第11話 ミュナvsダイナ


 夏の夕陽がどんどんと傾いていく頃。

 学校の屋上では夕日に照らされた男女が武器を手に、激しく火花を散らせていた。


 武器になってしまった僕は二人を見守ることしかできない。せめてスピードが乗っている槍の動きをミュナに伝えることにした。


 ダイナの突き出した槍。

 それをミュナが顔を傾けて避ける。銀の髪が茜色を反射してさらりと揺れた。

 その髪をすくように槍の刃が風を切って通った。

 チリっと刃で割かれた細かい髪が風に流れていく。


「たああ!!」


 槍がグルンと回った。ミュナは体の横に来ていた振ったばかりの大鎌をダイナの動きに合わせて自分の体の方へ戻しながら槍を弾いた。

 弾くだけではなく、槍を突き出されたお返しとばかりに鎌の持ち手に左手を添え、足を前に踏み出してからダイナの胴体を狙う。武器を振りながら左手を離した。


「ちっ」


 攻撃をいなされたダイナは小さく舌を打つ。


 ミュナからの攻撃を軽々と上に跳躍するも、残ってしまったマントの先が、鎌の刃でスパッと切れた。


「あーーーー!!うおっと」


 瞬間。黒いマントがお気に入りのものだったのか、ダイナが驚愕して叫んだ。

 ミュナもその声に目をぱちくりと見開きつつも、この機を逃すものかと手首を返して逆手で鎌を振った。


 ダイナは喚いて大繩を飛んでいるかのようにもう一度ジャンプ。切られたマントの先端を鎌の刃の上が触っていく。邪魔なものはもうないのだが、マントは残念なことになっている。


「てめーーーー!!!!なにすんだよ!!これ俺様のお気に入りなんだぜ!?おい!!聞いてんのかよ!!おい!!俺様を無視するな!」


 背後にととっとステップを踏んだ後、バク転を軽々と繰り返し、大きな鎌の刃から逃れるダイナ。


 距離を取ってから、ちぎれたマントを指でつまんで割かれ具合を確認しては、今にも泣き出しそうな顔をしてしまっている。今日着ていたマントは、彼のお気に入りだったらしい。ミュナはめんどくさいことになったと視線を逸らしながら手遊びではなく、鎌をぐるぐると回転させても暇をもて遊んだ。


「おい!!ミュナ!ふざけるな!!俺様のマントを……」


 全く自分の話を相手にしていないミュナに対し、ダイナが憤慨して地団太を踏む。


『……ミュナ、せめて反応を返したら良いんじゃないか……?』


 二人の戦闘を武器になってハラハラと見守っていた僕が口を開く。ダイナの様子に、流石に見守っているだけにもいかなくなってしまった。


「あっちだって髪を切ったんだから。おあいこだと思うけど?」


『……あー……』


 ミュナさん、ダイナの扱いが雑というか、厳しいというか。他の人相手なら、ちゃんと謝っていたところではないだろうか。

 言葉の節々にダイナのことを嫌っているのが伝わってくる。喧嘩するほど仲がいい、とかそういうことなのだろうか。


「あー……。もういい!!てめぇの言い分なんて聞いてやらねーからな!!俺様の力!!その身に刻み込んでやる!!」


 怒号と共に、距離を詰めたダイナが槍を突いてくる。ミュナは鎌の持ち手で攻撃を受け止めたが、それを利用した槍は縦に回転すると少女の腹を狙って再び突かれた。


「!!」


『ミュナ!!避けろ!!!』


 僕が慌てて声を発した。ミュナも危機感に焦りを表情に滲ませて腰を動かす。槍は横腹をすり抜けて制服を引き裂いていく。その瞬間、少女のムッとした気持ちが伝わってきてしまった。

