第三十一話 ムト、新しい「お守り」をもらいます

 お父さんとお母さんは困った顔でこちらを見てる。

 わたしが向こうに行ける準備って、どうして?


「はぁ、もう、頑固がんこなところ、誰に似たのかしら……」


 お母さんはそういってため息をついた。


「お前が行ってなんとかなると思うのか?」


 お父さんは、怒ってるというより、じっと真剣な顔でわたしを見る。

 思えばこんなふうに、まっすぐお父さんの目を見たのは初めてかもしれない。


「……わからない、でも、なんとかしたい。わたしにはできることがある。だから、やれるだけのことをしたい」


 なんとかなる、なんて言えないから、正直に答える。


「状況も詳細も折春さんから聞いた。もっとも必要最小限の話と謝罪だけして、さっさと帰ってしまったけどね」


 わたしを早く返すために、折春おじさんはすぐに帰ったのか。


「ムトが十日で帰るって音声を送ってくれたでしょ? 十日経って、四日過ぎて、お父さんと二人でずっと待ってたのよ? 何かあったのか、どうなったのか、でもね、折春さんとあなたを信じて待ってたの」


「……わたしがわがまま言って試練に参加したから、ごめんなさい。でも……」


 わたしが試練に向き合わなかったらどうなっていたんだろう。

 それを口に出すのは、危険に飛び込んだ事実を語るようで言えなかった。


「ね、ムト、お父さんの魔道具どうだった?」


 お母さんが少しにこやかに聞いてくる。


「すごかった。最初は、なんでこんな武器? ってその威力いりょくも含め怖かった。でも、あんなに頼りになる存在だとは思わなかった」


「ベースの素材は折春さんが持ってきたんだけどね。それで、向こうの人たちは、うまく使えてた?」


「……正直に言うと、使いこなせてないと思った」


 戻って来てからすぐの報告で、それぞれの魔道具がどんな働きをしたかは伝えてあるけど、わたしは、あの魔道具たちはもっと秘めた力を持ってると感じた。


「……へえ、ムトにはそれがわかるんだね」


 お母さんはそう言って、隣に座るお父さんに顔を向ける。


「ね、やっぱりムトは私たちの子供だね。きっと誰より私たちの道具を理解してる」


「……うまく使えることと、危険な場所に行かせるのは、話が別だ」


「同じだよ。この世界だって何があるかわからないでしょ? ひょっとしたら明日にも宇宙人が攻めて来るかもしれないし、戦争が起こるかもしれない。でも、だからこそ私たちはできることをしてきた。「お守り」を創ってムトに使わせてきたのも、折春さんの依頼に応えて来たのも、きっとこの時の為だったのかも」


 お母さんは、お父さんに笑いながら話しかける。


「……」お父さんはうつむいてだまり込む。


「それに、危険を乗り越えさせるのが親の責務せきむだと思わない? 危ないからってやらせないままじゃ、いつまでたっても独り立ちできないよ?」


「……帰って来れないかもしれないんだぞ?」


 お父さんは、誰に向けて言ったのかわからないほど小さなつぶやきをこぼした。


 向こうの状況はよくわからないけど、間違いなく試練は続いてる。

 聖獣が復活したのか、別の聖獣が出たのかはわからない。

 こっちに帰るためには神威しんいを溜めることが必要で、でもソリアが結界を張れば、聖都に溜めた神威しんいを使い果たしてしまう。

 そうなれば、わたしが帰れない以前に、ソリアが命を失ってしまう。


 もう一度心を空にして考える。

 

 試練が続くということは、防衛隊や親衛隊が倒れれば、聖都は滅び、結界を張ったソリアが死ぬ可能性が高い。

 それに対し、わたしは何ができる?


