第六話
「ほら、行こう♪」
その背中にあの日視た彼女の姿が重なる。
自分より小さな指先からじんわりと伝わる熱が私の中に残っていた
いつもより
◆◇
一言で表すのなら、それは大好きな本の新刊と向き合う時の心持ちに似ていた。
あの指先が
目を閉じてぎゅっと
今回はどんな物語が
あの二人はどんな経験をするのだろうか?
少しずつ
その
彼女と
回遊魚みたいに室内を歩き回っていた。
時々鏡の前で立ち止まり、
彼女の事を思い浮かべ、にこにこしたり、ニヨニヨして、
もう、ちょっとは落ち着きなさい!
ローテーブルの上に置いてあるグラスを手に取り、ぐいっと
ひらひらと手を
それはまるで本を読み終わったときのように……。一度読み終わってしまうと、どんな本であっても、初めて感じた時の
それでも……いや、だからこそ、今の気持ちを大切にしていこうと改めて思うのだった。
◆◇
インターホンを鳴らすと予想に反し、現れたのは蓮花の母親だった。
うちの母親と同級生らしいのだが、どう見積もっても二十代半ばぐらいにしか見えない。
あるいはこれは姫宮家の
ふむ。そう考えると蓮花がいつも幼く見えるのはこの遺伝子によるものと思えば少しは納得できる気がする。
「はーい。あら? 綾音ちゃんお久しぶり」
「あ、お久しぶりです」
「うん、やっぱり
「は、はあ……」
「お母さん! 私が出るって言ったでしょ」
ぱたぱたと階段を
この前の私と同じことをしていた。
「あいさつぐらいしてもいじゃないの、ねぇ?」
「ええ、まあ……」
「もう、そんな質問されても困るだけでしょ。ほら綾音、行こう」
蓮花に手を引かれる形でクツを
「蓮花、あとでお菓子、持ってくね~」
「いいよ、自分で持っていくから。それより、部屋に入って来ないでね」
「えー、つまんなーい」
むーっ、と
そのやりとりは親子というよりも年の近い姉妹のようだった。
*
「お菓子持って来るね」そう告げて、蓮花はいそいそと部屋を出ていった。
蓮花の部屋へは、
ペールピンクを基調とした室内には、
ほんのりと甘味のある香りは、フレグランスによるものらしかった。
机の
カレンダーを裏返すと案の
「一緒だね」と
ひとり室内で彼女の
しばらくしてドアをノックされる。
蓮花が両手でお
お
*
『もぐもぐタイム』が落ち着くと、彼女からアルバムを
蓮花を見るとややむくれ
手を
彼女が
そんな真剣な
彼女をそっと
「あ、綾音?」
彼女がやや
「蓮花、今日も可愛いよ」
「ふぁ、あ、ありがと。綾音も可愛いよ♪」
甘えるような声でぎゅうっとされる。
「いや、私なんて可愛くないし」
「そんなことないよ、可愛いっていう言葉を伝えるだけなのに、
ぐうの音も出ない。
せっかく冷めてきた
「……このままハグしててもいい?」
「うん、いいよ」
そう答える彼女の声が少し笑っているように聞こえたのは、気のせいだと思うことにした。
◆◇
スマホのマンガアプリを読みながら様子を
彼女は私がアルバムを観る時と
私ならいつ
「ねぇ」
アルバムに視線を向けたまま、綾音が私に話しかけてくる。
「なになにー?」
おしゃべり出来るのが
でも綾音は
おせんべいの表面にあるザラメみたいに分かりやすい私の甘えアピールもしっかりと受け入れてくれる綾音に、改めて彼女の彼女で良かったなと思い、そんな想いに自爆。ちょっぴり照れる。
