Act.12:[マジシャン] -傲慢と苦悩-②


 その関所だけは避けて通れなかった。

「そっちのマントは?」

 それぞれの身分確認を終えた兵士が、頭からすっぽりとマントを被る人物に怪訝な眼差しを向ける。

「罪人じゃよ。知り合いが城に居るのでな。直接引き渡させて貰うぞ」

「大丈夫なのか?騒ぎを起こさないでくれよ?」

「だいじょーぶよー?心配しないでー?おにーさん」

 スタスタと門を潜るジャッジに続いて、ヒラヒラと片手を振るティスと。

「お勤めご苦労様」

 そう言って門番に酒瓶を渡しながら、罪人の背を押すカナタと。4人がそそくさと後にした関所の先には、埃臭い街並みが広がっている。更にその向こう側には…

「何時見ても、悪趣味だよなぁ」

 カナタが目を細めて呟く通り、趣味の悪い金色の建物が連なっていた。

 王都ハイタウン

 ハイラント王国で唯一寂れていない街。しかし寂れてはいないものの、豪華絢爛な城と比べてしまうと貧相なことこの上ない、まさにこの国の縮図のような場所である。

「とうとうこんなとこまで連れてこられた訳だけど…?」

「安心せい。ほんに引き渡したりせんわ」

「当たり前だよ。ところでさ」

「なんじゃ?」

「その身分証、本物?」

「そうともいうが、そうでないともいうのう」

 真っ直ぐに城を見据えながら曖昧な返答をするジャッジに顔を顰めたエニシアは、同時にマントの端からカナタが顔を覗き込むのを認識した。

「ファンには会ったんだろう?あそこに頼めば、本物のようなニセモノなんて簡単に手に入るってこった」

「役人公認の詐欺ってことか。随分危ないことするんだね」

「そーかなー?そうでもないと思うけど、ねー?カナタ」

 いつも通り、能天気に呟くティスに呆れた眼差しを向けたエニシアであったが、カナタは困った風でもなくサラリと頷いた。

「そーだな。エニシアにも直ぐに分かるさ」


 言葉の意味は数十分後に示される。


「どうぞ、こちらになります」

 黄金に染まる巨大な城門の前で、ジャッジがある人物の名を告げるやいなや、門番は一行をすんなり中に通した。

 エニシアは口から出かけた疑問をカナタに制止され、なんの説明も無いまま3人に続く。

 城内は何処を見ても金色に輝いていた。しかし流石に全ての部屋がそうではないらしい。奥に進むに連れ眩しさも薄らいで、石畳の通路になる。

 門番は無骨な扉の前で足を止めると、短く一礼して4人の前から姿を消した。簡素というか粗末というか、それでいて重厚な扉の作りからして、余り良い意味で存在する部屋ではないだろう。

「取調室、という名の応接室じゃよ」

「なるほど、また取り調べられるわけだ」

「理解したようじゃな」

「知り合いが居るって、嘘じゃなかったんだね」

「そうでもなければ、こんなところには入れないだろうね」

 扉の前での会話に聞きなれない声が混じる。それは薄暗い廊下の奥から響いてきた。同時に近付いてくる足音の主は、エニシアの姿を目視するなり控えめに自己紹介を始めた。

「僕はシャン。マジシャンのカードの化身、ということになるかな」

 白髪紫眼の冴えない男が小さく肩を竦める。

「で?君は何を聞きたいの?」

「僕は尋問官ではない、そうではないんだよ」

 相槌もなく不機嫌に問いかけるエニシアの声に、慌てたシャンの声が続いた。

「場所が気に入らなければ、移動しようか?少し、散らかっているけれどね」

 左右にゆっくりと首を振り終えた彼は、4人が頷く間も無く歩みを進める。踵を返したシャンに続くこと1分弱、4人はまたも1つの扉の前に案内された。

 シャンは4人を振り返らぬままドアノブに手をかけ、音を殺して戸を開く。隙間から垣間見えた室内は酷い散らかりようで、ファンが居た例の部屋より物が散乱していた。

「これで、少し?」

 エニシアの皮肉を横目に、シャンは4人を中に通す。陰湿な廊下よりも更に暗い室内は酷く埃臭い。そんな中、気配に敏感なエニシアが部屋の隅を指差してぽつりと問う。

「何してるの?あの人」

「怯えているのさ」

 問われたシャンはため息混じりに答え、ゆっくりと首を振った。エニシアの指が示す先には、確かに怯えたように丸まった背中が1つ。それは会話に気付くやいなや、ナイフを取り出し威嚇を始めた。

