現実で自分を磨くなんて時代遅れ!

ちびまるフォイ

自分の人生は自分の数だけ

最近、友達が急にモテ初めている。

それだけじゃない。


あれだけ運動が苦手だったのにスポーツ万能になったり、

急に羽振りがよくなったり勉強ができたりしている。


「なにか秘密があるにちがいない……!」


体育の授業を偽装腹痛で抜け出すと、

教室にある友達のスマホを手に取ってたしかめた。


SNSにも検索履歴にもそれらしいのがなかった。

あったのは見慣れないアプリだけだった。


「『グローイング・マイセルフ』ってなんだこれ」


健康管理アプリかなにかかと思い起動してみると、

画面に表示されたのは友達を模したアバターが表示されていた。


高そうな剣やら鎧やらを身に着けていて、やり込んでいることが伺える。

ステータスには攻撃や防御などの表記の代わり、『好感度』『モテ度』『勉強度』などがある。


「なんなんだろう……」


収穫はゼロだと思い体育に復帰。

学校が終わると、自分の部屋で同じアプリをインストールしてみる。


『あなたの情報を登録してください』


スマホの画面に指紋を押し付けると登録完了。

アプリが起動すると、Tシャツ短パン姿の自分のアバターが表示されている。


「……こんなのなにが楽しいんだ?」


初期ステータスはランダムに割り当てられるらしく、

たまたま自分のステータスの『勉強度』が尖った性能になっている。


勉強度が高いがこれまで通りろくに勉強もせずに、翌日の学校の小テストへと臨んだ。

テストが終わるとまっさきに先生に呼び出しされた。


「お前、やってるだろ」


「なにをですか!? クスリなんてやってませんよ!?」


「ちがう! カンニングしただろ!!」


「してないですよ! 俺の席の場所しってるでしょ!?