その写真は、私がまだ幼い
写真には
お兄ちゃんがどや顔をしてダブルピースしているのに対し、写真が
「この写真がどうかしたの?」
「そろそろ、夏休みも終わりだねぇ……」
「え? う、うん。そうだね」
いや、全然話が
首を
「まだ少し夏休みがあるけど、蓮花はまたどこか
「え? うーん、あ、海とかどうかな?」
「海……いやー、海は止めたほうがいいんじゃないかなー? もうお
「ん、そだね」
そう言えば、以前海へ行きたいと綾音に言った時も色々な理由を並べ立てられて
まあ、いいけど。綾音は
言っても信じてくれなさそうだけど。
「……とか、どうかな?」
「え?」
いつの間にか話が進んでいたらしい。
「ああ、いや、べ、別に蓮花が
「えっと、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
綾音はアルバムをテーブルに置くと、バッグから紙を取り出しそっと
そこには
「そ、その、バイト先にチラシが置いてあってさ。聞いた話だと、
「多分、中学生の頃のがあったと思う」
「そ、そっか」
「綾音は?」
「わ、私? 私は昨年買ってもらったばかりの
「ふーん」
「う、うん……」
「……」
「……」
彼女の
ゴールデンウィークのデートは二人で
この前の都内デートやお泊まりデートも私が進んで計画したものだった。
もちろん、今までに彼女からたくさんの優しい言葉や温かい気持ち、それにちょっぴり
でも、彼女から聞けていないセリフがあって、それが今まさに、聞けるチャンスなのだ。
そんなにあなたは聞きたい? と問われれば、もちろん私は――聞きたい、聞きたい♪
だから私はあえて知らんぷりを通す。
だって、好きな人からの初めての
彼女は少し困ったように私を見つめていた。
ねぇ? 気付いてるよね?
もちろん、気付いてるよ。
どうしてその一言を言ってくれないの?
そんなの、綾音の口から聞きたいからに決まっているでしょ。
言葉にしなくても伝わる想いはあるけど、それでも時にはちゃんと言葉にして伝えて欲しい想いもあるんだよ。
あ、少しむっとしてるみたい。
口元に笑みが浮かびそうになるのを
「ねぇ、綾音」
「な、何?」
「綾音の可愛いおねだり、聞きたいなぁ~」
「お、おねだりじゃないし!」
明らかにむっとされる。
最近の綾音は思いの
「ねぇ、ちゃんと言って欲しいな。私は綾音の言葉で、ちゃんと聞きたいよ」
「……」
綾音は姿勢を正すと目を閉じ、ひとつ息を
「蓮花、私と
初めて綾音からデートに
◆◇
無料動画配信サイト等で色々調べてみたけどうまく出来ず、
昼食を終えた母親が
母親は手を止めて不思議そうな顔をしていたが、すぐに黙々と作業を再開する。
終わったタイミングで声をかけた。
「あのさ今日夕方祭りに行くんだけど
早口で一気に言い切り、息を
母親はそんな私をじっと見つめた
「ふーん、そういう事か」
こういう時、母親に
「それじゃ、お願いしたからね」
さっと立ち上がり、部屋に
「ちょいちょーい、まあ待ちなさいってそこのプリティ・グアール♪」
「な、何?」
「誰と行くのん?」
「別に、
「蓮花ちゃんと
「で、デートじゃないし」
「
「とにかく!