 やれやれ。

 ミュナもダイナも何処となく似ている気がしてしまって僕は無い肩をすくめたい気分だった。


 その間にも攻防戦が続いていた。


 カカカッ。

 武器同士のぶつかる音が響く。

 槍が回転する鎌の間を潜ってミュナを攻める。

 ミュナも槍の攻撃を器用に受け止め、隙あらば手首を返しながら鎌と共に舞う。避けるダイナのマントが犠牲になっていけば、苛立ちが高まっていく。


「くそっ!うるさい!!俺様に指図をするな!!わかってる!」


 奥歯をぎりっと噛み締めたダイナが武器に向かって怒声を飛ばした。武器に諌められたのだろう。 


「あら、お兄様。先ほどから攻撃を防ぐばかりで、ちっとも攻撃してこないのね。ご自慢のマントがズタボロになってますけど?」


 くすり、とほくそ笑んだミュナが、足を前に前に踏むこみながら右手を軸に、左手を器用に利用して武器の回転を補佐していた。


『え、笑みが……あ、あくどい……』


「う、ううるさいっカナタくんっ。ちょっと黙っててよね」


 僕の呟きが唯一聞こえたミュナ。

 集中し、繰り出していた攻撃が止んでしまう。

 取り乱したからか、受け取り損ねた鎌がザクッと地面に刺さる。


「はっ!!どーしたよミュナ!攻撃が止まってるぜ!?うら!うらあああ!!」


「しま……っ!あぐ……っ。げはっ……」


 腹を槍で刺されたミュナが苦痛に顔を歪めた。口からゲバッと鮮血が溢れた。


 抜かれた槍の刃先には、ドロリと赤い液体が流れ、ミュナの顔に彼女の血が散る。ダイナが血を払うように槍を回してもう一度ミュナを貫かんとしたからだ。


『ミュナ!!』


「………へぇ……」


 ダイナが楽しそうに緩めた乾いた唇を舐める。

 少女の腹を刺しているはずの槍が、力が込められているはずのダイナの手が、カタカタと小刻みに震えていた。


『ミュナ!!』


「だい……じょうぶ……」


 ミュナが槍の刃を握っていた。

 少女の震える白い手から刃に血が伝って地面に一滴、また一滴零れ落ちていく。

 昼の太陽に焼かれた屋上の床、コンクリへ溢れた血液がジュッと音を立てた。


「武器を掴まれたままじゃ……、丸腰よね。おにぃ、さま!?」


「っ……!!」


 槍を握ったまま、ミュナは軽々とダイナを放り投げる。血がついた手で鎌を持って駆けた。


「せえええぇやぁぁ!!」


「がはっ……!」


 熱された地面を破壊してダイナ以上に空へ跳躍すれば、白眼を見開いて叫んだ。鎌を両手で持つと頭上で担いで縦に振る。鋭い鎌の刃が少女の兄を貫き、地へと落とす。地に亀裂が走り、背から全身がバウンドしたダイナの口から鮮血が溢れた。


「はっ……。はぁ、はっ……」


 肩で息を吸うミュナがずるっと鎌を引き抜く。

 ぼたぼた出血している腹部を手で抑え、酔い足でダイナが手放した武器へ近寄っていく。


「!!」


 と、ミュナの歩が止まる。


「げほ……やめろ!はぁ、はぁ……。俺様の武器に……近づくんじゃねえ!!」


 ダイナが力を込めて妹の足を握りしめていた。

 ミシリと足の骨が軋む。


「……っ……」


 ミュナが足の骨を折られ、地に膝をついた。

 眉間に皺を寄せて後ろを振り向く。


「……痛いんだけど……」


「はっ。げほ……骨を折ったからな……!お前が俺様の武器に!触んな!!」


「………」


 血を飛ばしながら、目の色を変えて激昂するダイナを黙視したミュナの感情が僕へと流れ込んでくる。

 痛みと苛立ち、迷い。


「……どっちかの武器が壊れるか、引き分けるか。それしか戦いは終わらないでしょう?」


「くそっ!!行かせてたまるか!!」


「きゃっ……がっ……」


 ダイナがミュナに飛びかかっては首を締め付ける。ダイナの手をミュナの爪がガリッと皮膚を傷つけた。


「俺様の負けなんて認めねえ。俺様がお前に負けるなんて認めねえ!!俺様の武器を、俺様の眷属を、傷つけさせたりなんてしねえ!!」


「く……ぅ……っ」


『ミュナ!!今、俺が武器から戻って……』


 ——だめ!!


『でも!!首が今にも折れそうじゃないか!!』


 ——だめ!!お願い!

 ——ダイナとは私が決着を付けなくちゃいけないの


「ぅ……ぐ……」


 力が入らなくなったミュナの手から武器が落ちる。


「最下位のくせに……。俺様よりも後に生まれたくせに……!!半端者のくせに!!」


「あ……ぐ……あ……」


 ミュナの呼吸がままならない。いくら引き止められたとはいえ、僕はもう我慢の限界だ。


『ミュナ!!』


 僕は武器化を解こうとした。


『うお……なんだ?』


 武器になっている僕はミュナではない何かに引き寄せられて捕まえられた。


「さて……、底辺同士で潰しあった結果、敗者の武器はどちらかしら?」


「「!!」」


 状況が分からずに僕はミュナの視界と同調する。

 そこには、屋上のフェンスの上、双刃の槍と鎌を手に持って、おっとりと微笑んでいる女がいた。


「はぁい。ミュナちゃん、ダイナちゃん、元気にしていた?」

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