどやされる前によ」

「今帰っても結果は変わらないと思うけど」

「嫌な奴の顔、何時までも見てたくないだろ?」

 カナタのツッコミに舌を出し、温帯低気圧に変化した嵐の如く、ビルはその場立ち去った。

「しつこい奴じゃ。昔の説教を未だ根に持っておるのか」

「ったく、あの悪戯っ子は…」

「よっぽど暇だったんだね」

 一ヶ所に集まりながら、緑の男を見送る三人が呟く思い思いの感想。最後の呟きの主を見上げたジャッジが苦笑する。

「お主に言われては、奴も仕舞いじゃのう」

「違いない」

 そう言って朗らかに笑うカナタの背後、突然気配も無く現れた水色の影に、ジャッジの眼が丸くなった。

「教えてあげるのー?」

「ゎ!いつから居たんだ?」

「さっきからー?」

「最初からソコにいたじゃん」

「気付いておったのか」

 一人左の木陰を指差して平然とするエニシアに、カナタとジャッジの不服そうな眼差しが張り付く。そんな中、スルーを良しとせぬティスの声がジャッジを急かした。

「で~、どうなのー?」

「仕方があるまい。暇つぶしがてら、昔話と洒落込むかの」

 欠伸混じりに呟いて、焚き火のある場所へと戻りゆくジャッジの背中を、顔を見合わせ肩を竦めたティスとカナタが追いかける。

 最後尾、今度こそ本当のことを聞くことが出来るというのに。人知れず複雑な表情を浮かべるエニシアの背中を、陽に照らされた木々のざわめきが見送った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る