手を
「おーい」
ドアノブに手をかけたまま
母親がにこにこと笑いかける。
「合わせてヘアアレンジもしてやろうか?」
「……お、お願いします」
今の私の顔は、きっと人にお願いをするときの顔ではなかったと思う。それでも母親は特に気分を害する事なく、むしろ
◆◇
「お母さん、ノックしてから開けるように前に言ったよね」
そんな事を言われたような気もするなぁ。
「うっかりしてたわ~」
あははーと笑って受け流す。
それにしても、ついこの間まではそんな事を一言も言われなかったのに。
少し遅い
「花火大会に行くの?」
「う、うん」
「いいわね~、今から楽しみねぇ」
「ま、まあね」
会話が広がらないように
可愛いなぁ、この娘。誰の娘かしら? ああ、私の娘かぁ。うんうん、可愛く育ってくれてお母さん
「やっぱり綾音ちゃんと行くの?」
「べ、別に誰でもいいでしょ」
軽く
「……そ、その、お、お願いがあるんだけど……」
「なぁに?」
「え、えっと……ゆ、
彼女の
指をもじもじさせながらこちらをチラチラと
話を聞き終えるとふたつ返事で了解した。
「着付けとヘアアレンジね。うん、お母さんに任せて。そうと決まればこれからお出かけしましょうか」
「え?」
娘がきょとんとする。
「だって、あなたに
「あ、ありがとうお母さん」
満面の笑みで頭を下げる彼女に笑顔で返し、出かける準備をするために部屋を後にするのだった。
◆◇
電車に乗り込みシートに座る。
なんとも、ふわふわとして落ち着かない心持ちだった。
うぅ、
自分で
そんな事を今さら思ってみても、仕方のない事なのに。こんなとき、いつもの私ならさっさと気持ちを切り
目を閉じて、気持ちを落ち着けるべく、深呼吸をひとつしようとして、ふいに気になって
そうこうしているうちに、電車は
ドアが開き、目が合った
一本の三つ
「こ、こんばんは」
「……う、うん……」
なんとか返事をして、手元にある
しずしずと歩いてくると私の
「なんか、
「わ、私も。ずっと落ち着かなくて……」
お互いに口元をもにょもにょさせて照れ笑いを浮かべる。
蓮花が周りをキョロキョロしてから、そっと私の手を包むように自らの手を重ねる。
「えへへっ、
いつもの笑顔を向けられたおかげで、気持ちがしだいに
「……可愛い」
ほろりと、本音が
「ありがとう。綾音もお
蓮花が
ちょっと
「今日はお祭り、楽しもうね♪」
不意打ちに耳元で蓮花が甘く
思わず飲み込んだ
◆◇
「はぐれたら大変だから」
改札を抜けると多くのお客さんで駅の
親子連れ、大学生や高校生のカップルや友達グループ、小学生中学生、おじいさんおばあさんの集まり等、エトセトラエトセトラ……。
他にも待ち合わせ中なのか、
この中のどれくらいの人がお祭りに行くのかは分からないけど、いつも以上の人手に駅は活気が
その光景に
先を歩く背中を見つつ、別に理由なんてなくても私の手はいつもあなたから差し伸べられるのを待っているのになぁと思い、でもそういう物言いをするところもまた、彼女らしいなと
*
駅前ロータリーに出ると
「ねぇ、綾音はお祭りで何が食べたい?」
「え? んー、たこ焼きとお好み焼きと焼きそばかなー」
「焼いてるのばかりじゃん」
「ほんとだ、蓮花は?」
「チョコバナナとかき氷にりんご
「全部お菓子じゃん」
「あはは、そうかも」
「それなら、お互いに買ったのを半分こしよっか。そうすれば色々食べられるし、それに……か、カロリーも半分で済むし」
「え?」
後半がごにょごにょとして聞き取れず、聞き返しても
◆◇
花火は川の上で打ち上げられるため、屋台は川沿いにある土手の道に
店主の呼び込みの声、誰かのおしゃべりや笑い声、鉄板で何かが焼ける音、鼻を
様々な声や音やにおい
どこからか流れてきた
それは彼女も
*
チョコバナナを一緒に食べて、かき氷とお好み焼きを買うと道から少し外れた所にあるベンチの空席を見付けた。
「……ちょっと疲れたかも」
ベンチに座ると蓮花がため息を吐いた。
「うん、思った以上に人混みがすごいからね。飲み物買ってくるよ、何がいい?」
