第10話 「王位継承権者第11位」


 黒と赤のシックな洋装の少年。チェック柄のショートパンツ。

 黒いロングマント。灰色のショートブーツ。

 蜂蜜のような金髪に燃える赤い瞳。


 相まみえるは、白と紺のジャージの少女。

 色白な肌が健康的に晒け出されている半袖半ズボン。

 赤いバラのようなシュシュが映える絹糸のような銀髪に、心くすぐる琥珀の瞳。


「てめー、妹のくせにお兄様に挨拶もないのかよ」


 腰に手を当てて、少女を下からのアングルで挑発し、覗き見るようにして言った。


「数時間誕生が早かったくらいで、兄ぶるのはいい加減やめて」


 腕を組んで仁王立ちをした少女が、見下すような視線でけんけんと言葉を返す。


「はん!一秒でも早かったらそいつのが上位になるんだぜ。知らねーのかよ、ミュナ。ざんねんだったな!!数時間の差で王位継承権がビリになってさ」


「はっ。君の方こそ、知らないの?そんな順位にこだわって。よほど私より兄であることを強調したいようだけど、王位継承権の順位なんて関係ないのが、私達の戦いなのよ」


 仲が大変悪うございました。

 後から、ミュナに「兄弟で争うのは嫌なんじゃなかったのか」と尋ねると、口をひん曲げて美少女らしからぬ面で、心底いやそうに「あれは例外よ」とのたまった。


 他の生徒が、感情をあらぶらせるミュナを珍しく思って、教室の廊下側にある窓から顔を覗かせていた。野次馬からの視線が増えていく中。「な、なぁ!ここじゃなんだし、場所を変えたいんだけどさ……」怯えながら提案した僕。なんとか雰囲気最悪の場を収めようと尽力したその努力は、それはもう胃が痛くなるほどで。


「逃げんなよ!!ミュナ!!」


「ふん。そっちこそ」


 睨み合っていた兄妹は、後ほど戦うということで解散することになった。

 教室に戻ったミュナを野次馬をしていた数人のクラスメイトが囲んだ。


「桜木さん!今のだれ!?もしかして、知り合い!?あの人何年何組なの!?」

「すごい格好いい人だった!!誰なのー?」


「ううん、知らない人」


 ミュナは爽やかな笑顔でクラスメイトにそう言った。


「えー!そうなんだー」


「ほら、文化祭の準備、進めよう?」


 野次馬の背を押しながら、最後にミュナがこちらを向く。

 その眼が余計なこと言わないでよだと察した僕は、変なことを聞かれる前に、そそくさと教室の隅に。

 はい、わかってます。言いません。


 そうして無事に文化祭の準備を乗り切った僕は、今、だれもいない教室に一人でポツンと椅子に座っている。

 椅子の背もたれに、だらりともたれかかって天井を見上げた。


「つ、つかれたぁ……」


 今日だけで寿命が20年くらい縮んだ気がする。

 心なしか頬がげっそりとしたような気も。


「カナタくん」


 ひょこり。

 一度帰ったように見せかけたミュナが、教室に顔を覗かせる。

 ちょいちょい、と彼女は僕を廊下へ手招きした。


「ミュナ。じゃあ、行くか」


 やれやれ。

 僕はのろのろと席を立つ。

 そして、ミュナとともに屋上へ向かった。

 これから僕たちは、えーと。


「なあ。そういえば、今日のあいつって……」


「ああ。あれは、王位継承権第11位ダイナ。一応私のお兄様」


 ミュナと階段を上る間、敵の情報を仕入れていた僕は苦笑を浮かべた。

 あれって、本当仲悪いな。なにがあったのか逆に気になってしまう。


「いつもいつもいつも、なんだかつっかかってくるの。ちょっと早く生まれたからって……。私の兄だなんだって。あと、俺様?っていうのよね。ああいうの」


 初めは嫌々そうな顔をしていたミュナも兄のことを喋るうち、口元に指をおいて上みがちに話し始めた。


「ふーーん。なるほど」


 適当に返事を返す僕は、一歩一歩、階段を上るミュナの横顔をチラ見した。

 彼女が何を考えているのか知りたくて。

 徐々に何をされただとか、なにを言われただとか、思い出してきたのか、ムカついてきてるようだ。拗ねるように桃色の唇がとがってきた。


 なんだかんだ言って、本当のところは嫌いじゃないんじゃ……?

 なんて僕は考えてみたけれど、言うのはやめておいた。

 睨まれるか、どつかれるか、されそうだし。


 そんなこんな考えているうちに、僕たちは屋上まで来てしまった。


「よう、逃げずにちゃんと来たな!ミュナ!俺様は、待ちくたびれたぜ」


 僕たちの姿を確認した王位継承権第11位ダイナが、座っていた屋上のフェンスからピョンと飛び降りた。黒いコートがはためく。灰色のショートブーツの低いヒールが小さく音を立てた。

 その手には、眷属が武器化した鈍色の双刃の槍を握っている。


「……逃げないって言ったでしょう?私はもう逃げないわ。カナタくん、武器化して」


「え?でも……」


 僕も剣を手に戦うと言いたかったのだが、見上げてくるミュナの目は有無を言わさないようなもの。


「いーから、武器化するの!」


「は……はい」


 僕は頷く。腕の証が熱くほてり、体が黒い大鎌へと変化していった。

 ミュナは僕を握りしめ、その琥珀色の瞳を煌めかせて敵を睨んだ。彼女の心音が速まっていくのが伝わってきた。


「へぇ……!俺様と本気でやる気なんだな!いいぜ、お兄様は手加減してやんねぇぜ!!」


「そっちこそ、油断していると痛い目を見るんだから!」


「「《開戦》!」」


 ダイナが、地面を踏んでミュナの間合いに入り込む。少女が、中距離の間に鎌を振るった。ギンッと鉄がぶつかる音が鳴る。


 沈みかける夕日が青年少女を照らした。


「前みたいに泣かせてやるよ!」


 ミュナから距離を取ったダイナが、不敵な笑顔を浮かべた。


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