〈4〉

 舞衣は綺麗な女の子だ。


 芯の強そうな、それでいて愛嬌のある目をしている。今日はストレートに伸ばした長い髪を、仕事のため一つに縛っている。はきはきした物怖じしないしゃべり方で、周りからの信頼も厚い。


 夏央や冬華とは腐れ縁だと言っていた。この二人と彼女は、どこか似ているので、波長が合うのだろう。三人で仲良く廊下でしゃべっていたのを見たことがある。


 入学式の日、翠はデイケア組の名簿を、一般クラスのボランティア部に渡す係を、自ら志願した。そして一般クラスに接触した。ボランティア部のメンバーに先に会いに行き、できたらあなたたちのところへ行きたいと申し出た。


 皆は一瞬きょとんとした顔になったが、部長の三年生が「いつでもおいで」と言ってくれたのを合図に、それぞれ優しい言葉をかけてくれた。


 あの時に思い込んでしまった。

 普通の人はちゃんとわかっていると。

 けれど実際移った先に待っていたのは、無知という名の遠慮のない視線だった。


 舞衣とは、夏央姉弟を通して知り合った。

 彼女の分け隔てなく接してくれるやり方に、すぐに翠も心を開いて、気がつくと参考書や本を借り合う、良き相談相手になっていた。


 彼女はボランティア部ではなかったが、しょっちゅう部室に遊びに来ていた。「お前、暇人かよ」と投げかける夏央に、「どこの部も入ってないもん」とからかうように返す彼女は、いつでも楽しそうで、親しみ深い雰囲気があった。


 そしていつも周りに人がいた。取り巻きというほど熱狂的なファンではなくて、友達という言葉がピッタリな関係の仲間が。


 舞衣は時々友達を連れてきたりもした。その一人が的場である。

 的場は比較的おとなしい女子で、あまり多くを語らない人だった。舞衣の後ろをついて歩いて、適度に盛り上がった現場を崩さないような引き際を知っている者だった。「そろそろ戻ろうか」と的場が言うと、舞衣も素直に従った。

 この二人の関係が理想だった。

 

 ご飯をすべてたいらげて弁当箱をしまうと、チラッと舞衣を見た。


 的場と何やら話し込んでいる。委員の話だろうか。それとも何気ない会話だろうか。翠はテーブルから二人の姿をじっと見つめていた。


「ん、どうした、翠? 寂しいのか?」


 舞衣が気づいて、椅子の背もたれから振り向いた。


「馬鹿か。俺はちびっ子じゃねえよ」

「でもあんた、『かまってちゃん』でしょ」

「はあ!? ちげーよ! どこがだよ!」


 翠が顔を真っ赤にして怒ると、舞衣が、


「だって、あんたは何か言いたいことがあると、後ろからじっと見つめるじゃない。熱い視線を」とおもしろそうに言った。


「いつ俺がそんな女々しいことしたよ!?」

「……自覚ないのかよ」


 今度はあきれたように溜め息を吐く舞衣に、ああ、全然勝てない、と翠は思った。

いつだって彼女のほうが一枚上手だ。悔しいような心地いいような、ぼやけた感覚に揺られる。


「仲いいわねえ、あなたたち」


 年配の保険医がほんわりと言った。もう一人の保険医も、ニコニコと微笑ましそうに見ている。


「そりゃあ、こいつ、かわいいですからねえ」


 舞衣がしれっと言い放ったので、翠は口にしていた売店の麦茶を吹き出しそうになった。


「ねえ、的場、この子かわいいよね」

「うん。弄りがいがあるわ」


 舞衣と的場がクスクス笑い合って、翠は次に口にする暴言を考えていたが、沸騰した頭は見当はずれの台詞しか出てこず、わなわなと震えるばかりだった。


 スッとした、控えめな目もとと奥ゆかしい顔立ちとは裏腹に、的場は少々からかい好きのようだった。


 食べ終えた弁当箱を抱えて、席を立つ。「あ、図書室?」と声をかける舞衣を無視して、保険医二人に頭だけ下げると、翠はバタンと扉を閉めた。


 教室に戻り、他人の笑い声であふれた中にある自分の机に行き、鞄に弁当箱をしまって、南の階段へ向かうと、舞衣が先に待っていた。


「図書室でしょ?」


 舞衣は当然のように翠の行きたい場所を言い当てた。


「……神出鬼没かよ、お前」

「先輩に向かってお前呼ばわりしない!」


 また無視してスタスタと階段を上ると、舞衣はさっと駆け上がって翠の前をずんずん進んだ。相変わらず自分が主導権を握りたがる女の子だ、と翠はあきれ気味に思った。


「図書室が地下じゃなくて上にあるっていいよね。やっぱりお日様の光、浴びたいし」

「ふーん」

「三階なのもポイント高いなあ。上過ぎず下過ぎず。窓見るとちょうど空と地面が絶妙なバランスでさ」

「確かに景色はいい。落ち着く」


 何気なく口にした言葉に「だよね!? この感覚わかってくれる人ほかにいないと思ってた!」と舞衣は異様に喜んだ。


「はしゃぎ過ぎだろ」ぴしゃりと言い放っても彼女は、


「最近、私、ファンタジーにはまってるの。あんたはミステリーだったね」と明るく返す。とことん自分のペースに巻き込みたいらしい。翠も観念して彼女に歩幅を合わせた。



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