「あ、私も……」
「いいよ、私ひとりで行ってくるから休んでなよ。近くにあるの見つけたからすぐ戻るよ」
「ありがとう。じゃあ、お茶をお願い」
「了解」
お茶と水を買って戻ると蓮花がぼんやりと夜空を見上げていた。
「絵になる」とはこういう事をいうのかな? 絵心の無い私にはよく分からないけれど、その
*
たこ焼きの列に並んでいると、すぐ後ろから聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「知ってる? タコってみんなが頭だと思ってる所って本当は
「へぇ」
「つまり、タコの体は上から
「それは分かったけどさ、何でたこ焼きを食べる前にお前はそんな話をするんだよ」
「そんな気持ち悪い生き物をあなたの代わりに全部食べてあげようという私のあなたに対する愛と勇気と優しさなのさ」
「
振り返ると数人を
「
「おー、綾音ッチッチじゃーん」
深谷が手をぶんぶんと
「ッチ」が増えていた。増やすな。まだそれ続いてたのか。というか
たこ焼きを
「よ! 久しぶり」
「ぶりー」
本庄のセリフの最後二文字だけで深谷があいさつを済ます。相変わらずのマイペース&適当ぶりだった。
「二人もお祭り来てたんだ」
「まーな、こういうのがないとこいつ、毎日うちの家に来てだらだらしていてウザいからさ」
「じーちゃんの家にご
「それは別。というか、私のな。てかいつまでうちのじーちゃんの家に付いてくるつもりなんだ」
「そこに本庄が行く限り」
「すごいなお前」
「どやぁ」
深谷が
いつも深谷といる本庄にちょっと
それはさておき深谷、
「
「
「そうなの?」
ユニゾンで返された深谷が少し
「え? えーと、か、カッコいい、ねぇー」
「どやどやぁ」
深谷のウザさが5割増しした!嬉しくねぇ。
「えっと、この子が前に学校で話してくれた幼なじみちゃんかい?」
深谷の
「うん。蓮花、この二人は私と同じ高校に通ってる友達で……」
「深谷さんと本庄さんね」
「初めまして、本庄です。よろしくね」
本庄がぺこりと頭を下げるとその頭を手で
「深谷です。こいつの
「
すかさず本庄が深谷の手を
「ああん?! やる気かこらぁ?!」
「わー」
棒読みですったかすったか深谷が土手を降りるのを本庄が同じく追いかけるのだった。
「
蓮花が目を丸くする。
「まあ、いつもあんな感じだよ」
多分、彼女達なりに気を使って早めに切り上げてくれたんだろう。
「……でも、ふたりともすごく仲良しさんみたいで
蓮花が二人の方を
「そ、そうかな? わ、私達も負けてないんじゃないかな」
つい、口をついて出た言葉は思いの
ふいっと顔を
そんな私に彼女がそっと頭を
「うん、そうだね。私達は私達のかたちで
ふわりと、羽毛に包まれるように
◆◇
「おりょ? 蓮花じゃん」
声のした方を見ると
「二人もお祭りに来たんだ」
「うん、しおちゃんとよく来てるんだー♪」
「しおちゃん言うなし! わ、私は別に行くつもりなかったのに、美波に無理矢理連れ出されただけよ」
「だってしおちゃんさ、
「お祭りなんて陽キャイベになんて
「その割りには昨日から
「そ、そういう時もあるの! でもそこで
「そうかもしんないけどさ。たまには外に出て気晴らしもしないとー」
「……
うぐぐっと栞ちゃんが
「……って、いきなりこんな身内話をしちゃっててごめんねー」
美波ちゃんが綾音のほうをチラリと見て頭を下げ、綾音が首を
「蓮花、そろそろお
栞ちゃんが綾音を紹介してと
「えっと……」
「姫宮さんの幼なじみの
……あーうん、そうだよね。それが
なんとも言えないもやもやとした気持ちを
「蓮花の友達で栞です」
「同じく、美波だよー。幼なじみ……あ、一学期の時に話していた人かな?」
「う、うん」
と、栞ちゃんが
「……ま、まさか女の人だったなんて……ん? 久しぶりに再会した幼なじみは実は女の子だった……ベタだけど展開としては色々アレンジが効きそう。よしこれで行こう! さ、美波帰るわよっ!!」
「え? まだ何も食べてないんだけど?!」