 教卓の真ん前でカンニングなんて、警察の目の前でスピード違反するようなものです!」


「カンニングでなければお前がこんな点数とれるか!」

「あんたそれでも指導者か!」


小テストでまさかの満点を取ってしまったことには自分でも驚いた。

ろくに勉強していないのに答えが透けて見えるような感覚すらあった。


思い当たるのは、昨日インストールしたあのアプリ。


「まさか……このアバターのせいなのか?」


アプリの中に配布されている"マイジュエル"を使ってガチャを引く。

ガチャからは★4のモテ剣が手に入る。

アバターに装備させるとステータスが大きく上昇した。


「あ、あの……先輩……っ ///」


スマホから顔を上げると、顔を赤らめた後輩の女子が立っていた。


「前から先輩のことかっこいいって思ってて……それでっ……」


「え? え?」


「わっ、わたしと付き合ってくださいっ ///」


「ええええええ!!」


アプリの画面と告白した女子の顔とを交互に見た。

間違いない。このアプリは現実と連動している。


可愛い彼女を手にしたことでますますアプリにのめり込んでしまう。


「ようし、ガンガン自分を磨きまくって、勝ち組人間になってやる!」


現実での自分磨きは成果が出にくいし、すぐに心が折れてしまう。

でもアプリ内の自分であれば指先ひとつで強くなれる。


アプリを開くと、全面にお知らせ画面が開かれた。


「ランキングイベントのお知らせ……?」


内容はゲーム内で近日行われるランキングイベントの告知で、

ランキング上位者には自分磨き報酬が受け取れるという。


「な、なんだこのステータス!? めちゃめちゃ強いじゃん!!」


ランキングイベントで1位になると破格の性能を持つ装備が手に入る。

これを獲得すれば、モテ度も勉強度もカリスマもバカ上がりで今後の人生が一気に充実するだろう。


「これは絶対に勝たなくては!!」


コンビニに駆け込み、大量のプリペイドカードを買い込む。

課金してガチャを引きまくって自分を強化してからランキングに挑戦する。

絶対に負けられない戦いが始まった。


「うあああーー! ま、負けたーー!!」


絶対に負けられない戦いで初戦敗退が続いた。

ランキング1位を目指す強者はなにも自分だけではない。


最近はじめたての自分なんかじゃ歯がたたないほどのガチ勢が、

ランキングイベントの呼び水で集まってしまった。


ぽっと出の人間が古参に勝てるわけがない。


「ちくしょう……このままじゃランキング1位になれない……!」


もはやお金をかけられないために次に取った作戦は「ズル」だった。

チートツールを導入し、自分のステータスを書き換える。


「これで無敵だ! 負けるもんか!」


ふたたびランキングイベントに参加したとき、

真っ赤な文字で警告画面が表示された。



『チートを検出しました。ペナルティが付与されます』



「へっ?」


ペナルティが付与されて自分のステータスはすべて「1」にされた。

さらに、ランキングイベントへの再参加が禁じられてしまう。


「チートは現代を生き抜く若者の知恵だろう!?」


異世界転生の常識がこの文明社会で通じるわけもなく、

ランキングイベントから締め出されたうえ、彼女からもフラれて、勉強もできない人間にされてしまった。


「どうしよう……このままじゃずっと負け組のままだ……」


それでも一度は夢見たランキング1位を諦めきれない。

なにか手立てはないものかと探しに探したとき、アプリの裏情報を知った。


「0.000001%で、初期ステータスが強くなる……?」


攻略サイトに乗っていた不確かな情報だった。

ごくわずかな確率で初期ステータスが異常に強くなる場合があるらしい。


チートもなく、金もなく、友達も彼女も失った自分にすがれるのはこれしかないと思った。


ふたたび優れたステータスの自分を手に入れれば、まだ自分の人生は変われるはずだ。


「負けてたまるかぁぁぁーーーー!!」


自分のアバターを消しては再度インストールから初めて作り直す。

ステータスを見て0.000001%の「黄金ステータス」でなければすぐに自分を消して、再インストール。


賽の河原で石を積むよりも終わりの見えない作業に何度も心が折れかけたが、

この先に待っている充実した人生を夢見て何度も自分を消して作り直した。



「こ、これは……! ついに黄金ステータスを引き当てたぞ!!!」


アバターができたてとは思えないほどのぶっ飛んだステータスを持つ自分がいた。

これを手に入れるまでに何千回消したかわからない。

諦めなければきっと夢は叶うんだ。


「これでランキングに挑戦できるぞ!」


自分を作り直して別人となったために前のペナルティは消えている。

ありあわせのマイジュエルで自分を強化してランキングに挑戦した。


ランキング上位に鎮座する四天王も、黄金ステータスを持つ自分には歯が立たない。


ランキングイベント終了間近にかけこんだ自分があらゆる勝利をかっさらった。


「やったーー!! ランキング1位だーー!!!」


念願のランキング優勝を勝ち取ったことで、ランキング報酬の装備が手に入った。

装備を自分のアバターに着せると、ただでさえ高かった黄金ステータスが輪をかけて上昇する。


イケメンが悔しくてハンカチ噛みちぎるほどの、スキのないイケメン要素に嬉しくなる。


「これで俺の人生はずっとバラ色だ!」


さっそく読者モデルのスカウトに期待する女の子のように町に繰り出す。

これだけ盛りまくったステータスの自分を放っておく人はいないだろう。


「さて、何秒で声かけられるかな~~♪」


上機嫌で外に出るも、人々は自分ではなく別の"黒い山"に興味を示していた。


「あの、ここにびっくりするようなイケメンがいるのに

 みなさんどうしてあっちの山を見ているんですか?」


「いや急に山ができたものだからね。車も通れないし困ったものだよ」


「ほほう、ではこの勉強度1000億のパラメータを持つ俺に任せてください。

 誰よりもスマートにあの山を片付けてみせますよ」


"黒い山"に近づくとその全容が見て取れた。

これは山なんかじゃなかった。


「これは……俺……?」


山ではなく、折り重なった俺の死体が積み上がったものだった。

黒く見えたのは自分の髪の毛のせいで遠巻きには黒い山に見えていた。


「どうして……俺がこんなにたくさん……。ま、まさか……」


黄金ステータスを引き当てるために何度も自分を消しては作り直した。

心当たりにたどりつくと、じっとりと嫌な汗が流れた。


「あっ」


汗で手を滑らせたスマホが地面に落ちる。

衝撃でスマホが壊れデータが破損してしまうと、俺の体はこの世界から消えてしまった。

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