「お父さんとお母さんの魔道具を使って、試練を越えて、聖都と大切な人を護る」


 わたしは姿勢を正して両親に頭を下げる。

 

「だからお願い、向こうに行かせてください」


「……ムトちゃん、言えないのかもしれないけど、ちゃんと言いなさい。無事に帰ってくるって」


 お母さんは呆れたように笑う。

 お父さんは何も言わずに立ち上がる。


「お父さん、お願い!」


「一日待て、今日はゆっくり休め」


 お父さんはそう言って、玄関から出て行った。


「さ、忙しくなるわね。お母さんも準備しなくちゃ。そうそう、希望のぞみちゃん、今日は泊まっていかない?」


「いいんですか?」


 ずっと黙っていたのぞみんが嬉しそうな顔を上げる。


「ムトに、こっちにも大事なモノがあるってこと、教えてあげて?」


「はい!」


 のぞみんの顔は赤かった。


「……みんな、ありがとう」


 どうやって行けるのかはわからないけど、なんとか向こうに行けるみたいだ。


―――――


 久しぶりのお母さんのごはんが美味しくて、少しだけ涙が出たけど、そんな調子なら行かせないって言われたくなくて、我慢した。

 お父さんはずっと工場だ。

 お母さんとのぞみんの二人に、向こうでの出来事を、もっと細かく話しながら夜はけて行った。

 お母さんには特に、魔道具の効果を聞かれた。

 それと『思石しせき』と神威しんいが魔道具にどんな影響を与えたか。


「あれは折春さんに頼まれてね、神威しんい? 折春さんの持つ『思石しせき』から出る、白い光ってやつを効果的に取り込めるように創ってあるの。でも、もともと私たちの創る魔道具はね、神威しんいだとか精神力なんて必要ないのよ?」


「でもわたしの神威しんいに反応したよ?」


 わたしは『思石しせき』を見る。

 こっちに帰る前、少しだけ回復した神威しんいは、転移でまた消費したのか、透明に近い薄い虹色だ。


「それはね、私とお父さんの魔道具が規格外で、使う人に信じてもらえないからってわざとそんな機能を付けてるのよ。それが本来の力を抑制しちゃうんだけどね」


「本来の力って?」


「ねえ、希望のぞみちゃん『チョクレイ』ってどう思う?」


 お母さんはわたしの質問に答えず、のぞみんに問いかける。


「えっと、あれはスゴイですよー、想いがそのまま動きに反映します」


 お母さんはその答えにうなずいて、わたしに向き直る。


「つまりね、あの魔道具たちは神威しんいでしか動けない状態なの。あれを信じて正しく使おうとすれば、神威しんいなんかいらない。持ち手の想いだけでその力を発揮するの」


 そう言えば、お守りを見たソリアも驚いてた。

 神威しんいも精霊も必要ない、人の想いだけで機能するって。


 お母さんはそれから、五つの魔道具の説明をした後、工場に行った。


「そうそうペンタグラムは未完成だから気を付けて」


 説明の最後、その理由と共に語られた内容が心に残った。


 それから、わたしとのぞみんは二人で一緒にお風呂に入ってから寝た。

 ソリアと同じ温かさなのに、温かさにも違いがあることを知った。

 ソリアはソリアで、のぞみんはのぞみんだ。

 同じ体温だからって、代わりはない、どちらも大切な温もりで、失いたくないとギュッと抱きしめた。


 疲れていたからか、目が覚めたときはお昼過ぎで、隣にのぞみんはいなかった。

 着替えて居間に降りても人の気配がない。

 工場に行くと、応接セットに三人がいた。


「おはよ、お寝坊さん」


「おはよ」


 お母さんの言葉に挨拶を返す。

 おはようの挨拶も久しぶりだった。


「ちょうどよかったよ、呼びに行くところだったんだ」


 のぞみんがわたしの手を取りソファに座らせてくれる。

 テーブルの上には四つの金色の「お守り」が並んでる。


「これも、オリハルコンなの?」


「あ、折春さんに聞いた?」


 お母さんがいたずらっ子の様に笑う。


「うん、精神感応金属せいしんかんのうきんぞく? だっけ」


精神感応触媒せいしんかんのうしょくばい、ね。これが、いま準備できる最高の「お守り」よ」


 お母さんの笑顔は、なんだか魔女の顔みたいだと思った。

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