「いいネタが思い付いたのよ、ほら行くわよ」
「あ、ちょっと……もう! ごめんねー」
軽く頭を下げると栞ちゃんの後を追いかけるのだった。
「……えっと……」
「ごめんね、基本いい子なんだけど、時々ああいう所があって」
「ううん、優しそうな人達で安心したよ」
その
「蓮花、どうかしたの?」
綾音が不思議そうに
本人に伝えてもきっと否定したり嫌な顔をするんだろう。
そう思い、何でもないよと告げるのだった。
*
二人でりんご
黒の
女の子は
「綾音、その子は?」
「えっと、私も知らないんだけど、この前バイトをしていた時に
綾音が苦笑しながら応える。
「そっか」
うん、全然意味が分からないなぁ。
むしろ
「あんた、今日はあいつと一緒に居ないのね」
「あいつ?」
「何よ、この前は仲良く二人きりでおしゃべりしていたじゃない。どうせこのお祭りにも連れてきて……」
仲良く二人きり? ふーん。
私の視線に気付いた綾音が
「な、何の事よ!」
「とぼけないで! 一緒にデートに行ってプレゼント
「デート? プレゼント
「それで付き合ってないなんて言わせないんだからね!」
私は大きく手を
大丈夫、ちゃんとニコッと笑えている。
綾音が青ざめた表情をしているけど、それには
「三者面談を要求します」
*
土手を少し降りた所にある
先客のカップルが座っていたけれど、私と目が合うとそそくさと
名前も知らない二人の
テーブルを
お互い無言のまま時間ばかりが過ぎる。
もたもたしていると花火が始まってしまうので、仕方なく私は司会役を
「黒崎さんの言うあいつって、誰の事?」
「この前まで私が付き合っていた人の事よ」
「付き合ってた人?」
彼女の視線の
「そう。シスコンで、いっつもデートの時間に
「素シャケ? げえまあ? 肺か箘?」
私の反応に綾音がコソッと説明してくれる。
なるほどねー……て、
黒崎さんへ同情の視線を送りそうになる。
「……でも、そんな奴でもさ。私が困ってる時にはちゃんと話を聞いてくれて手を差し
「そうなんだ。例えば?」
「え? い、言わないとダメかな?」
私の問いかけに黒崎さんが
「うん、
「そ、その……モンスター○ンターの限定クエストがクリア出来ない時とか、レア素材を分けてくれたり……」
またしても綾音から説明を受ける。
ふむ、こちらもゲーマーさんなのかな?
私の不思議な生き物を見るような視線に少し
「とにかく、この女はそんな私の彼を
綾音に
そんな私の
「だから
「なら、あのキーホルダーは何なのよ?」
キーホルダー? キーホルダーで思い出すのは忘れもしない、この前のデートでのことだ。
んー? 何か話が読めてきたかも。
「キーホルダーって、自転車のカギに付いていたやつのこと?」
「そうよ。だって、あんたの名前は
「それは……」
「大切な人のイニシャルなんじゃないの?」
「ふぁ……」
黒崎さんがこちらに
「うぅ……」
弱々しく
ちょ、綾音、このタイミングで視るのはやめて! こちらまで
「どうして
ここが攻め所と視たのか、語気と圧力を
いつの間にか私までワクワクして彼女の
だって、綾音が黒崎さんにどんな説明をするのか、
だから、別に彼女の困ってる顔が可愛いから見ていたいとか、照れ照れしながら
ついツンデレなセリフを口走っていた。
しかし黒崎さん、いつの間にか私まで味方に取り込んでいるなんて、なかなかの
「そ、そうだけど」
「前にググって調べたけど、あのキーホルダーはあの水族館限定のグッズなの。だからあんたと彼が水族館に行ったのは確実……」
「ちょ、ちょっと待って!」
「何よ? 水族館に行ってないっていうの?」
「い、いや、もちろん水族館には行ったわ。それに、あれは私にとって大切な人との思い出の品というのも事実だよ。でもそれは……」
「……やれやれやっと見付けたぞ」
ふいに背後から声がして私達は
「り、
真っ先に反応した黒崎さんが席を立って陸人――私のお兄ちゃんの元に
え、お兄ちゃんの友達? にしては
すると綾音が
「あの、
綾音さん、単刀直入過ぎません?
