Act.12:[マジシャン] -傲慢と苦悩-①
「完成した…!遂に、遂に完成したぞ…!」
息巻く一人の男。彼は狭い部屋の中央で、淡い光に照らされながら歓喜の笑みを浮かべていた。
中央にぽっかり空いた空間以外は、書物やら瓶やら、宝石の嵌め込まれた立派な杖やら羅針盤等々…物で溢れかえっている。その片隅を掻き分けて一枚の便箋と封筒、そして羽ペンを探し当て、床に座り込んだ男は走り書きを始めた。
「やめておけ、やめておいた方がいい…」
喜びを抑え込み無心で筆を走らせる男の背後から、冴えない中年男が声をかける。
「無駄さ。なんと言われようと、私はこれを王に届ける!」
「ああ、愚かな…なんと愚かしい…」
「煩い。お前は見ているだけで、なにも手伝ってくれなかったではないか!」
男は書き終えた書類を手に立ち上がり、冴えない男を睨み付け。
「これで、戦争を終らせてやるんだ…!私が産み出した、この魔法でっ…!」
興奮を撒き散らしながら、意気揚々と部屋を後にした。
それが、約半年前のこと。
男は現在、同じ部屋の片隅で膝を抱えて踞る日々を送っている。
不自然に散らかされた部屋は半年前と違って中央に空白が無く、代わりに右角の隅だけが床を覗かせていた。そこが彼の居住スペースである。
「どうしてだ…何故…何故…あんなことに…」
震える唇から漏れる独り言は、誰に意味を悟られる事もなく…いや、誰にも意味を悟られぬように。
なにも見ようとしない男の視界が不意に暗くなり、背後に誰かが立ったことを示す。男は怯えたように振り返り、ポケットから一振りのナイフを取り出した。
「だから言ったのに…だから、止めておけと言ったのに」
「何だ…お前か…コノヤロウ…脅かしやがって…」
男は声の主を確認すると、また壁を向いて独り言を始める。今度は、背後の男に向けて。
「私は間違ってなどいない。私はただ、戦争を終らせたかっただけなのだ。それなのに…それなのに…」
「魔法は、魔法とはそういうものだ」
「お前は私が間違っていると言いたいのだろう、シャン。そうだろう、関与しなかったお前は気楽でいい…」
「そうは言うがな…」
シャンと呼ばれた男は、ため息混じりに呟いたかと思うと、傍らに散らかされたままになっていた書類を拾い上げる。
「お前が少しでも私を手伝っていれば、こんなことにはならなかったのだろう?」
「いや、結果は変わらなかっただろう」
半年前。男が生み出し、王に届けられた一つの魔法が引き起こした事件、その内容が克明に記された書類を読み上げて、シャンは寂しげに返答した。男はシャン言葉を信用することすら出来ぬまま、手にしていたナイフを床に突き立てる。
「私に魔道を教えたのはお前だろう…どうしてこんな目に合わせるのだ…私に何の怨みがある?全く、どうかしてる」
「魔道というのは…魔法というのは、人を生かしもするが、殺しもする。僕はあなたに、そう教えた筈だが…。そもそも、教えを請うてきたのは、あなたの方ではなかったか?そうだろう」
「…私はただ、救いたかった…沢山の命を、私の魔法で…それなのに何故…」
「僕があなたに力を貸さなかったのは…」
シャンは語気を強めた男にそっと首を振り、途切れた言葉の合間をため息で埋める。
「あなたが考えた魔法が、人を殺すことだけに使用される物だったからなのだよ」
「こちらが破壊兵器を持っていることを示せば、あちらも白旗を上げざるを得ん…そうだろう?間違っているか?」
「結果、あなたの仲間をも葬り去ることになってしまったわけだが…それでもまだ、そんな事が言えるのかい?」
食い下がる男に悲しげな瞳を向けて、シャンはまた、静かに首を振る。
男の魔法は大量の敵国兵を葬り去ったその後で、自国の制御を離れて暴走し、周辺の全てを焼け野原にした。暴走は丸一日続き、その爪痕は今も国境周辺に残されたままだ。
彼は沢山の友人を失った。沢山の人々を殺めた。それでも、国に罪を問われる事はない。
何故なら…
それが、戦争だからだ。
魔法の犠牲となった人々の遺族から、何らかの報復があるかもしれないと怯える彼ではあるが、何故大量の味方が死んだのか、国が使ったその魔法を誰が製作したのか、特別公表するわけもない。従って今のところは、彼の妄想で済んでいる。
しかし、いつかは…何処からか噂を聞き付けて…。
投獄されていない以上、自分で身を護るしかなく、だからと言って魔法を使う気にもなれず、日夜苦しみ、恐怖に苛まれ、半年前の嬉々とした表情など見る影も無くなってしまった。
シャンは日に何度か彼の様子を見に来ていたが、慰めたり励ましたりしたことは一度もない。そんなシャンの態度も、彼を部屋の隅に追いやる一つの要員となっていた。
全てを理解していながら、シャンは暗い眼差しで男に言葉を投げ掛ける。
「魔法は…いや、魔法に限ったことではない。兵器には善悪を区別する機能なんて無いのだよ」
「そんなことはわかって…」
「分かっていないから、こんな結果になったのだ。…そうなったのだよ」
シャンは男の言葉を遮ると共に、男に人差し指を向けた。
「あなたなら、と…思ったのだがね、思っていたのだが…」
歯噛みする男。彼に背を向けて、シャンは小さく呟く。
「やはり、魔術など…魔法など、存在するべきではないのだろうか…」
部屋の中央。本の山に埋もれた魔法陣を見下ろす彼の目には、言い知れぬ絶望が宿っていた。
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