「誰だ、なんだ、なにを連れてきやがった!」

「僕の客さ。君の事を見てもらおうと思ってね」

「ふざけるな!今すぐ出て行け!この部屋は私の…」

「そうかい?君の助けになるかもしれないと、思ったのだが」

「余計なお世話だ!」

 男の剣幕に落胆し、シャンは仕方なく背を向けた。それに従って、また部屋を移動する羽目になる。

 扉を閉めた途端に室内で始まった癇癪を聞きながら、シャンは来た道とは反対側に歩みを進めた。4人がそれに続くと、先頭の彼は前を向いたまま事のあらましを説明しはじめる。

「彼は、魔道士なんだ。魔法の製作に失敗してね。仲間が大量に死んだのさ」

「その罪悪感に潰れそうになっておる、ということじゃな?」

「そう。愚かだと、思うかい?」

 立ち止まったシャンは自室の扉を開きながら、背後のエニシアに問いかけた。

「人は愚かだよ」

「お主も人の事を言えぬほど愚かだと思うがの」

 室内に足を踏み入れるついでに茶々を入れたジャッジは、瞳を細めたエニシアの表情を下から見上げる。

「ああ。僕も愚かだ」

「ではなぜ、人は繁栄すると考える?」

「愚問だな」

 カナタの後に続いて入室したエニシアの背後、疑問を口にしたシャンに返されたのはいかにもエニシアらしい答えだった。

「愚かだからさ」

 赤で統一された室内、各々が腰を据える中でいち早くソファーを陣取ったジャッジは、欠伸交じりにクッションをかかえる。

「だからお主は人を斬るのじゃろう。エニシア」

「悪い?斬っても斬っても沸いてくるんだからいいじゃないか」

「その精神で人類を滅ぼすとでも宣うか?」

「僕はそこまで傲慢じゃないよ」

 皮肉を鼻で笑い、エニシアは閉まった扉に背を預けた。

「僕一人が意気込んだところで、人類は滅亡したりしないさ」

「君は面白いね」

 エニシアの回答のどこに興味が沸いたのか、身を乗り出してまで、シャンは手をはためかせる。

「だから問おう。問わせておくれ。君は魔術を手に入れて、欲求を満たそうとは思わないのかい?」

「愚問だよ」

 くだらないとでもわんばかりに質問を切り捨てたエニシアは、心なしか瞳を輝かせるシャンに向けて答えを放った。

「僕は人を斬るのが好きなんだ。ただそれだけ」

 腰に下げた剣の柄から、鞘に納まる切っ先を見透かすように見下ろし、口元を歪め。

「世界を変える気なんて、さらさらないよ」

 エニシアは覇気も無く呟いた。

 それを受けたシャンは小さく息を吐くと、曖昧に微笑んで小さく零す。

「そうか。では、そういう意味でも、あの子は特別なのかもしれないな」

「あの子?」

「アイシャだよ」

 何処か懐かし気に呟いたシャンは、微かに丸くなり、次第に細くなっていくエニシアの眼差しを真正面から捕らえていた。

「そういう意味でも、って?」

「そのままの意味さ、そのままのね」

 頷いて微笑んだかと思えば、不意に俯き、紫の眼差しに闇を点す。

「他者から見て傲慢な欲求だとしても、自分の力量を推し量ることの出来る人間であれば、或いは…」

 独り言は上の空に、続けて漏れた溜息と哀愁に眉を顰めたエニシアに、シャンは再び曖昧に微笑んでゆっくりと首を振った。





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