イーッと綾音に向けてあっかんべーをする黒崎さん。
お兄ちゃんはそんな黒崎さんのこめかみを手のひらで包み込むと――――
ギリギリギリッ!!
「痛い痛い痛いっ!」
アイアンクローをお
しばらくして解放された黒崎さんはほうほうの
この人、
「な、何すんのよっ!」
「お前こそ、何でうちの妹とその友達にケンカふっかけてるんだよ!」
「陸人くんが水族館デートしたからよっ!
「Rのイニシャル?」
お兄ちゃんは
「お前は
「え?」
黒崎さんが目をパチクリさせて
「確かにこのチケットは俺が知り合いから
「え? この二人で? で、でもキーホルダーのイニシャル……」
「前に教えただろ? 俺の妹の名前は
お兄ちゃんがそうだろ? と言うようにこちらに視線を送る。
私は
「そ、そんな、だ、だって綾音さんは大切な人との思い出の品って……」
「それは……」
いっそ、二人は付き合ってますと素直に言えたらどんなに気持ちが晴れるだろう。
でも私一人では決められない……。
私はそっと綾音の方を
「バッカだなぁ!」
笑い飛ばすようにお兄ちゃんが声をあげた。
「んなもん、親友だからに決まってるだろう! 親友との出かけた思い出なら、それは大切な物だろうが。なぁ?」
「う、うん」
勢いのまま同意を求められ、
「二人とも、
「あ、ちょ、ちょっと待ちなさいよっ! こ、この前のファミレスでの件、まだ私は許してないんだからねっ!」
黒崎さんは私に頭を下げるとばつが悪そうに綾音に「わ、悪かったわね」と独り言のように
二人を見送ると綾音の元に歩み寄る。
「綾音、お疲れ様」
綾音はぼうっと手元を見つめていた。
「綾音?」
再度呼び
「ん? ああ、ごめん。ちょっとぼーっとしてただけだから……」
気にしないで、という笑顔。
そこに私は
でも、彼女を問い
そして、彼女にそんな表情をさせたのは
ねえ、綾音は何て応えるつもりだったの?
知りたいような知りたくないような……ふらふらと、くらげのように思考があちらへこちらへ気持ちがうまく定まらないのだった。
『お待たせしました。まもなく本日のメインイベント、打ち上げ花火の開演となります!!』
「ふう、ようやく始まるみたいだね。ところで、さっき私に何か聞こうとしてなかった?」
「ううん、なんでもない。ほら、行こう♪」
今はこの時間を楽しもう。
今しか体験出来ない思い出を二人で共有すること、それも私にとって大切な事だから。
◆◇
「ほら、行こう♪」
その背中に、水族館デートの時に
自分より小さな指先からじんわりと伝わる熱が私の中に残っていた
好き――大好き……。
出来ることならこの手を引き寄せて、彼女をぎゅっとしたかった。
彼女はどんな反応をするのかな?
いつもより
*
蓮花が案内してくれた場所は土手の下にある小さな神社だった。
神社に入ると小さな
「こんなところよく知ってたね」
可愛らしい反応に
「なになに? よく聞こえなかったんだけど」
「ふぁ、ちょ……近い近い!」
こういう反応を見ると、
「だって、声が小さくて
「好き……あ、いや、
何か今、さりげなく告白されたような気もするけど、取り
「それで? どうしてここを知ってたの?」
「うぅ……笑わない?」
「もちろん! 今まで私がそうやって
うん、さすが蓮花。私のことをよく分かっていらっしゃる♪
私の検定があったら多分彼女は
だって、私の次に私のことを理解していると思うからね。
……うん、こういう思考は自室に一人のときにしておこう。さすがに照れる。
無言でじっと見つめていると、
「その……前もって、下見に来てたんだ」
「何でそんなこと……」
その時、蓮花が
大輪の花が
次いで、どん! と、胸を打つような
人々の想いを乗せて、炎の花は生まれては消えてゆき、散っては花開くのだった……。
美しくも
彼女が
「終わっちゃったね」
頭にそっと手を乗せると、彼女が私の肩に頭を預けながら、そっと手を重ねてくる。
「うん……すっごく
しっとりとした
「――ねえ、なんで私がお祭り会場を下見してたのか、知りたい?」
「う、うん」
すると顔を上げた彼女が口元に手を
私達以外に
そう思いつつ「はやくはやく~」と
「……こういうこと、するためだよ……」
くぐもった声がして、
「綾音、大好き……」
とろりと耳が
「……れ、蓮花っ……?!」
それきり
「えへへ、りんごみたいだね」
それは蓮花の方じゃないのと思った
それは、まるで彼女の
夏休みも残り
*
私の話が終わるまで彼女は口を
「この考えを蓮花に
彼女が
顔を上げると、車内の
彼女の
花火を見る彼女の横顔を見つめながら、想っていた。
でも、さっきお兄さんに親友だろうと
もちろん大人しく同意する方が正しい。
ただ、それは一般的な
好きという気持ちは異性同士も同性同士も同じはずなのに……なのに、私はあのとき答えることに
このままでは、私の彼女に対する想いが
だからこそ、私達の関係を周りの人に話して知って、
それが私の決意したことだった。
そうすれば、私達はもっとお互いの気持ちに素直に生きていく事が出来る
「多分、この問題はどちらが正しいなんて事はないと思う。ただ、だからこそ、この考えはお互いに共有しておいた方がいいと思うんだ」
「うん……」
それきり
駅のホームに彼女が
改札の
「今日は楽しかったよ♪ じゃあ、またね」
蓮花が満面の笑みで私に向かってぶんぶんと手を
その姿に私は応えようと、出来るだけ優しい笑顔で見送るのだった。
◆◇
お風呂から出てリビングでミネラルウォーターを飲んでいると、
「お帰り」
「ただいま、今日は
「ううん」
お兄ちゃんが私の表情に気付くと笑う。
「そんな顔すんな。大丈夫、あいつとはちゃんと仲直りしたからよ」
「あの人がこの前放置しちゃった彼女さん?」
「ああ。そんなことよりも、お前の方はちゃんと楽しめたのか?」
ホッとしていたところに出し
「……え? あ、う、うん。へーきへーき」
あははと愛想笑いを返しつつ、内心失敗したなぁと思う。
「そうか? その割りには元気ないな」
案の
「そ、そんなこと……」
「心配ごとがあれば言え、相談に乗るからよ。ま、お金以外ならな」
うははっと笑う、いつものバカっぽい笑いに気持ちがふっと軽くなった。
もしかしたら、今までも私は何度もこうやってお兄ちゃんに救われていたのかな、ふいにそう思った。
「うん、ありがとうお兄ちゃん……」
せっかく心配してくれたのにごめんね。この問題は私ひとりで考えて決めないといけないことだから。
人に
「蓮花、これだけは言っておくぞ」
お兄ちゃんが私の頭をそっと
「何があっても俺はお前の味方だからな」
思いがけない優しい気持ちに
*
ふとんに入り天井をぼんやりと見上げているとスマホの通知が鳴った。
手に取って
それは綾音のスマホで
ベンチに座り、二人で
月が
この前、彼女の家で花火をした時には気付かなかった言葉の意味を、今の私はすんなりと読むことが出来た。
スマホを
大丈夫、きっとうまくいく。
空を見上げても月は見えず、
それでも、見えていなくても、確かにそこには
大丈夫、この気持ちは
月に願いを
―――――――――続く―――――――――
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